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星命回帰〜星が紡ぐ未来〜  作者: ゆき太郎
第一章〜星が紡ぐ未来〜
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【第14話】星々の共鳴

光瑠は静かに丘の方角を見据える。


街道は夜の闇に包まれている。


「――ルクス。」


イヴが詠唱すると、柔らかな光が街道を照らす。


ノクトは静かに目を閉じる。


(ノクトは街を出たら、すぐに魔力探知を始めてくれ。)


先ほど部屋で話し合った作戦を、光瑠は思い返す。


(星夜祭で、術者は転移魔法を使って魔狼を街へ出現させていた。)


(あまりの数で最初は気づかなかったけど、魔狼はすべて術者の周囲から現れていた。)


(なら、魔狼が最も密集している場所――そこに術者がいる。)


淡い魔力が、ノクトの身体から静かに広がっていく。


しばらくして――


ノクトがゆっくりと目を開いた。


「……見つけた。」


ノクトは前足で丘の方角を示す。


三人は頷き合う。


街道を駆ける。


やがて、山道へ足を踏み入れた。


山道を駆ける三人の前に――


グオオオオオオッ!!


魔狼の咆哮。


一頭だけではない。


山全体から次々と咆哮が響く。


闇の中には無数の赤い瞳。


「魔狼を全部相手にしてる暇はない! 術者を狙うんだ!」


「でもヒカル。」


「あっちは放っておいてくれそうにないよ?」


ノクトがそう言った瞬間――


光瑠は鋭い殺気を感じ、とっさに横を向く。


一匹の魔狼が牙を剥き、飛びかかってきた。


「――シエル。」


青い閃光が夜を裂く。


魔狼の眉間を貫き、その姿は黒い粒子となって消えた。


イヴは前を見据えたまま静かに告げる。


「魔狼は私が殲滅する。」


「ノクト、あなたは魔力を温存して。」


「今日の活動限界が近いでしょう。」


光瑠は目を見開く。


「待て……活動限界?」


「そんな話、聞いてないぞ。」


イヴは淡々と答えた。


「ノクトは星霊。」


「存在しているだけで、少しずつ魔力を消費しているの。」


そう言うと、胸元の紫色の結晶が付いたネックレスをそっと持ち上げた。


「夜はこれに戻って、魔力を回復させているわ。」


(『前』の星夜祭で……)


砕け散る黒紫の結晶。


消えていくノクト。


光瑠は息を呑んだ。


「……だから、あの時。」


「活動限界まで、あとどのくらいなんだ。」


ノクトは少し考えて答える。


「戦闘でどれだけ魔力を使うかにもよるけど……一時間くらいなら持つと思うよ。」


「一時間……」


光瑠の手に汗が滲む。


(もっと早く、このことを知っていれば……)


だが。


決戦を今夜に決めたのは、自分だ。


二人に力を貸してほしいと頼んだのも、自分だ。


二人は危険を承知で、この作戦に乗ってくれた。


なら、俺も信じる。


二人を。


「ヒカル、大丈夫さ。」


「僕とイヴが二人揃えば、そう簡単には負けないよ。」


光瑠は口元を緩めた。


「ああ。」


「二人の強さは、嫌というほど見てきたさ!」


走りながらノクトがぴくっとしっぽを震わす。


「そろそろ来るよ。本丸だ。」


ノクトの視線の先――


闇の奥で、無数の赤い瞳が妖しく光った。


――グルルルル……。


魔狼の群れが、一斉に三人へ牙を剥く。


イヴは走りながら片手を前方に構えた。


「――リア・シエル。」


無数の青白い光球が宙を舞う。


青い閃光が一斉に迸った。


魔狼の群れを次々と貫く。


轟音が山へ響き渡る。


グルアアアアアッ!!


魔狼は黒い粒子となり、次々と消えていく。


グオオオオオ!


最後の一匹が地に伏した。


山道の先。


一人の黒髪の男が立っていた。


「なっ……!」


光瑠たちの姿を見た瞬間、男の顔から血の気が引く。


「馬鹿な……!」


「どうしてここが……!」


光瑠は男を真っ直ぐ指差す。


「魔狼の術者!あいつだ!」


イヴは足を止めない。


右手を静かに掲げる。


「終わりよ。」


「――シエル。」


ゾクリ。


全身を貫くような殺気。


「っ!」


イヴの瞳が鋭く細まる。


ノクトが素早く反応した。


「――リア・シルド!」


白い障壁が三人の前へ展開された。


横薙ぎの白刃が、闇を裂く。


ガギィィィン!!


