30ーお嬢と俺の物語 8
お嬢にこんな悲しい微笑みをさせたくない。俺ならもっともっとお嬢を大事にする。そう思っていた。
だけど、人の世界で執事の親父に拾われた俺が何をできるでもなく。
俺はそのままお嬢の従者になった。せめてお嬢が気兼ねなく過ごせるようにと、お嬢の側にいた。
お嬢が泣くことなんて滅多になかった。人前で泣かなくても、きっと一人の時に泣いてるんだ。だって朝起きて、真っ赤な眼をしている時があるから。
それを思うと、何もできない自分が歯痒かった。
お嬢が枕にパンチをお見舞いして、穴を開けた時はアイレに一緒に謝った。
お嬢がストレスを発散するために走り込みをする時は、お嬢がへばるまで一緒に走った。体育会系かよッ! て思わず突っ込んだけど。
これが一番スッキリするのだと言って、お嬢は笑ってた。
あの時、婚約破棄されるまでの12年間を俺はずっとお嬢の側にいた。お嬢専属の従者という立場を貰った時に、旦那様に頭を下げられた。
「ベル、お前にしか頼めない。ネネの側にいてくれ。何かあったら私たちのことなど考えず、迷わずネネを連れて逃げてくれ。頼めるか?」
「旦那様、任せてくれ。俺の全てでお嬢を守るって、俺はとっくに決めている」
「ベル、頼んだわ。お願いね」
「奥様、分かった」
旦那様と奥様も辛かっただろうに、俺に任せてくれたんだ。
何があってもお嬢が大事だという気持ちは消えない。
親父に連れて来られて、お邸の庭で初めて会った時のお嬢を今でも忘れない。はっきりと覚えている。マジ天使だと思ったことを。
なのに俺は、お嬢を守れなかった。あの時、婚約破棄された建国記念のパーティーに、俺は付いて行く予定ではなかった。だけど親父が言ったんだ。
「ベル、何か嫌な予感がする。今日、できるだけお嬢様の側にいろ」
「親父、何言ってんだ。今日は建国記念のパーティーだぞ」
「分かっている。だが従者なら、パーティー会場の隅にでも入れるだろう? 侍女よりお前が付いて行け」
「親父……分かった」
親父のその勘が、当たったんだ。
「あら? ベルが付いてくれるの?」
「ああ、親父に言われた」
「ふふふ、そうなのね。ベルが一緒なら安心だわ」
行きの馬車の中で、お嬢はそう言って微笑んでいた。
お嬢の髪と同じ色の糸で刺繍されたドレスがよく似合っている。眩しいくらいだ。
俺の心の中はお嬢の姿を焼きつけるのに忙しい。普段のお嬢も可愛いけど、ドレスアップしたお嬢はマジで精霊さんだった。
いや、いかん。そんなことよりもだ。
「お嬢、俺は同じ会場にいるけどすぐ側にはいられないんだ」
「もう、ベルったら心配性ね。大丈夫よ」
お嬢はそう言いながら微笑んでいた。
今までの夜会でも第2王子が迎えにくることはなかった。お嬢の誕生日には、きっと王妃が選んだのだろうと丸分かりの品が贈られてきたりした。それでもお嬢は笑っていた。
「あの方に、そんなことを望んでいないわ。気付ける人じゃないもの」
いや、それってどうなんだ!? て思うだろう? でもそれが普通だったから、邸の皆も麻痺していた。
迎えのないことに、普段から接点のないことに。その間にあの第2王子は、えせ聖女と会っていたんだ。
旦那様はそれも掴んでおられた。一体何をしておられるのだと、王妃に抗議しておられた。このまま続けられるようなら、婚約解消も考えさせてもらうと。
「話にならないわ」
と、王妃に一笑された。何が話にならないだ。建国記念の祝いのパーティーなのに、婚約破棄なんて言ってきたじゃないか。
親父に『嫌な予感がする』と言われていたのに、『側にいろ』と言われたのに、俺はお嬢の側を離れた。
従者だから、側にはいられなかった。それが今でも後悔している。
それは仕方ないことなんだ。そう言ってしまえば楽なのかも知れない。でもそうじゃない。俺ならと親父は信頼してくれたのに。
最上級の爆裂魔法をぶっ放し、自分の炎の中に立ちすくむお嬢を後ろから抱きしめる。
お嬢の涙がポロリと零れて、すぐに熱で音もなく蒸発していく。俺の大好きなお嬢の白銀の髪が、熱風に煽られて舞っている。
いつもは優しく輝いているストロベリーレッドの瞳が、今は何も映していない。
「ベル! 頼んだぞ!」
ブレイズ様の声が後ろから聞こえてくる。同時に俺の手を握っているブレイズ様の手に力が入る。
「お嬢、今度こそ俺に守らせてくれ。俺の全てで今度こそお嬢を守る」
そうして俺は使ったことのない大魔法で時を戻した。
竜族の本気の魔法だ。俺の全魔力を解放する。俺とお嬢の物語を、このままで終わらせてなるものか。俺の思いを一緒に連れて行く。
まあ、戻し過ぎた感はあるのだけど。それでも婚約の切っ掛けになったお茶会の前に、戻れたのは良いことだ。まだこれからチャンスがあるのだから。
撒き戻す前を覚えていることや、能力もそのままだということもラッキーだ。前の時よりずっと有利だと思う。今回は皆で一致団結して婚約を回避する。
あの12年間のお嬢をみんな知っているから、今度は絶対に婚約なんかしてなるものかと思っている。
守るんだ、今度こそ俺の天使を。
「じぇったに、おれのヨメにちゅる!」
「アハハハ! ベル、お前ちょっと引くで」
「うるちぇー」
ガンちゃんは俺の気持ちを全部分かっているから。
だからって『引く』とか言うなって。いや、分かっているのだから協力しろよ。笑っている場合じゃないぞ。
「ワッハッハッハ! ガンちゃんだからな!」
親父も笑っている場合じゃないって。これからお嬢の婚約を回避しないといけないんだぞ。分かっているのか?
「おやじ、わらってるばあいじゃねー」
「アハハハ! だが今回は嫌な予感がしないんだ」
「え、ちょうなのか?」
「ああ。どうしてだろうな? 前の時と何から何まで変わっているからじゃないか?」
「ちょうかな?」
「おう、ベル。頑張れよ」
「あたりまえら!」
親父はそう言っていたけど、俺は心配だ。
まだ何も始まってないのだけど、それでも準備するに越したことはない。
そんなことを思いながらの、フラン爺の話だった。王との謁見は旦那様に任せて、自分は他の公爵家に協力を仰ぎに行くという。
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これで回想はおしまいです。




