↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拝金弁護士ミダス ~「真実の愛」ですか。では違約金をお支払いください~  作者: あゆと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/8

「聖女は雇っていない」ですか。では今日から来なくて結構ですね

「いやあ。ずいぶん儲かる慈愛ですねえ」


ミダスの言葉に、大神官バルドーの眉がぴくりと動いた。だが怒鳴り返すことはなく、机の上で両手を組み直すと、諭すような口調で話し始める。

「リーガロウ殿。先ほどから聖女様を、神殿に雇われた治癒師のように扱っておられる。そこからして認識が違うのです。聖女様は神託によって一代に一人だけ選ばれ、生涯を神と民のために捧げる特別な御方です」


歴代の聖女に俸給というものはない。その代わり、住居も食事も衣服も医療も大神殿が負担し、身の回りの世話をする者も付ける。個人的な買い物のためには、身支度費として月に金貨三枚も支給しているという。


「俗世の金銭に煩わされることなく、使命に専念していただく。その生活を神殿がお支えしているのです」

「なるほど! いやあ、私が間違ってました!」


ミダスがぱん、と両手を打ち鳴らした。シャーロットが嫌な予感を覚えたように眉を寄せる横で、本人は晴れやかな顔で黒板の紙を外し始める。

「雇ってないんですね? それなら給料を払えなんて言えませんよ! 家賃なし、食費なし、服まで出る。素晴らしい! セシリア様、帰りましょう。アライ嬢も! 夕食に間に合いますよ!」


「先生?」

戸惑うセシリアには構わず、ミダスは帳簿を閉じて鞄へ放り込んだ。ようやく話が通じたかと、バルドーの表情からもわずかに緊張が抜ける。

「ご理解いただけたようで何よりです。では聖女様、午後の治療へお戻りください。すでに四十名ほどがお待ちですので」


鞄の留め金を閉じかけたミダスの手が止まった。

「……午後、四十人?」

「ええ。遠方から来られた患者もおります。これ以上お待たせするわけにはまいりません」


ミダスはセシリアを見て、それからバルドーへ顔を向けた。

「確認しますけど、雇ってないんですよね?」

「何度も申し上げています。聖女様には、民を癒す尊い使命があるのです」

「ああ、使命! それなら話が早い!」


帰り支度をしていたはずのミダスが、一瞬で机の中央へ戻った。ロイドへ勢いよく片手を伸ばすと、待っていたように一冊の写しが渡される。

「聖女様の就任時の誓約書です」

「さすがです、ロイド! ええと……ありましたよ。《苦しむ者に慈悲を示し、己の力の及ぶ限り救済する》。美しい! 実に美しい!」


ミダスは大げさに感動したあと、紙へ顔を近づけた。

「で、朝六時から働けはどこです? 一日五十人治せは? 夜中に呼ばれたら起きろ、去年の休みは十一日で十分だ……見当たりませんねえ」

「そのような細かな予定まで誓約書に記すものではありません。患者の受付や治療の予定を整えるのは神殿の役目です。聖女様には治療へ専念していただくため、我々が管理しております」