白い障壁が激しく震える。


深い亀裂が走った。


シン――


山が静まり返る。


ザッ……


ザッ……


闇の奥から、一人の老人が姿を現した。


イヴは宿で交わした光瑠の言葉を思い返す。


(魔狼の術者を追い詰めれば、老人の剣士が姿を現すはずだ。)


(魔狼の術者とは格が違う。あいつは化け物だ。)


(イヴは……そいつに斬られた。)


(絶対に一人で戦っちゃダメだ。)


イヴの頬を、一筋の汗が伝う。


一目で分かった。


この老人は、私より強い。


ノクトは老人を見て目を細める。


「ヒカル、あいつかい?」


光瑠は震える拳を握りしめた。


「ああ、あいつだ。」


まさか……こんなに早く現れるなんて。


老人は足を止める。


「これはこれは、闇の巫女どの。星霊どのも一緒ですな。」


イヴの瞳がわずかに揺れる。


ノクトが老人を鋭く睨んだ。


「……その呼び名、どこで知った。」


老人は答えない。


「そして貴方は……」


老人の視線が、ゆっくりと光瑠へ向けられる。


その口元が、わずかに緩んだ。


「なるほど。」


「戻ってきたという訳ですか。」


老人は魔狼の術者へ目を向ける。


「貴方は下がっていなさい。」


「は、はい……!」


男は慌てて闇の中へ消えていく。


「待て!」


光瑠が踏み込もうとした、その瞬間――


「ここまで役に立たぬとは、想定外でしたが。」


「あのような輩でも必要な駒ですので。」


老人は道を塞ぐように剣を構え、その切っ先を光瑠たちへ向けた。


「少々予定が早まりましたが。」


「貴方がたは私がここで斬り捨てましょう。」


イヴとノクトが身構える。


「イヴ、油断しちゃダメだよ。」


「ええ。」


「あなたもね、ノクト。」


光瑠は拳を握り締めた。


今は、二人を信じるしかない。


ザッ!


老人は深く腰を落とし、三人へと踏み込む。

「ーーリア・シエル。」

「ーーリア・イグナ。」

イヴの青い閃光とノクトの火球が老人へ放たれる。


老人は二人の魔法を躱し、木々の間へ身を滑らせる。


その姿は、闇へ溶けるように消えた。


ノクトは辺りをゆっくりと見渡す。


「やるね。」


「彼、魔力を完全に抑え込んでる。」


「これじゃ魔力探知が効かない。」


ザッ!


ザッ!


森の中から足音だけが響く。


姿は見えない。


次の瞬間――


闇の中から白刃が襲いかかった。


「ーーリア・シルド。」


ガギィィィン!!


白い障壁が受け止める。


「――リア・シエル。」


イヴが放った青い閃光は、木々を貫くだけだった。


老人は闇の中を音もなく移動し、


時折放たれる斬撃だけが、三人へ襲いかかる。


ノクトは障壁を張り続ける。


イヴは僅かな気配を頼りに魔法を撃ち返した。


しかし、その一撃として老人を捉えられない。


「魔力切れ狙いかしら。」


「うん。」


「このまま消耗戦になると、僕たちの方が不利だね。」


ノクトは大きく息を吸う。


「まずは、戦場を整えようか。」


ノクトの周囲へ熱風が渦を巻く。


「――ヴェリア・イグナ。」


頭上に巨大な炎の剣が姿を現す。


炎剣が轟音とともに振り下ろされる。


周囲の木々が次々となぎ倒され、森が大きく切り開かれた。


焼け野原と化した大地に、老人が姿を現す。


「これは、なかなかに豪快ですな。」


ノクトはニヤリと笑う。


「もう隠れるところはないよ。」


老人が口元をわずかに緩めた。


「それはそちらも同じことでしょう。」


グオオオオオッ!!


焼け残った岩陰から、魔狼が飛びかかった。


「――シエル。」


イヴは素早く反応し、青い閃光で迎え撃つ。


魔狼はイヴの魔法に貫かれ、黒い粒子へと消えてゆく。


気づけば辺りは魔狼に囲まれていた。


「イヴ。魔狼を頼めるかい。」


「僕があの老人を引き受ける。」


「ええ、分かったわ。」


イヴは魔狼の群れを一瞥し、両手を構える。


「――リア・シエル。」


両手から次々と青い閃光が放たれる。


魔狼は為す術もなく、その身を滅ぼしていく。


ノクトは真っ直ぐ老人の姿を見据える。


「――リア・イグナ。」


無数の火球が老人へと降りかかる。


老人は火球を躱し、迫る炎を白刃で斬り払う。


その表情は、終始変わらない。


しかし、絶え間なく放たれる炎魔法に阻まれ、ノクトへ近づけずにいた。


互いに決め手を欠いたまま、時間だけが過ぎていく。


光瑠は固唾を呑んで二人を見守る。


今、自分が前へ出ても足手まといになるだけだ。


焦るな。


戦況を見極めろ。


今の自分にできることは、必ずある。


「――ヴェリア・イグナ。」


ノクトの頭上に、再び巨大な炎の剣が生成される。


老人は一歩退き、剣に黒紫の魔力を纏わせた。


炎剣が轟音とともに振り下ろされる。


老人は横へ躱す。


その瞬間――


ノクトは振り下ろした炎剣の軌道を変え、そのまま横なぎの斬撃を放った。


老人は黒紫の魔力を纏わせた剣で迎え撃つ。


ガギィィィン!!


