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ビカットマン  作者: 蟹谷梅児
24 青空
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 自覚というのをするつもりはなかった。


 けれど、自覚してしまった。


 すると……心にあった壊れかけの堰が完全に壊れてしまって、もう立ち止まることもできなくなってしまった。


 君の少し茶色がかった髪を撫でたいと思った。

 君の、茶褐色の瞳にうつりたい。


 好きだ。


 なんだか、気持ち悪いからこの気持ちは死ぬまで私の中。


 志津子ちゃんが夏休みなので、私や照太郎が暇になる十六日から十九日に二日福島で過ごすことにした。


 一泊二日の旅行である。


 そのおかげで、福島の海産物を味わうことができた。志津子ちゃんも満足そうにしているので、私もその顔を見て満足した。出会ったばかりの頃は、この少女の顔はまるで死体のようだった。


 心配だった。


 どうやら彼女の中にいる彼女の兄・良之助も満足しているらしく、魚市場の飯屋から駐車場に向かう道中、志津子ちゃんは私の袖を引っ張って、「ありがとうって」と照れくさそうに言った。


 その顔を見て、幸福が広がるのが分かった。


 この兄妹に幸せが戻ったことが、心の底から嬉しいのだ……と私はその時あらためて理解した。


 私が恩人・猪地光輝くんの真似をしてサムズアップをすると、少女もまたサムズアップをした。


 光輝くんといえば、彼は天獄の話を私や照太郎から聞くと、「倒してくれてありがとう」と何度も何度も言っていた。そりゃあ、自分も一度誘拐されかけ、その原因となった組織のボスと知れば倒してくれてありがとうなのは普通なのだけれど、それにしてもあまりにも深く頭を下げるから少し印象づいている。


 猪地光輝くんは、親を殺され、愛星友にその身を狙われた不幸な過去を持つ。しかし、彼は世を憎むでなく「こんな不幸が広がらないように」と願った。


 その願いを背負ったのが、彼が考え私が姿を変えるビカットマンだ。

 光の力を持つ正義のヒーロー。


 私は彼からもらった第三の自分で、色々な怪異を殴ってきた。


 怪異だけじゃない。禿頭信者という愛星友の戦闘員も多く殴ったし、一般的な信者を殴ったこともある。


 それに、異態家も。


 この拳に広がる痛みが身体を突き抜ける度に自分のたまシアが黒く淀んでいくのがわかる。


 正義を背負ってなお、自分が綺麗事を言おうとしているのがわかるから、かつての自分はそんな自分なんて大嫌いだった。


『いいじゃないですか! ね! 悪の力でも、いいんです! 悪の力でも人を愛してもいいんです。悪の力でも、人に愛されていいんです』


 その言葉が、私の心で響き続ける。彼……彼女……? とにかく、新沼朝飛をみると、特にそんな言葉を思い浮かべてしまう。


 自分のやりたいことだとか、自分の感じていることが、まるきり理屈ではなく、感情それひとつで湧き上がるのがわかる。


 これは、怒りよりも強い。絶望なんかよりも強い。悲しみなんかよりも強くて、恐怖なんかよりも強い。


 口にしたら、全部出てしまいそうだ。


 こういう時どうすればいいのかわからない。インターネットで調べたら出てきてくれるだろうか。


「そのまま伝えちゃえ」


 後ろから声が聞こえた。母の声だ。覚えている。忘れるはずがない。私は思わず振り返った。そこには誰もいない。


 そのまま……?


