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星命回帰〜星が紡ぐ未来〜  作者: ゆき太郎
第一章〜星が紡ぐ未来〜
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【第10話】二度目の星夜祭

ゴォーン……


朝の鐘が、街中へ静かに響き渡る。


光瑠にとって――


二度目の「明日」がやってきた。


ゆっくりと目を開ける。


夢ではない。


ここは、『旅人の隠れ家』の部屋。


光瑠は静かにベッドから起き上がると、鏡の前へ立った。


そこに映るのは、自分の姿だけだった。


光瑠は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。


「よし。」


そう小さく呟くと、覚悟を決めて部屋を後にした。


部屋を出て一階へ降りると、入口にはすでにイヴとノクトの姿があった。


「おはよう、ヒカル。」


「昨日はよく眠れたかい?」


ノクトがしっぽを揺らしながら笑う。


「おはよう、ノクト。」


「もうばっちりだよ。」


光瑠は笑って頷いた。


「イヴも、おはよう。」


「……おはよう。」


イヴはいつも通り、素っ気なく返す。


その時、奥からグレンが姿を現した。


「よう、兄ちゃんたち!」


「昨日は世話になったな。」


「夜はゆっくり休めたかい?」


「ああ、おかげさまで。」


光瑠は小さく頷く。


その何気ないやり取りに、思わず胸が締めつけられた。


イヴはグレンの前まで歩み寄った。


「すみません。」


「もう一泊、延長してもいいですか?」


「ああ、もちろんだ。」


グレンは快く頷く。


「なんなら今夜は広めの部屋に二人一緒に泊まっても――」


「あ、お部屋はそのままで構いません。」


イヴは食い気味に、さらりと言い切った。


「お、おう……。」


グレンは苦笑する。


その様子を見て、光瑠は思わずくすっと笑った。


やっぱり。


イヴはイヴだ。


その変わらないやり取りに、張り詰めていた心が少しだけ軽くなる。


肩の力が、ふっと抜けた。


「じゃあ、行ってきます。」


光瑠はグレンへ声をかけた。


「あいよ。」


「いってらっしゃい。」


グレンはいつもの笑顔で手を振る。


三人は『旅人の隠れ家』を後にした。


朝の街は、昨日と変わらない穏やかな空気に包まれている。


露店の準備を始める人々。


談笑しながら通りを歩く住民たち。


誰もが、今夜訪れる星夜祭を楽しみにしていた。


「さて、ヒカル。」


ノクトが隣を歩きながら尋ねる。


「今日はどう動くんだい?」


光瑠は真っ直ぐ前を見据えた。


「魔物が現れたのは夜だ。」


「まずは広場を見ておきたい。」


「何か変わったことがないか、確かめたいんだ。」


ノクトは小さく頷いた。


「今日のことを知っているのはヒカルだけだからね。」


「どう動くかは、基本ヒカルに任せるよ。」


そう言って、隣のイヴを見る。


「いいよね?」


「ええ。」


イヴも小さく頷いた。


「よし。」


「じゃあ、行こう。」


光瑠は迷うことなく、広場へ向かって歩き始める。


ノクトは、その後ろ姿をまじまじと見つめた。


昨日、この街へ来たばかりのはずなのに。


まるで何度も歩いたことがあるかのように、迷いなく道を進んでいく。


やがて三人は、一つの通りへ差しかかった。


光瑠の視界に、見覚えのある景色が飛び込んできた。


ここは、『旅人の隠れ家』の露店が並ぶ場所。


グレンと肩を並べ、必死に魔狼と戦った場所だ。


だが――


最後は二人とも魔狼に囲まれた。


何もできなかった。


グレンも。


そして、自分も。


為す術なく命を落とした。


「……っ。」


光瑠は無意識に拳を強く握り締める。


更に進んでいくと、あの広場へと辿り着いた。


「ここだ。」


光瑠は広場をゆっくりと見渡す。


広場では、音楽隊の演奏に向けたステージの準備が着々と進められていた。


ノクトは光瑠の隣まで歩み寄る。


「実のところ。」


「僕は君の話を半信半疑で聞いていた。」


光瑠は黙って耳を傾ける。


「でも。」


「身分証のことも。」


「イヴが渡す軍資金のことも。」


ノクトは広場を見渡したあと、光瑠へ視線を向ける。


「そして今も。」


「昨日この街へ来たばかりなのに、一度も迷わずここまで来た。」


「君は本当に、『今日』を見てきたのかもしれないね。」


光瑠はノクトへ視線を向けた。


紫紺の瞳が、まっすぐこちらを見つめている。


「俺自身も……まだ何が起きたのか分かってない。」


「だから、本当に未来を見たのかなんて、自信はない。」


一度、言葉を切る。


