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星命回帰〜星が紡ぐ未来〜  作者: ゆき太郎
第一章〜星が紡ぐ未来〜
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【第12話】届かぬ手

「――シエル。」


青い閃光が魔狼を貫く。


黒い粒子となって消えゆく姿を見届け、イヴは静かに息を吐いた。


「最後の一体。」


「ノクトたち、上手くやったのね。」


広場に静寂が戻る。


――次の瞬間。


イヴの身体を、背筋を凍らせるような殺気が貫いた。


「っ!」


イヴは反射的に振り返る。


そこには、一人の老人が立っていた。


雪のように白い髪。


深い皺を刻んだ顔。


感情を殺したような細い瞳。


静かに握られた、一振りの剣。


老人は一切の無駄なく踏み込んだ。


気づけば、その姿は目の前にあった。


一閃。


「っ!」


イヴは咄嗟に後方へ跳ぶ。


振り抜かれた剣が頬を掠めた。


白い肌を、一筋の赤が伝う。


老人は剣を静かに下ろす。


「おや。」


「今のを避けますか。」


「お若いのに、大した反応ですな。」


イヴは目を細める。


「あなた……誰?」


老人は不気味なほど穏やかな笑みを浮かべた。


その表情からは、殺意すら感じられない。


「愚問ですな。」


「これから斬り捨てる者に、名を名乗る必要もありますまい。」


まるで旧知の相手と世間話でも始めるかのような、穏やかな口調だった。


イヴの手に汗が滲む。


「――リア・シエル。」


距離を取るように後方へ跳びながら、詠唱する。


光の粒子が宙を舞う。


無数の青い閃光が、一斉に老人へ襲い掛かった。


「星命力を使った魔法。」


「やはり、あなたでしたか。」


老人は青い閃光を紙一重で躱し、一気に間合いを詰める。


「くっ!」


イヴは両手をかざし、無数の閃光を放った。


だが。


老人は最小限の動きだけでその全てを見切り、剣を振るう。


一太刀。


肩が裂ける。


二太刀。


腰を掠める。


三太刀。


脚が斬られる。


その後も老人の剣は、イヴに息をつく間を与えない。


イヴは老人の連撃を辛うじて凌ぎ切ると、大きく後方へ跳んだ。


ようやく間合いが開く。


ローブはところどころ裂け、その下の白い肌には浅い切り傷が幾筋も走っていた。


一つ一つは致命傷ではない。


だが、その全てが確実にイヴの体力を奪っていく。


「驚きました。」


「大抵の魔法使いなら、最初の一太刀で終わっています。」


「それを避けるだけでなく、ここまで私の剣を凌ぐとは。」


「その若さで、その才。」


「実に惜しい。」


イヴはゆっくりと呼吸を整える。


その蒼い瞳が、老人を真っ直ぐ見据えた。


「――ヴェリア・シエル。」


静かな詠唱と共に、イヴの周囲へ青い輝きが渦を巻く。


掌には、一つの青白い光球が生まれた。


先ほど広場を埋め尽くした光球とは比べものにならない。


圧縮された星命力が、その小さな光球へ極限まで凝縮されていく。


空気が震える。


イヴは迷うことなく、それを老人へ解き放った。


光球は凄まじい速度で夜気を裂く。


老人へ迫った、その瞬間。


青白い光が一気に膨れ上がり、轟音と共に炸裂した。


衝撃波が広場を揺らす。


――静寂。


イヴの前方には、大きく抉れた地面だけが残されていた。


土煙が濛々と立ち込める。


老人の姿は、どこにも見えない。


「はぁ……はぁ……」


浅く息を整えながら、イヴは周囲へ視線を走らせる。


――いない。


「っ!」


頭上から、凄まじい殺気が降ってきた。


イヴは反射的に空を見上げる。


老人が切っ先を真下へ向け、流星のような勢いで降下してくる。


寸前で後方へ跳んだ。


轟音。


剣が石畳へ突き刺さる。


衝撃で地面が砕け散った。