 そのままは……さすがに恥ずかしい……。


 そんな感じで悶々としていると、十八日になってしまった。ド深夜、思わず照太郎に「どうしよう」と聞いた。


 すると、奴は「今夜は月がきれいですね、とか言ってみろ」とからかうように言った。


 半ばバカにされているのだろうということは分かった。こいつは俺が年下のムーブメントをすると、ハチャメチャにバカにしてくる。


 しかし、月。


『今夜は満月だよ、青空くん』


 らしい。じゃあ、もう、これでいいか。

 夜になる。月が出る。綺麗な月が出た。


「意地でも夜景を見るぞ〜」と匂わせていたら、空明が「良いじゃないですか、夜景見ましょう」と乗っかってきた。


 夜景を見に行く。


 大人数で行動していたし、全員が全員やかましいので、随分とわちゃわちゃとしたものだった。


 新沼夫婦はロマンチックな雰囲気になり離脱するし。

 新沼兄妹は志津子ちゃんと光輝くんと空明を連れ花火の調達に行ったし……まぁこれはいいか。


 照太郎は夕飯を食い過ぎてうんこが止まらんと泣いてトイレから出てこなくなるし……これはだめか。


 優心と飛騨峰さん、野村さんは「未成年のお前にも飲めるおこちゃまジュースとか買ってきてやるよヒーロー! ギャハハ」と悪役みたいな事を言って酒とつまみの調達に行ってしまったし。


「二人だけになったな」

「なんで歩幅を合わせねぇんだあいつら」

「共通の敵がいなくなったから」

「じゃ、お前のせいだ」


 新沼朝飛が、からかうように笑って言う。


 どうしようもなくなって、頭の中でくすくす笑うような声が聞こえる中、サングラスを取り出して、かける。


「夜中にグラサンかけるとヤク中だと思われるぞ」

「…………」

「ん? どーした?」

「尾島青空に、なりたいと思います」

「なんだ急に」


 ふぅ〜〜、と吐息を夜に流す。


「……私は、人並みに、頑張ってきたつもりで……君も、それを見ていると思って……いまから話すけれど……私は、やっぱり人を殴るのが嫌いだ。怪異を殺すのも好きじゃない。どんな悪人でも、とんだ善人でも、やっぱり生きている人たちや、考える力を持つ奴らには笑顔でいてほしい。でも……愛星友のれんじゅうは、その理屈が通じない奴等だった。だから、戦った」


 勇気が出るまで、喋ろうと思う。


「私は……たくさん人を救ったから、天国に行きたいと思う。でも、たくさん人を傷つけたから、地獄に行きたいとも思う。もし、私がこの先死ぬことがあったら、きっとあの世で神も仏も戸惑うと思う。こいつをどうするべきかって」

「だろうな」

「これは……私への罰なのだと思う。あの時感じた痛みや、苦しみや絶望はすべて……十字架を背負って生まれてきた私への罰で……」


 雲が風に流され始めていた。


「君は、誰よりも頑張った私へのご褒美だと思う。今からふざけたこと言うけど……親指も、薬指も、私じゃダメですか……。えっと、それで……あっ、そうだ! 今夜は、月が綺麗ですね」


 スベったか……!?


「お前と朝日が昇る青空を見るための月だもの」


 なんだそれ……!?


「オーケーって意味だよ、アドリブに弱ぇなお前!」

「中卒だからわかんない……」

「つーかいつの時代の告白だよ」

「だって照太郎が」

「からかわれてんじゃねぇか」

「いやだって……」

「っていうか、親指と薬指がわかんない」

「薬指ってほら……」

「気が早い気が早い」

「はやくない」

「お前、今日のことずっと語り継ぐぞお前」


 ああまずい。死ぬほど恥ずかしい。


「花火やろうぜ〜」

「ミスターくーん、ミスターくん聞いてー! 光輝くんと空明くんひどいんだよ、明後日歯医者あるからなるべく財布に余裕持たせたくて安いの選んでたのに高いのポンポンカゴに入れてくの」

「よくやった」

「あーっ! ミスター残酷花火!」

「なんだそりゃ」

「ってか新沼の父ちゃん母ちゃんいなくね?」

「グロいからほっとけ」

「両親の愛をグロいとか言うな」

「思春期だね」

「俺手持ちの噴出する花火のこと下痢便花火って呼んでる」

「俺も。下痢便花火やろうぜ」

「ってか、お前うんこいいの?」

「もう全部出したわ」

「解釈違い」

「なんで偶像崇拝してんだよ」


 バチ……チチチ……と、花火が周囲に輝きを撒き散らかしていく。赤い手持ちの花火が火花を散らす。


 ああたぶん。


 いま、下痢便花火で顔が赤い。




〈目送〉

おわり

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