「……でも。」


「信じてもらえるなら助かる。」


「今日のことは、俺一人じゃ何もできない。」


イヴは静かに光瑠の隣へ歩み寄った。


「安心して。」


「魔狼は私が殲滅する。」


光瑠は思わずイヴを見た。


その横顔には、一切の迷いがない。


「あなたは、『今夜』目撃した黒髪の男を探して。」


「……え?」


光瑠はぎくりと身を固める。


「あ、探すのはいいけど……。」


「俺一人で見つけても、また死んじゃうと思うんだけど……。」


「一人で戦えとは言ってないわ。」


イヴは淡々と言い切る。


「見つけたら逃げて。」


「戻ってきて、男の居場所を教えて。」


「私が倒す。」


イヴの力強い言葉に、光瑠は驚きと頼もしさを感じた。


「ああ。」


「頼む。」


「俺も全力で、できることをやるよ。」


ノクトは満足そうに頷いた。


「そうだよヒカル。」


「大体ヒカルが一人で戦えるなんて思ってないんだから。」


光瑠は改めて二人を見渡す。


もう、自分は一人じゃない。


この二人となら――


最悪の未来さえ、変えられるかもしれない。


三人は広場を歩き回り、ステージの周囲や露店が並ぶ予定の場所、裏路地まで一通り見て回った。


光瑠は記憶の中の光景と照らし合わせるように、一つ一つ確認していく。


「……特に変わった様子はないわ。」


イヴが静かに告げる。


ノクトも辺りを見回しながら頷いた。


「僕も何も感じないね。」


光瑠は再び広場を見渡した。


広場は祭りの準備で賑わい、人々の笑い声が絶えず響いていた。


子どもたちは走り回り、大人たちは露店の準備に追われる。


誰もが、今夜の星夜祭を心待ちにしていた。


怪しい人物は現れない。


異変も見つからない。


とても今夜、大量の魔狼が現れる場所には見えない。


時間だけが、無情にも過ぎていく。


「あの男は……どこにいるんだ。」


胸の鼓動が、少しずつ速くなっていく。


やがて空は茜色へ染まり始めた。


夕方だ。


三人は一度広場を離れることにした。


しばらく歩いていると、光瑠はふと足を止める。


「なあ。」


「三番街の騎士団の詰所に寄ってもいいか?」


ノクトは光瑠の表情を見ると、小さく頷いた。


「もちろんだよ、ヒカル。」


「星夜祭までは、まだ時間があるからね。」


イヴも異論はないようで、静かに頷く。


光瑠は前を見据えた。


本当に有理栖は、まだ見つかっていないのか。


それとも――


未来が変わり、もう見つかっているのか。


それだけは、確かめておきたかった。


光瑠は迷うことなく、三番街の騎士団の詰所へ向かった。


見覚えのある扉を開き、受付へ歩み寄る。


「あの。」


「一人、探している子がいるんです。」


――


受付の女性は静かに名簿へ目を通した。


やがて、申し訳なさそうに顔を上げる。


「申し訳ありません。」


「有理栖という少女は、まだ見つかっておりません。」


返ってきた答えは――


光瑠が知っているものと、何一つ変わらなかった。


「……そうですか。」


小さく礼を言い、詰所を後にする。


有理栖は、まだ見つかっていない。


その事実だけが、胸に重くのしかかった。


外へ出ると、光瑠は静かに目を閉じた。


「有理栖……ごめんな。」


小さく呟く。


本当は。


今すぐにでも、有理栖を探しに走りたかった。


この瞬間もどこかで一人、不安な思いをしているかもしれない。


それでも――


これから起こるかもしれない厄災から、目を背けることはできなかった。


あの惨劇を知っているのは、自分だけ。


だからこそ。


今は星夜祭へ向かわなければならない。


イヴとノクトは、何も言わず光瑠を静かに見守っていた。


――そして。


夜が訪れる。


ゴォーン……


日没を告げる鐘が、街中へ高らかに響き渡った。


星夜祭の始まりだ。


広場は色とりどりの灯りに照らされ、昼間とはまるで別世界のような賑わいを見せていた。


露店には長い行列ができ、子どもたちは笑顔で走り回る。


音楽隊の演奏が広場いっぱいに響き、人々の歓声が夜空へ溶けていく。


その中を、光瑠とイヴ、ノクトは周囲を警戒しながら歩いていた。


「おおーい! 兄ちゃん!」


聞き覚えのある声に、光瑠ははっと顔を上げた。


視線の先には、『旅人の隠れ家』の露店。


「あ、お兄ちゃーん! お姉ちゃーん!」


イリアが満面の笑みで、大きく手を振る。


旅人の隠れ家の露店は大盛況だった。


次々と客が訪れ、グレン夫妻は休む暇もないほど忙しそうに働いている。


「兄ちゃんたちも楽しんでってくれよー!」


グレンは手を止めることなく、大きな声で呼びかける。


光瑠は小さく手を振り返し、その場を後にした。


祭りの賑わいは変わらない。


