25ーお嬢と俺の物語 3
「お嬢様! お一人で行かないでください!」
「アイレ、だいじょぶよ」
何度か見たことのある女性が女の子を追いかけてきた。親父と話していたことのある人だなって、アイレの顔は覚えていた。
「あら、こんなところにいたの? ベルちゃんよね?」
「おー」
「ゲイブさんが探してましたよ」
「ねえ、アイレ。じいのところに、きたこよね?」
「はい、そうですよ。ベルちゃんです」
ベルちゃんって呼ぶのは止めろ。
「べるれいい」
「はい、ベルちゃんですね」
いや、だからぁ。て、まあいいか。
「あたちと、おなじくらいかちら?」
「お嬢様、ベルちゃんはこれでも竜人なのですって。だからちびっ子に見えても実際は違うそうですよ」
「まあ! ちょうなの!?」
「はい、そうゲイブさんが言ってました」
「ちゅごいわね!」
はいはい、ちびっ子はさっさと家に入って大人しくしてな。俺はここで一休みしてたんだ。
「ねえ、りゅうじんって、ドラゴンなの?」
「ちょうら」
「ちゅごいわ! あたちドラゴンを、みたことがないの!」
好奇心いっぱいの眼で小さなお嬢に見つめられて、俺はこの時ちょっと自慢したくなったんだ。ドラゴンを見たことがないというお嬢にさ。
「みてな」
そう一言言うと、俺はポポンとチビドラゴンになって空を飛んだ。
「キュィーッ!」
黒い翼をパタパタと動かして、空を飛ぶ。陽の光に漆黒の鱗が輝いて見える。ああ、やっぱ俺は飛ぶのが好きだ。
どうだよ? 超カッコいいだろう?
「まあ! 本当にドラゴンになるのですね!」
「アイレ! とってもかわいいわ! ちいちゃなドラゴンなのね!」
お嬢とアイレがそんなことを言っていた。可愛いとは何だ、そこはカッコいいだろう?
下を見るとお嬢が両手を伸ばしている。上空を飛んでいる俺に届くはずがないのに、背伸びをしながら俺に向かって両手を目一杯伸ばしていた。
その内、その場でピョンピョンとジャンプしながら大きな声で俺に言った。
「ベル! あたちもいっちょにとびたいわ!」
弾けるようなキラキラとした笑顔で俺に向かってそう叫んだ。
あれれ? 俺って怪我だけじゃなくて、心臓も悪くなっていたのか? そう思うくらい胸がドキドキしたのを、ハッキリと覚えている。
ズギューンと、心を撃ち抜かれちゃった。分かる? 超可愛いちびっ子のお嬢の眩しい笑顔だよ。
あれは眼福ものだった。いや、紛れもなく天使そのものだった。
天使がいるぞ、隠さなきゃ。なんて思ったもんだ。
「ベル、お前キショイって」
俺の肩に留まりながら、ガンちゃんがそんなことを言っていた。だって本当にドキドキしたのだから仕方がない。
その日を境に、俺はお嬢と一緒にいるようになった。お嬢は朝から勉強だのマナーだの、まだちびっ子なのに忙しそうだった。
その頃、初めてこの家に興味を持った。親父にこの家の人のことを聞いてみたのも、この頃だ。
「おじょう?」
「ああ、お嬢様だ。この家の方は皆、火の魔法を使われる。この国一の使い手だ」
「ひか。おれも、ひをだちぇるじょ」
「それは止めとけ。お前、それってドラゴンブレスだろう?」
「おー。まだチビブレスだけろな」
「ワッハッハッハ! まだチビなのか!?」
仕方ないだろう、チビドラゴンなんだから。
「しかし、お嬢様がお前のドラゴン形態を怖がられなかったのか」
「おー、いっちょにとびたいって」
「そうなのか?」
「ちょうかわいい」
「お嬢様は可愛らしいだろう? 小さなプリンセスだ」
「てんちかとおもった」
「ワッハッハッハ! 天使かよ!」
親父に凄く笑われたのを覚えている。だけど俺から見たら、本当に天使みたいだったんだ。
背中に真っ白な翼があるのを隠しているんじゃないかと、真剣に思ったくらいだ。俺がドラゴンになれるように、お嬢も天使になれるんじゃないかってさ。
「ベルは魔法が得意だろう? チビでも竜族なんだから」
得意と言うのは違う気がする。竜族は得意とか不得手とかそんなことを考えない。生まれたら、当たり前のように魔法が使えるからだ。
「お嬢様の兄上が別邸におられるんだ」
「いっちょに、ちゅんでないのか?」
そこで初めてブレイズ様のことを聞いた。膨大な魔力を制御しきれなくて、ブレイズ様の気持ちの揺らぎで意識しなくても炎が出てしまう。
だから制御ができるまで、別邸で従者と二人で暮らしていると。
「えー、ちょうなのか?」
「ああ、ベルが役に立てないか?」
「おやじ」
「ん? 俺のことか?」
「ちょうら、おやじ」
この時に初めて俺は『親父』と呼んだ。お嬢に会って、俺の気持ちに変化があったのだろうと思う。
竜族にとっては人なんて最弱の種族だと、その程度の知識しかなかった。だけど、お嬢のあの輝く笑顔が、俺の気持ちにズギュンときたから。
もっと知りたいと思った。もっとお嬢の笑顔を見ていたいと思った。思えば、一目惚れってやつなのかも知れない。
「ドラゴンは、ちぇいぎょとかちねー」
「制御しないってか?」
「ちょうら」
「ああ、そうか。元々高い能力を持っているからか?」
「ちらねー」
そんなの俺は知らない。元々何も考えなくてもできるものを、どうなんだと言われても分かるわけない。
魔力を制御するなんて考えたこともなかった。意味が分からないぞ。
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