老人は剣を引き抜く。


その刹那。


既に次の剣閃がイヴへ迫っていた。


イヴは咄嗟に身を捻る。


――躱した。


そのはずだった。


ビリッ――


ローブが裂ける。


その下の白い肌に、右下腹部から左肩へ斜めに赤い裂傷が刻まれた。


ワンテンポ遅れて、赤い飛沫が夜空へ舞う。


「あ……ぐっ……。」


イヴは膝をつく。


片手で傷口を押さえ、浅く息をついた。


「おや、今のも避けますか。」


顔を上げた、その時。


老人はすでに目の前まで迫っていた。


剣が振り下ろされる。


イヴは紙一重で身を沈める。


剣閃が頭上を駆け抜けた。


――だが。


老人の膝がしなる。


横薙ぎの蹴りがイヴの脇腹へ叩き込まれた。


「かはっ!」


骨が軋む音が響く。


イヴの身体が宙へ浮く。


赤い飛沫を散らしながら、石畳を何度も転がった。


その衝撃で、首元の黒紫の結晶のネックレスが千切れる。


石畳の上を、乾いた音を立てて転がった。


「ごほっ……」


イヴは地面に横たわり、血を吐きながらも黒紫の宝石へ手を伸ばす。


老人の目が、黒紫の結晶を捉える。


その穏やかな表情が、わずかに揺らいだ。


「それは、させませんぞ。」


老人の剣へ黒紫の魔力が宿る。


次の瞬間。


老人の剣は、すでに黒紫の結晶を貫いていた。


「やめ……て……」


パキィン――


黒紫の結晶は、乾いた音を立てて砕け散った。


砕けた欠片が、石畳の上へ虚しく散らばる。


イヴの瞳が、絶望に染まる。


「だめ……。」


「ノク……ト……。」


老人は再び剣を構え、切っ先をイヴへと向ける。


イヴは砕け散ったネックレスを見つめたまま、震える手を伸ばし続けていた。


老人は躊躇なく剣を突き出す。


鋭い刃が、イヴの胸を貫いた。


「っ……!」


声にならない息が漏れる。


口元から血が溢れ、赤い雫となって石畳を濡らした。


それでも。


イヴの手は、なお砕けたネックレスへと伸ばされていた。


老人は静かに剣を引き抜く。


赤い鮮血が地面を染めていく。


――その時だった。


「イヴーー!!」


光瑠の声が広場に響く。


えぐれた地面。


崩れ落ちた建物。


あちこちに走る無数の斬撃の跡。


さっきまで祭りで賑わっていた広場は、見る影もなかった。


「……なんだよ、これ……」


光瑠は変わり果てた光景に息を呑む。


老人がゆっくりと光瑠たちへ視線を移した。


「ほっほっほっ。あと少し遅かったら、危なかったですな」


光瑠は思わず足を止めた。


「……え?」


隣に立つノクトの体が、淡い光に包まれていた。


足元から、少しずつ透け始めている。


「ノクト……?」


光瑠の表情が凍りつく。


当の本人は、その異変など意にも介さない。


紫紺の瞳で老人を睨み据えたまま、一歩も退こうとはしなかった。


「お前……」


ノクトの低い声には、怒りと憎悪が滲んでいた。


「イヴに、何をした。」


老人は目を細め微笑む。


「残念ですが――今回は私の勝ちのようですな」


ノクトは何も答えない。


ただ、その紫紺の瞳だけが老人を射抜くように見据えていた。


「……図に乗るなよ、人間」


「僕は必ず、お前を殺す」


その瞬間、ノクトの体が淡い光を放つ。


足元から無数の光の粒子となって崩れ始めた。


光瑠は思わず手を伸ばす。


「ノクト!?」


しかし、その手が届くことはない。


ノクトは最後まで老人から目を逸らさなかった。


やがて全身は光の粒子となり、夜空へ溶けるように消えていった。


「そんな……ノクト……」


光瑠は震える声を漏らし、ゆっくりと顔を上げた。


その先に広がっていたのは、さらに残酷な現実だった。


イヴが――


血まみれのまま、石畳に横たわっていた。


胸から溢れた鮮血は黒い衣を赤く染め、周囲に小さな血だまりを広げている。


それでも彼女は、砕け散った黒紫の宝石へと震える手を伸ばし続けていた。


