85ー大真面目
俺の様子に気づいたアイレが、引き留める。
「ベルちゃん、駄目よ」
「あいれ、おれはおじょうをまもる」
だってお嬢が、ギュッて身体を強張らせているじゃないか。ガツンと言ってやるなんて、強気なことを言ってたお時間がだぞ。
あれは絶対怖がってる。
王子がツカツカとお嬢に近寄り、手を伸ばした。王子の手がお嬢の腕を掴もうとした時だ。
ヒュンと瞬時に移動して、俺はお嬢の前に立ち王子の手を遮った。
俺には、王子が出す手がスローモーションに見えた。
俺はその手とお嬢の間に体を入れ、手を広げてお嬢を庇う。
一瞬の出来事で、周りは何が起こったのか分かっていない。このちびっ子は、どこにいた? くらいだろう。
小さな風が起きて、お嬢の長い髪がすぐ前に入った俺の頬を撫でる。
うほッ! 良い匂いがするぜ。いやいや、ここは浮かれてはいけない。
今日は、大真面目にやるって決めたんだ。
「な、な、なんだおまえ!?」
突然現れた俺に驚いたのか、動揺したのか? 手を振り上げ殴りかかろうとしてきたから、それをパシンと片手で払ってやった。
なんだ、こいつと鼻息も荒く、睨みつける。
もしかして前の時もこんなだったのか? いきなり女の子の腕を掴もうとするなんて、どんな思考なんだ。
しかも、あの言いようだぞ。これって教育係は何をどう教えているんだ?
奥様は、魔道具を使っているか? チラリと目だけを動かして奥様の方を見たら、しっかりこっちを正面に捕らえていた。そして俺に向かって小さく頷いた。
「おじょう、だいじょぶ」
「ベルゥ……ふ、ふ、ふえぇーん! ええーん! こわかったのよ~! ベルー! ええーん! ふえーん!」
お嬢が声を出して泣き出した。しかも号泣だ。
やっぱお嬢は無理していたんだ。前の時を覚えているのに、何もなかったかのように笑っていた。
そんなの無理しているに決まってる。だから王妃に聞かれた時に、すぐに返答できなかったんだ。
俺の背中に隠れて、服をキュッと掴みながら泣くお嬢。そこからお嬢の体温が伝わってくる。
声を上げて泣いてるんだ、あの気丈なお嬢が。そう思っただけで、この腕の中に囲い込んで守りたい。今すぐお嬢の涙を拭いてやりたい。
でも、王子から目を離すわけにはいかない。
王子を正面から、ギリリッと睨みつける。くっそ、俺よりちょっぴり背が高いじゃねーか。明日から毎日牛乳を飲もうと決心した。
「おじょうに、なにちゅるちゅもりだったんら!」
「だ、だ、だまれ! わたしはわるくない!」
ちびっ子なのに、もうこんなに偉そうなのか?
お前、ちょっと痛い目に遭ってみるか? 下から顎をバコーンと殴ってやろうか。
「わたしは、おうじだぞ!」
だから何だ、それがどうしたってんだ。俺はお嬢が一番大事なんだ。お嬢の体も心も守ることが最優先だ。
王子だろうが、王妃だろうが、お嬢を傷付けるなら許さない。
そう思って、俺は王子を睨みつけていた。一歩踏み出そうかと思っていたところだ。
「ベル、そこまでよ」
「らって、おくちゃま!」
「もういいわ」
「おじょうが、ないてるんだじょ!」
お嬢が声を上げて泣いているんだ。それだけで、俺には十分な理由だ。
ガツンとやってやる! そう思って拳を握りしめる。
「王子殿下、今なんとおっしゃいました? 婚約してやるとおっしゃいましたか?」
奥様の声がいつもと違って低い。体の正面で、しっかり王子の姿を捕らえている。
「わ、わたしは!」
「婚約なら、ご辞退させていただきますわ。殿下にネーネルファを、嫁がせるつもりはございませんので」
「な、なんだと!?」
「私共は、王子妃の立場など望んでおりませんの」
「え……でも、ははうえが!」
「王妃様が、何とおっしゃったのですか?」
「なにをしているのですか!?」
ここに来てやっと王妃の登場だ。
俺はずっとお嬢を背中に庇ったまま動かない。
第2王子にお嬢の涙を見せてなるものかと思っている。こんな綺麗な涙を、お前なんかが見る資格はないってな。
奥様が王妃に向かって正面に立つ。奥様も肝が据わっている。王妃に向かって一応の礼を取るが、目は笑っていない。
「シリスは悪くないわ」
「話を聞いておられましたか?」
「ええ、もちろんよ。公爵家の令嬢が王族に嫁ぐのは、当然ではないかしら?」
「当然ですか? では、自分が王子だから嬉しいだろうと思われるのも当然なのですね」
「あら、だってそうでしょう? 王子妃になりたい令嬢なんて捨てるほどいるわ」
「お言葉ですが、ネーネルファはそうではありません」
「何を馬鹿なことを言っているのかしら? 公爵家がどうなっても良いの?」
「何かできるのでしたら、どうぞご自由になさってくださいませ。ですが、当家といたしましてもネーネルファを、シリス殿下に嫁がせるつもりは毛頭ございません」
ひょー! 奥様ったらカッケーな! 見直しちゃった。家では、ポヤヤ~ンとしているのに。
奥様の周りに公爵家の奥方たちが集まった。皆王妃を睨みつけている。
公爵家は奥様の見方をしてくれているんだ。周りの奥方たちは、遠巻きに見ている。
明日は我が身だぞ。油断してると、王妃の野望に巻き込まれるぞ。それが分かっているから、誰も近寄らない。
「おや、どうしたのですか? ベル、ネネ嬢、久しぶりだね」
場にそぐわない声がして、第1王子のシュテファン殿下がやってきた。
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