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星命回帰〜星が紡ぐ未来〜  作者: ゆき太郎
第一章〜星が紡ぐ未来〜
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【第13話】未来への先手

気がつくと、光瑠は鏡の前に立っていた。


鏡には、自分の姿が映っている。


「っ……!」


イヴの冷たくなっていく体温。


最後に握った手の感触。


『ヒカ……ル……』


あのかすれた声が、脳裏によみがえる。


胸が締めつけられる。


光瑠は震える右手を強く握り締めた。


ゆっくりと鏡へ視線を戻す。


鏡の中には、傷一つない自分が立っていた。


「俺は……」


「戻ってきたのか。」


光瑠はハッと息を呑んだ。


勢いよく部屋を飛び出す。


廊下の先。


隣の部屋の扉が目に入る。


「……頼む。」


震える手でドアノブを掴む。


恐る恐る――


いや、堪えきれず勢いよく扉を開け放った。


バタンッ!


視界に星空を溶かしたような青い髪が飛び込んできた。


「……!」


イヴはちょうどローブを羽織り直している最中だった。


突然開いた扉に目を丸くし、そのまま動きを止める。


部屋の隅では、ノクトがしっぽをぴんと立て、何事かと目を丸くしていた。


光瑠はイヴの元へ一直線に走り寄る。


気づけば、目の前まで来ていた。


肩で息をしながら、その姿を見つめた。


生きている。


本当に、生きている。


「な、なに?」


イヴは慌ててローブを整えた。


ガシッ。


光瑠はイヴの両肩を掴む。


「ひゃっ!」


イヴの肩がびくりと震えた。


光瑠は震える瞳で、イヴを見つめる。


「……良かった。」


「生きてる……」


張り詰めていたものが、一気に切れた。


光瑠はその場に崩れ落ちた。


嗚咽が漏れる。


涙が止まらなかった。


イヴは困惑と心配が入り交じった表情で光瑠を見つめる。


「こらー、ヒカル! レディの着替え中に何たることを――」


光瑠は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。


「ああ……ノクトぉぉぉ!」


光瑠は床を這うようにノクトのもとへ向かう。


そして、その小さな身体を強く抱き締めた。


「うわぁぁっ! ヒカル! 苦しい! 苦しいよ!」


――


光瑠は椅子に腰掛け、俯いていた。


イヴはベッドに腰掛ける。


その隣では、ノクトが静かに座っていた。


部屋には重い沈黙が流れる。


誰も口を開かない。


やがて、ノクトが静かに口を開いた。


「それで……」


「ヒカル。一体、何があったんだい?」


光瑠は息を吸い込む。


「……信じてもらえないかもしれない。」


それでも、話さなければならなかった。


「俺は……」


「君たち二人が死ぬ未来を見た。」


部屋の空気が凍りつく。


光瑠は、明日の星夜祭で起きる出来事を、一つ残らず話した。


ノクトは前足を腕のように組み、しばらく考え込む。


「なるほど……」


「つまり、明日の星夜祭で魔狼が現れる。」


光瑠は黙って頷いた。


「イヴが街の人たちを守る。」


「その間、僕とヒカルが犯人を追いかける。」


光瑠はもう一度頷く。


「犯人は捕まえた。」


「でも、戻るとイヴは老人の剣士に斬られていた。」


光瑠の表情が強張る。


「で、僕は消えたと。」


「そう! そうなんだよ!」


光瑠は思わず立ち上がった。


ノクトは目を閉じる。


「光瑠、君は……」


光瑠は唾を飲み込む。


「君は何を言ってるんだい?」


「なんでだあっ!」


光瑠は勢いよく後ろへ倒れ込んだ。


イヴは困ったように光瑠を見つめる。


そして心配そうに首を傾げた。


「あなた、本当にどうしたの?」