「そんな……」


光瑠の喉が震える。


「ダメだ……」


信じたくなかった。


目の前の光景を、現実だと認めたくなかった。


「イヴ……!」


光瑠は老人の存在など、もう目に入っていなかった。


ただ一人、イヴだけを見つめ、一直線に駆け出す。


石畳を滑るように駆け寄り、血塗れの体をそっと抱き起こした。


「イヴ! しっかりしろ!」


「あっ……」


腕の中で、イヴがかすかに息を漏らす。


その瞬間、温かい血が光瑠の腕を伝い、両手を真っ赤に染めていく。


「……っ」


光瑠は息を呑んだ。


腕の中の彼女は、あまりにも軽く、あまりにも冷たかった。


その温もりは、今にも失われてしまいそうなほど儚い。


イヴの震える瞳が、ゆっくりと光瑠を映す。


震える唇が、ゆっくりと開く。


「ヒカ……ル……」


光瑠は目を見開いた。


「イヴ……!」


「逃げ……て……」


途切れ途切れの声が、かすかに漏れる。


「私は……ノクトも……もう……」


「何言ってるんだ!」


光瑠は首を振り、イヴの手を強く握り締めた。


「置いていけるわけないだろ!」


「君は何度も俺を救ってくれた!」


「俺は……俺は君を――」


イヴは、かすかに首を横へ振る。


「お願い……生きて……」


震える唇が最後にそう紡ぐ。


それ以上、言葉は続かなかった。


光瑠の手の中で、イヴの指先からゆっくりと力が抜けていく。


星空を溶かしたような美しい瞳が、静かに光を失った。


「ああ……」


震える声が、かすかに漏れる。


腕の中の消えゆく温もりだけが、残酷な現実を突きつけていた。


「あああああああっ!!」


光瑠の絶叫が、静まり返った広場に響き渡る。


老人は剣についた血を静かに払った。


刃についた最後の血滴が石畳へ落ちる。


老人は何事もなかったかのように剣を鞘へ収め、その場を立ち去ろうとした。


「……待てよ」


低く押し殺した声が、背後から響く。


老人は足を止めた。


ゆっくりと振り返る。


光瑠はイヴを抱き締めたまま俯いている。


肩は小刻みに震えている。


やがて光瑠は顔を上げた。


その瞳には、悲しみを塗り潰すほどの怒りが宿っていた。


「お前……なんなんだ!」


「どうしてこんなことするんだよ!」


老人は光瑠を静かに見つめる。


やがて穏やかな笑みを浮かべ、口を開いた。


「それはお答えしても意味のなきことでしょう。」


「私が名を名乗り、丁寧に説明すれば、貴方は納得されるのですかな?」


老人の言葉が、光瑠の理性を砕いた。


イヴを静かに寝かせ、立ち上がる。


唇が震える。


声にならない怒りだけが込み上げた。


老人は光瑠を静かに見据えた。


その目が、わずかに見開かれる。


「あなたは……昨日あの丘にいた……」


老人の穏やかな笑みが、初めて消えた。


ゆっくりと剣へ手を掛ける。


シャリン――


静かな音とともに、刀身が夜空を映した。


「申し訳ないが、貴方は斬っておかねばならないようです。」


「うああああああっ!!」


光瑠は叫びながら、がむしゃらに老人へ飛びかかった。


老人は、一歩も動かない。


ただ静かに剣を振るう。


次の瞬間――


光瑠の視界は、真っ二つに裂けた。


世界が白く染まる。


すべての音が、遠ざかっていく。


――


何も見えない。


何も聞こえない。


何も感じない。


静寂だけが、どこまでも続いていた。


やがて、光瑠はゆっくりと目を開く。


三度目だった。


上下も左右も分からない、果てなき闇。


その中心に、一筋の光が灯る。


光はゆっくりと形を変え、一枚の扉となった。


そして――


聞き覚えのある声が響く。


「未来を選べ。」


光瑠の身体は、再び光に包まれた。

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