「ほうほう! 何時から始めるかも、何人診るかも、夜に呼ぶかも、休ませる日も神殿が決める。しかし雇ってはいない!」

ミダスは何度も頷きながら部屋の中を歩き回り、最後にはセシリアの椅子の横まで回り込んだ。

「いやあ、至れり尽くせりですねえ。ご本人が自分の予定を一つも決めなくていい!」


「我々は聖女様をお守りしているのです」

「では今日は、一つくらいご本人に決めてもらいましょう!」


ミダスがくるりとセシリアへ向き直った。

「セシリア様。午後の四十人、診たいですか?」

「患者様が待っていらっしゃいますし、遠くから来られた方もいると聞いておりますので……」

「ええ、それは大神官様から聞きました。で、セシリア様は?」


セシリアは口を閉じ、困ったようにバルドーへ視線を向けた。すぐにバルドーが口を開こうとしたが、ミダスは両腕を広げて遮る。

「大神官様、今はそちらに聞いてません! 五年間ずっとお守りしてきたんでしょう? 一回答えるくらい、ご本人に任せましょうよ!」


しばらく迷った末、セシリアは膝の上で握っていた手に力を込めた。

「……今日は、休みたいです」

「聖女様。しかし、本日を待っていた患者たちが」

「ほら出た!」


ミダスが即座にバルドーを指した。

「今ですよ! たった今、この方が『休みたい』って言ったんですよ! そこへ一秒で患者を載せる! それを五年続けたら、そりゃ休み十一日にもなりますよ!」

「患者を見捨てろと申すのですか」

「神殿で何とかしてください! 雇ってないんでしょう!?」


そのままミダスは新しい紙を机へ広げた。

「今日は休み! それから明日以降の条件も決める! 五年間ずっと神殿だけで決めてきたんです。今日くらい本人も混ぜましょう!」


◇


「先代の聖女様にも俸給はなかった。ここは間違いありませんね?」

「ええ。歴代すべて同じです」


ミダスが「では先代も毎日五十人?」と尋ねると、バルドーは答えなかった。代わりにロイドが古い記録を開き、先代聖女の晩年十年間では一日平均七名ほどだったこと、当時は街道が整っておらず、地方から大神殿へ来られる患者自体が少なかったことを説明する。


「七人が五十人! 仕事は七倍、制度はそのまま! いやあ、伝統というのは頑丈ですねえ!」

「奇跡を求める者が増えたことは、神の御威光が広まった証です」

「今月二回倒れてなければ、私も一緒に拍手したんですがね!」


ミダスは勢いよくペンを取り、セシリアへ向き直った。

「一日何人くらいなら無理なく診られます?」

「重症の方ばかりでなければ、三十人ほどなら。夜に治療があった翌日は、もう少し少ない方が助かります」

「では三十人! 休みは?」

「週に二日ほど、いただければ……」


言いながらまたバルドーを見たセシリアに、ミダスは「ああもう!」と頭を抱えた。

「自分の休みですよ! 大神官様の顔を見ても曜日は決まりません! 週二日! 夜間治療の翌日は人数を減らす! 具合が悪ければ本人の判断で中止! はい、これで!」


「聖女様の使命を、そのような数字で縛るおつもりですか」

「数字を決めなかった結果が五十人なんでしょうが! 次!」


ミダスが次の項目へ進もうとしたところで、セシリアが小さく呼び止めた。

「先生。私はやはり、お金をいただくために治療をしているわけではありません。神殿には住む場所も食事も用意していただいていますし、今までそれで困ったこともありませんでした」

「だから寄付すればいいんですよ! 孤児院でも、貧しい患者でも、好きなところへ」

「でしたら、最初からいただかなくても同じではありませんか?」


ミダスの手が止まった。


騒がしく動き続けていた男が、そこで初めて椅子へ座り直した。ペンも置き、セシリアの顔をまっすぐ見る。


「……本当に要らないなら、受け取った日に全部寄付すればいいんです」


セシリアは黙って聞いていた。


「私は止めません。あなたのお金ですから。でも、一度も手にしていないものを『私は要りません』と言うのは、少し違うでしょう」


ミダスの口調から、いつもの大袈裟さが消えていた。


「今までのゼロは、あなたが決めたんですか?」


セシリアは答えなかった。


「神殿が決めたんでしょう」


それだけ言うと、ミダスはしばらく待った。


やがてセシリアが、ゆっくり頷いた。

「……はい」


「なら、一度受け取ってください。要らないなら、そのあと自分でゼロにすればいい」


ミダスも一度だけ頷いた。


次の瞬間、勢いよく立ち上がった。

「よし! 本人の了承が取れました! 遠慮なく金の話をしましょう! ロイド、帳簿! 五年分まとめていきますよ!」


シャーロットが額を押さえた。

「切り替えが早すぎませんか」

「話がまとまったのに湿っぽくしてどうするんです!」


ロイドが奉納金の帳簿と治療記録を机へ並べる。

「確認できた奉納金は五年間で金貨九千八百六十四枚です。古い帳簿には一部欠落があります」

「治療件数を王都の治癒院の最低料金で計算! 夜間分を追加! 神殿が負担した住居、食事、衣服は差し引く! こちらもかなり譲って、過去五年間の和解金は金貨二千八百枚!」