威力を殺しきれず、老人の身体は後方へ弾き飛ばされた。


土煙の中から老人が立ち上がる。


「闇の巫女どのの契約星霊……流石の強さですな。」


老人は表情を崩さない。


だが、その頬には一筋の血が伝っていた。


「口が減らないね。けど、これでも余裕でいられるかな?」


老人は天を仰ぐ。


そこには――


三本の巨大な炎剣が、夜空を焦がすように浮かんでいた。


炎剣は次々と振り下ろされ、老人を襲う。


老人は紙一重で躱し続ける。


「すごい……これならあいつを!」


光瑠は勝利を意識する。


しかし――


不意に、ノクトの視界が揺らいだ。


巨大な炎剣が、わずかに軌道を乱す。


「まずいね。少し眠たくなってきちゃった。」


光瑠は目を見開く。


「全く、昼にあんなにはしゃぐんじゃなかったよ。」


「ノ、ノクト?」


ノクトの活動限界が近い。


このままだと……


光瑠の脳裏に最悪の光景がよぎる。


消えゆくノクト。


息絶えるイヴ。


嫌だ。


イヴもノクトも。


誰一人として犠牲になってほしくない。


「くそ!どうして肝心な時に俺は何も出来ないんだ!」


光瑠は拳を強く握る。


「ヒカル。」


光瑠はノクトを見る。


「ヒカル、君は何も悪くない。」


「今夜戦うと決めたのは、僕たち自身だ。」


ノクトは一瞬、後方で戦うイヴへ目を向ける。


「それに。」


「これは僕たちにとっても、避けては通れない戦いなんだ。」


ノクトの視界が再び揺らぐ。


「もし、劣勢になったとしても、君とイヴだけは必ず逃がすから。どうか安心してほしい。」


光瑠の胸が締めつけられる。


出会ってまだ一日も経っていない。


それでもノクトは、自分を命懸けで守ろうとしてくれている。


イヴだってそうだ。


『前の明日』――


死の間際に聞いた、イヴの声が脳裏によみがえる。


『お願い……生きて……』


最期の最期まで。


イヴは、俺を逃がそうとしてくれた。


イヴとノクトだけじゃない。


カイン、グレン、グレンの奥さん、イリア……


この世界に来て、関わった時間は長くはない。


だけど。


俺は、誰も失いたくない。


みんなを、守りたい!


ドクン――


胸元から鼓動が響く。


まるで、その想いに呼応するように。


光瑠はハッと胸元へ視線を落とす。


星のネックレスが、漆黒の光を静かに放っていた。


不意に、ノクトは背後から膨れ上がる魔力を感じた。


ノクトは思わず振り返る。


紫紺の瞳が大きく見開かれた。


「……その魔力は!」


ノクトは老人を牽制しながら叫ぶ。


「ヒカル!」


「君の魔力を貸してくれないかい!」


光瑠は顔を上げる。


「俺の……魔力?」


「時間がない!」


「魔力を貸してほしいんだ。こっちへ来て!」


光瑠はノクトの元へ駆け寄る。


「俺は、何をすればいい?」


「僕に触れて!」


「そして、頭に浮かんだ言葉を僕と一緒に唱えてくれ!」


迷っている時間はない。


光瑠は迷わずノクトを抱き上げた。


ネックレスから溢れる漆黒の輝きが、光瑠とノクトを包む。


「行くよ、ヒカル。」


その瞬間――


光瑠の脳裏へ、一つの言葉が流れ込んだ。


「「――ヴェリア・ネビュラ。」」


光瑠とノクトの前方へ、星々を閉じ込めたような漆黒の魔力が広がっていく。


イヴは思わず振り返る。


漆黒の輝きを目にした瞬間、息を呑んだ。


(これは……魔力じゃない。)


老人もまた、その漆黒の輝きを目にして初めて目を見開いた。


「これは……まさか!?」


次の瞬間――


漆黒の奔流が一直線に老人へ放たれる。


老人は咄嗟に剣へ黒紫の魔力を纏わせ、迎え撃った。


ギュオオオオオッ!!


重力を凝縮したような轟音とともに、漆黒の奔流が老人へ炸裂する。


土煙が舞い上がり、視界が白く染まった。


「ぐっ……」


光瑠を強烈な目眩が襲う。


膝から力が抜け、その場へ崩れ落ちた。


「はぁ……はぁ……」


肩で息をする光瑠へ、ノクトが静かに向き直る。


「ごめんね、ヒカル。」


「無茶をさせちゃった。」


ノクトの体が足元から透けていく。


「ノクト……!」


「僕はここまでみたいだ。」


ノクトは穏やかに微笑んだ。


「まだ君に話したいことがある。」


「だから――」


「明日まで、死んじゃだめだよ。」


ノクトは最後まで穏やかな笑みを浮かべていた。


「ノクト!」


光瑠は咄嗟に手を伸ばす。


しかし、その手は透けた身体をすり抜けた。


「イヴをお願い。」


その言葉を最後に、ノクトの姿は無数の光の粒子となり、星空へ溶けていった。


光瑠の伸ばした手だけが、宙に取り残された。

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