笑い声が響き、人々は幸せそうに料理を頬張っている。


光瑠の背筋を、冷たいものが走った。


ぴたりと足が止まる。


もし、厄災を防ぐことができなければ。


今夜、犠牲になるのはグレンだけじゃない。


笑顔で手を振るイリア。


優しく見送ってくれたグレンの妻。


そして――


この広場にいる、すべての人たち。


光瑠の胸は、次第に高鳴っていく。


鼓動が速い。


手のひらには、じっとりと汗が滲んでいた。


「……ル〜。ヒカル〜!」


呼びかけられ、はっと我に返った。


足元では、ノクトが心配そうにこちらを覗き込んでいる。


顔を上げると、イヴが片手に一本ずつ、肉と野菜を刺した串焼きを持って立っていた。


「……ん。」


イヴは何も言わず、そのうち一本を光瑠へ差し出す。


ノクトが苦笑しながら口を開く。


「ヒカルが急に動かなくなっちゃったから。」


「何か食べれば、少し落ち着くかなって思って。」


光瑠は少し驚いたように串焼きを受け取る。


「あ……ありがとう。」


「まだ時間はあるんだよね?」


「ずっと歩き回ってるけど、何も見つからないし。」


「広場で食べながら待とうよ。」


光瑠はイヴとノクトを見て、小さく頷いた。


「ああ。」


三人は再び広場へ向かう。


祭りを楽しむ人々の間を抜け、広場の端にあるベンチへ腰を下ろした。


光瑠とイヴが並んで座り、その間へノクトがちょこんと腰を下ろす。


「じゃあ、いただきます。」


光瑠は串焼きを一口頬張った。


香ばしく焼かれた肉の旨味が口いっぱいに広がる。


「……美味しい。」


思わず頬が緩んだ。


ふと隣へ目を向ける。


イヴも静かに串焼きを一口かじっていた。


そのまま時折、自分の串をノクトの前へ差し出す。


ノクトは慣れた様子でぱくりと一口食べる。


「おいしい〜。」


嬉しそうに尻尾を揺らすノクト。


イヴは何も言わず、小さく串を引き戻した。


その何気ないやり取りに、光瑠は思わず笑みをこぼした。


そういえば、イヴの隣に座るのは初めてだ。


ふと隣へ目を向ける。


夜風に揺れる宝石のような青い髪。


最初は氷のように冷たく見えた蒼い瞳も、今は星空を溶かしたように、どこまでも澄んで見えた。


「……綺麗だ。」


思わず、言葉が漏れた。


イヴが光瑠の視線に気づく。


「何?」


視線が合う。


光瑠は思わず目を逸らした。


「い、いや!」


「なんでもない。」


短い沈黙が流れる。


光瑠はもう一度だけ、そっとイヴを横目で見た。


こうしていると、本当に普通の女の子にしか見えない。


最初は冷たい人だと思っていた。


でも、違った。


不器用なだけで。


本当は誰よりも思いやりに溢れている。


「俺は……。」


「イヴにも、死んでほしくない。」


イヴは串を持つ手を止めた。


ゆっくりと光瑠へ視線を向ける。


「私は死なない。」


「あの魔狼が何匹来ようと、私は負けない。」


「それに――」


「私は、こんな所で死ねない。」


一瞬だけ視線を伏せる。


「だから。」


「本当に勝てないと判断したら、退く。」


「……悪く思わないで。」


光瑠は少しだけ安堵した。


「ああ。」


「それでいい。」


イヴは小さく頷き、再び串焼きを一口かじる。


音楽隊の演奏が、広場を中心に街中へ響き渡る。


心地よく。


聞く人の身も心も、優しく包み込むような音色だった。


三人は言葉を交わすことなく、その音色へ静かに耳を傾ける。


穏やかな時間が流れていく。


そしてまた一曲が終わり、次の演目が流れる。


光瑠は目を見開く。


「こ、この曲は……!」


前の『今日』。


広場が悲鳴に包まれる直前まで流れていた曲だ。


光瑠は立ち上がり、司会役の女性の元へ走る。


「なあ!」


「きゃあ!な、なんですか?」


司会役の女性は驚いた様子だ。


「この次の曲、『月の涙』だよな?」


「え、ええ。そうですけど。」


「やっぱり!」


光瑠はイヴとノクトの元へ急ぐ。


「イヴ!ノクト!」


「この次の曲、『月の涙』が始まる直前に魔物が現れるんだ!」


イヴとノクトは一瞬だけ視線を交わす。


小さく頷いた。


ノクトは表情を引き締める。


「……分かった。」


ノクトは静かに目を閉じた。


魔力探知を開始する。


広場には、音楽隊の演奏だけが響いている。


誰一人として、異変には気づいていない。


笑い声。


拍手。


穏やかな音色。


――静寂。


次の瞬間。


ノクトがゆっくりと目を開く。


「……いるね。」


紫紺の瞳が、ステージの奥の一点を鋭く見据えた。


「もうすぐそこにいる。」

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