「二千八百枚ですと!?」

「嫌なら一件ずつ計算します? 五年分!」


ミダスが分厚い帳簿を持ち上げると、バルドーはその厚さを見て口を閉じた。

「そして今後! 聖女様ご本人へ、毎年金貨六百枚! 治療一回いくらなんて話じゃありませんよ。聖女として務めるご本人へ支給する金です。俸給という名前が嫌なら、《聖女歳費》でも何でもお好きに!」


「聖女様に多額の金銭を与えれば、奇跡を富を得るための手段だと考える者が現れます。歴代の聖女様が守ってきた清廉さまで損なわれかねません」

「なるほど! それはいけない! 神に仕える尊い御方が大金を受け取っていたら、民が幻滅するかもしれない!」


ミダスが大袈裟に頭を抱えたところで、横からロイドに小さな紙を渡された。

「先生。確認を頼まれていた件です」

「何です?」


紙へ目を落としたミダスの表情が止まった。

「……大神官様。年俸、金貨千五百枚なんですか?」

バルドーの顔が固まる。

「私の俸給は大神殿を統括する職務に対して支払われる、正当なものです」


「もらってるじゃないですか!!」


ミダスの声が応接室を揺らした。

「しかも千五百! こっちは六百で遠慮してたのに! ロイド、もっと早く言いなさいよ!」

「調査に時間がかかりまして」

「仕方ない! では訂正!」


契約書の《六百》へ豪快に線を引き、その下へ《八百》と書き込む。

「増えましたよ!」

「なぜ増えるのです!」

「今、神に仕える方の相場が分かったので! 大神官様が千五百、聖女様がゼロ。いやあ、ずいぶん清廉さに差がありましたねえ!」


「私と聖女様では役割がまるで違います!」

「もちろん違いますよ! 片方は神殿を統括し、片方は一日最大五十人治して今月二回倒れてる! だから八百で我慢してるんじゃないですか!」


ミダスは相手の反論を待たず、契約書をくるりと回した。

「過去五年分、二千八百枚。今後は聖女歳費として年八百枚、本人へ直接支給。使い道に神殿は口を出さない。一日三十人まで、週二日休み。夜間治療の翌日は人数を減らす。体調が悪ければ本人の判断で休む。以上!」


「すぐに決められる内容ではありません」

「いいですよ! では一件目から計算しましょう!」


ミダスは笑顔で五年分の帳簿を開き、計算用紙を引き寄せた。

「私、こういうの大好きなんですよ! ロイド、夕食は遅くなると伝えてください。五年間ですからねえ、今夜で終わるかなあ!」

バルドーは開かれた帳簿と、嬉々としてペンを構えるミダスを見比べ、しばらくして深く息を吐いた。

「……その条件を基に、神殿側で正式に協議します」

「最初からそう言ってくださいよ!」


◇


その日の午後、大神殿の入口には《聖女セシリア様 本日休養》と書かれた札が下がった。過去五年間については金貨二千八百枚、今後は年八百枚を本人へ支給し、治療人数や休日についても正式な契約を結ぶ方向で話を進めることになった。


帰りの馬車で、セシリアはまだ現実味がないという顔で窓の外を眺めていた。

「毎年金貨八百枚もいただいて、何に使えばよいのでしょう」

「好きにしてください。貯めるなり寄付するなり。ただし一つくらい、自分のものを買いなさい」


セシリアはしばらく真剣に考えた。

「では、新しい靴が欲しいです。今のものは少し底が薄くなっていて」

「八百枚もらって最初が靴!? もっとありませんか! 宝石とか馬車とか、そういう夢のあるものが!」


シャーロットが吹き出し、セシリアもつられて笑った。ミダスだけが納得いかない顔で腕を組んでいたが、ふと何かを思い出したように手を打つ。


「そうだ、セシリア様。過去分二千八百枚と、今後の歳費八百枚ですが、私の成功報酬についてまだお話してませんでしたね!」

セシリアの笑顔が止まり、シャーロットが額を押さえた。

「先生。今の流れでそれを言いますか」

「今だから言うんですよ! 仕事です!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
神官へのざまぁ追加希望
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。