「うぅ……やっぱり信じてもらえないか……」


『もう書いてしまったわ。』


光瑠の脳裏を、イヴの言葉がよぎる。


『放浪者さん。』


光瑠はゆっくりと起き上がった。


「イヴ。」


「君は俺のために身分証を用意してくれてるんだよな?」


イヴの眉がぴくりと動く。


「俺はイヴの保護下にある放浪者。」


「羊皮紙にはそう書かれていて、右下にはイヴの魔力の青い印がある。」


「それと当面の資金として、金貨一枚、銀貨五枚、銅貨十枚を渡してくれる。」


イヴは何も言わなかった。


ゆっくりとローブの内から、小さな皮袋を取り出す。


続いて、一枚の羊皮紙を机へ置いた。


皮袋を開く。


チャリン――


金貨が一枚、机へ転がる。


続いて、


銀貨が五枚。


銅貨が十枚。


部屋が静まり返った。


「なるほど……。」


「当てずっぽうにしては、正確すぎる情報だ。」


ノクトは光瑠を真っ直ぐ見つめる。


光瑠は息を吸った。


「それだけじゃない。」


「狼を操る黒髪の男。」


「あいつは”星の欠片”を持っていた。」


イヴとノクトの表情が強ばる。


「……探し物なんだろ?」


ノクトは鋭い視線を向けた。


「それ、誰から聞いたの?」


「ノクト。」


「お前だよ。」


ノクトの紫紺の瞳が、わずかに揺れた。


沈黙が流れる。


イヴは目を閉じて思案する。


「にわかには信じ難い話ね。」


「でも……」


「あなたが嘘をついてるようにも見えない。」


光瑠の肩から、ふっと力が抜けた。


「……ああ。」


光瑠は小さく笑う。


「イヴなら、そう言うと思ってた。」


ズキンッ――


突如、イヴの頭へ存在しないはずの記憶が流れ込む。


『ヒカ……ル……』


初めて口にする、その名前。


胸が締めつけられる。


『俺は……俺は君を――』


泣きそうな顔で叫ぶ光瑠。


『お願い……生きて……』


そして――


右下腹部から左肩へ走る斬撃。


焼けるような痛み。


砕け散る黒紫の結晶。


『ノク……ト……』


イヴは思わず胸を押さえた。


流れ込む記憶は止まらない。


『不安に思える夜の闇も、星を包み込む優しい色だって、俺は思うよ。』


光瑠の優しい声が、胸の奥を静かに満たしていく。


「イヴ! 大丈夫かい?」


ノクトが心配そうに覗き込む。


イヴの頬を汗が伝う。


「ええ……大丈夫。」


イヴはゆっくりと息を整えた。


あの記憶が何なのかは分からない。


けれど――


「ノクト……明日の星夜祭。」


「私たちも行ってみましょう。」


ノクトはしっぽを静かに揺らした。


「うん。」


「僕も賛成だよ。」


ゴォーン……


日没を告げる鐘の音が街へ響く。


光瑠は静かに窓の外へ目を向けた。


明日……


だめだ。


このままじゃ、前と同じだ。


考えろ。


必ず、突破口はある。


同じ未来だけは、


絶対に繰り返させない。


光瑠は星夜祭での戦いを思い返す。


魔狼は転移魔法によって、ルザリアの街へ次々と現れた。


街には騎士団の詰所がいくつもある。


大門は固く閉ざされ、常に見張りが立っている。


あれほどの数の魔狼が街へ侵入すれば、誰にも気づかれないはずがない。


ならば――


街の中に、魔狼を大量に隠しておける場所があるのか。


光瑠が見た限り、そんな場所はなかった。


転移というのなら。


あの魔狼は街の外から連れてこられたと考える方が自然だ。


それに――


『言ったら! 言ったらアイツに……殺される!』


魔狼を操っていた術者。


星の欠片を渡した人物を口にしようとした瞬間、呪術によって命を落とした。


(あの男に星の欠片を渡したのは……)


『俺にこれを渡したのは――剣……』


剣。


光瑠の脳裏に、白髪の老人の姿が浮かぶ。


(おそらく、あいつだ。)


