96ー裏ボス登場
この後、ブレイズ様はまたブランコに乗っていた。俺みたいに乗りたいらしい。それがなかなか勢いが出ない。
だが意外にもここで発破を掛けたのは、ブレイズ様の従者のヴァシリーだ。
ブレイズ様が乗っている横から、もっとこうですとか口を出しているだけかと思ったら。
「そんなに言うなら、シリーがのってみろ!」
「え? いいんですか? では、ちょっと代わってください」
なんだ、ヴァシリーもやりたかったんだ。そのヴァシリーは初めてブランコに乗るというのに、いきなり立ち漕ぎから始めた。
片足で地面を蹴り、勢いよく漕ぎだした。
この子って、きっととっても運動神経がいいんだな。いきなり立ち漕ぎするなんてさ。
「おー!」
いや、思わず声が出ちゃったよ。とっても姿勢が綺麗だ。しかもすぐにスピードに乗って高く漕いでいる。そして俺の真似をしてフィニッシュ。
ここで空中で一回転とかしたら完璧じゃね? なんて、ブランコでそこまでは望まない。遊具なのだから。
「なんだ!? どうしてできるんだ?」
「ブレイズ様、ベルを見ていましたか? 見ていればできますよ」
あれれ、ヴァシリーって結構言うんだ。ブレイズ様が、グッと口ごもっている。
「ブレイズ様は、あまり身体を動かさないからですね」
「そんなことを言うが、シリーだってそうじゃないか」
「僕は毎朝鍛練してます」
「そうなのか!?」
「はい」
ニッコリと良い笑顔で返事をしている。あれれ、これは完璧にヴァシリーの勝ちだ。
しかも鍛練ってなんだ? そんなことをしていたのか? 誰と? その根源がやってきた。
「皆揃って何をしているんだぁッ!?」
フラン爺だ。ヴァシリーがペコリと頭を下げている。
あれれ? ヴァシリーってフラン爺に対して、ちょっと態度が違うんじゃない?
「ヴァシリーは、毎朝大旦那様と一緒に鍛練しているんだ。もっと小さい頃に大旦那様に教わってからずっと続けている」
親父がそう言った。ヴァシリーの師匠はフラン爺だった。この家の体育会系の大元だ。まあ、フラン爺しかいないよな。
「やっぱフランじいか」
「ああ、偉いだろう? 大旦那様がおられない時も一人で続けているんだ」
「へえー」
「一人で努力を続けるのは大変なことだ」
俺には真似できねーな。俺って楽な方へ流れるから。てか、俺はお嬢一人で手一杯、気持ち一杯だから。そこに全力投球だ。
「うぉぉぉーッ! これは楽しいぞぉーッ!」
あらら、フラン爺がブランコに乗っている。
目をキラキラさせて立って漕いでいるフラン爺を、ブレイズ様がボーッと見ている。
これは呆気に取られているのかな?
フラン爺って大人なのに、とっても子供っぽいところがある。子供心を残しているんだな。
それがちょっと、残し過ぎなような気もするけど。
「あなたぁッ! 何をしているのですかぁッ!」
おっと、そこに乱入者がいた。その声を聞いただけでフラン爺はブランコを止め、固まっている。
「え? なんら?」
「クククク、大奥様だ。到着されたのだろう」
玄関の方を見ると、フラン爺と同年代の女の人がツカツカと歩いてきた。後ろに付いている侍女らしき女性が、あ~あとため息をついている。
この人に俺は、前の時に可愛がってもらったぞ。ホルハティ家の裏ボスとも言える人だ。
「カリーナちゃま!」
俺は思わず駆け寄った。いつものように、ベル! と言って抱き寄せてくれると疑いもせず。
「こら、ベル!」
俺はコロッと忘れていたんだ。前の時の記憶がある人とない人がいるということを。
「あら、どうして私の名前を知ってるの? あなたは使用人の子供かしら?」
え……ピタリと足を止めた俺は、目の前の女性を見つめた。俺が覚えている目じゃなかった。
いつも俺を見つめる目は、可愛いと思ってくれている気持ちが溢れている目だ。初めて見る子への距離を取った目だった。
それがとても……とんでもなく寂しく感じる。仕方ないことなのだけど、それでも俺は寂しくて悲しかった。
領地から長旅で、まだきっと到着したばかりなのだろう。
いつもは普段着用のドレスを着ている人が、今日はブラウスにロングスカートだ。
カリーナ・ホルハティ。フラン爺の奥さんだ。ホワイトゴールドの髪をお上品にアップしていて、瞳は火属性を現す朱色だ。
「大奥様、私の息子になったベルです。お見知りおきください」
「まあ、ゲイブの!? 息子になったってどういうことなの? ベルっていうのね」
親父が俺の後ろから、そう言って紹介してくれた。
「あい、ベルれちゅ」
俺は大奥様にペコリと頭を下げた。ああ、寂しい。分かっていたことなんだけど、前の時に可愛がってくれていた人なのに。
別に拒否されたわけではない。ただ、また最初からってだけだ。それだけだ。でも、寂しくて肩を落とす。
俺がちょっぴり感傷に浸っている間に、親父が大奥様に、俺を引き取った事情を話していた。
「まあ! なんてかわいそうなの! だからこんなに痩せているのね」
そう言って抱きしめてくれる腕の中は、前と同じ温かさだ。
ああ、懐かしい。この人を俺は好きだった。とっても可愛がってくれた。
「カリーナちゃま」
「もう大丈夫よ。たくさん食べて大きくなるのよ」
「あい」
いかん、ちょっと泣いてしまいそうだ。
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