そして、あの時の老人の言葉。


『あなたは……昨日あの丘にいた……』


自分がこの世界に来て、初めて魔狼に遭遇した場所……


光瑠は息を呑む。


「まさか……」


「ヒカル、明日のことだけどーー」


「ノクト。」


光瑠が遮るように口を開いた。


「ん?」


「ノクトの魔力探知は、どのくらいの範囲まで届くんだ?」


ノクトはじっと光瑠の顔を見つめる。


「僕の魔力探知のことまで知ってるんだね。」


「まるで本当に未来を見てきたかのようだ。」


光瑠は静かに頷く。


「……ああ。」


「見てきた。」


ノクトはふっと笑う。


「僕の魔力探知なら、この街の一区画くらいは探れるよ。」


光瑠は続けて尋ねる。


「魔物だけじゃなく、人間も探れるのか?」


ノクトは頷いた。


「もちろん、魔力を持つものなら探れるよ。」


「ただし、魔力の大小は分かっても、人間か魔物かまでは判別できない。」


「そして、敵が魔力を隠している場合もある。その時は探知できない。」


光瑠は静かに頷く。


「分かった。ありがとう。」


一度息を吸い込み、二人を見渡した。


「俺の考えを聞いてほしい。」


「そして力を貸してほしいんだ。」


「敵は、おそらく。」


「初めて俺たちが出会った丘にいる。」


「星夜祭の日、この街で奴らと戦うのはリスクが高い。」


それならば――


「先に叩く。」


「戦いは、今夜だ。」


――


三人は旅人の隠れ家を出た。


すると、遠くから小さな影が歩いてくる。


「そういえば……この子とも会ったな。」


光瑠は小さな影へ駆け寄った。


「君……イリアだよね?」


イリアはずぶ濡れの体を震わせながら、小さく頷く。


「へっくしっ。お兄ちゃんたち、誰?」


光瑠は笑顔で答える。


「これから狼をやっつけるヒーローかな。」


イリアは首を傾げる。


「イヴ。」


光瑠はイヴへ視線を向ける。


「この子を温めてやってくれないか。」


イヴは小さく頷く。


「――イグナ・シルファ。」


手をかざすとイヴの魔法が優しくイリアを包み込む。


「あったかくて……気持ちいい。」


しばらくして魔力の渦がゆっくりと消えていく。


「うわぁ! お洋服、乾いてる!お姉ちゃんありがとう!」


イヴは小さく微笑んだ。


「風邪を引かないように。」


三人はイリアが旅人の隠れ家に入っていくのを見守った。


ドアを閉める直前、イリアは振り返り、満面の笑みで大きく手を振る。


光瑠は笑顔で手を振り返した。


そしてイヴへと向き直る。


「ありがとう、イヴ。」


イヴは小さく頷く。


光瑠は静かに息を吸う。


「さあ。」


「行こうか。」


――


三人は王都ルザリアの大門の前に立った。


もう懐かしいとすら思える声が聞こえる。


「やあ、ヒカル。こんな夜にどうしたんだい?」


光瑠は声のする方へ目を向けた。


そこに立っていたのは、


陽光を思わせる金髪と、金色の瞳を持つ青年。


「カイン! 久しぶりだな。」


「久しぶりだって?」


カインは首を傾げる。


「何を言ってるんだ? 昼間に会ったばかりじゃないか。」


そうだった。


俺にとっては懐かしくても、


カインにとっては、まだ今日出会ったばかりなんだ。


「ああ、そうだったな。」


光瑠はカインを真っ直ぐ見つめた。


「カイン、悪いけど門を開けてくれないか?」


カインは再び首を傾げる。


「外へ行くのか? 一体何をしに?」


「ああ、ちょっとオオカミ退治に――」


イヴは光瑠の言葉を遮るように口を開いた。


「彼が星を見たいと言うので、街の明かりが届かない場所へ行こうかと。」


「星を?だが昼にも話したが、街の外では魔狼の目撃情報が――」


「私が同行します。」


「魔狼程度なら問題になりません。」


カインは少し考え、


「……貴方が同行するのであれば安心ですね。」


「ですが、どうかお気をつけて。」


イヴは小さく頷いた。


カインは門番たちへ視線を向ける。


「開門!」


重厚な門が軋む音を立てながら、ゆっくりと開いていく。


夜風が吹く。


三人は迷うことなく、あの丘へ向かった。


カインは、その背中を静かに見送っていた。


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