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京女の公爵令嬢×元・浪速のトップ嬢。アップデートは薫り高きビジネスマナー(EQ)と共に  作者: 高瀬 八鳳


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9/22

ホテル試泊:前世のトラウマと共に味わう大浴場の温かさ

 今日はホテルの試泊の日だ。ドットと共に、やって来た。なぜか、サイファから派遣されたらしいブルーノもついてくる。


 アイリーンの婚約者のヒューイットとはじめて、がっつりと会話できるので楽しみにしていた。


「マリアンヌ様、ようこそ。いつもアイリーンがお世話になっています」


 毒気のない笑顔で挨拶するヒューイットを、即座に脳内で採点する。脳内に、即座にグラフが立ち上がった。


(感じの良さ8点、笑顔8点、声のトーンや大きさ8点、敬語7点、立居ふるまい7点、清潔感8点。第一印象は悪くないやん。まあ、本格的な査定はこれからやけどな)



 まずは、館内を案内される。広々とした開放的なロビー、カジュアルだがオシャレなレストラン、木の温もりのある平民フロア、高級ファブリックと家具でシックに設えられた貴族フロア。


 そして、目玉の岩と石を多用した大浴場。有料で、一日三組限定、時間を区切っての貸切大浴場。かなり満足度は高くなると思う。


 ホテルの設備はなかなか素晴らしいのだが、説明の最中に、ヒューイットがアイリーンの頭を撫で、その都度嬉しそうにデレるアイリーンの様子に、若干引く。仲がいいのはよくわかった。


 アイリーンと打ち合わせした内容を書面に起こし、あらためてビジネスライクに伝えていく。ここでは、ビジネスパーソンとして話しているので、令嬢の仮面は外して臨んだ。


「では、スタッフ全員へのマナーレッスン代、オリジナル講座内容の組立とテキスト作成、実技練習ロールプレイング、採点、最終テストを含めた総額がこちら。初回限定の特別価格ですわ。アイリーンからお聞きかと思いますが、こちらは私の宣伝を兼ねた試みです。必ず成果を出し、引き合いがくるようにするつもりです。全身全霊をかけて、本気で臨みますので、宜しくお願いいたします」


「は、はい……こちらこそ、よろしくお願いします……」


 私の容赦ない理論武装と商売人根性を実際に目の前にして、ヒューイットが驚いた顔をしているのが興味深い。確かに、実直で、素朴な人柄なのかも。これが演技だとしたら、たいした詐欺師よね。


 そんな事を思いながら、話を進めていく。

 ヒューイットにもOKをもらえたので、契約書を渡した。一応、親父さんに説明してから、サインをもらい、正式に契約完了の予定だ。


 ヒューイットが事務所に戻ると、私は思わずアイリーンに小声で言った。


「ちょっと、アイリーン、あんなデレデレで大丈夫? 男で失敗せんといてや!」

「誰にものいうてんねん、姐さん。うちは散々夜の世界で色恋のいざこざをいやっちゅうほど見てきた夜の蝶やで。ビジネスに男はもちこまへん。……そやけど、ヒューイットはほんまええやつなんよ」


 と嬉しそうに乙女の微笑みを浮かべるアイリーン。


(アイリーンの事は信用していいと思うけど、ヒューイットに関してはまだまだ要観察ね。もし、アイリーンが過度に公私混同するようなことがあれば、色々考えないといけないわ。そうならない事を願うけど)


 なんてことを考えながら、再び大浴場に二人で戻ってきた。

 本日最大のイベント、大浴場の貸し切り利用だ。

 入口の扉を内側から閂を閉める。表にはドットとブルーノが見張ってくれているので安心だ。

 

 さっそく、服を脱ぎ、体を洗ってから、浴槽に飛び込んだ。

 (サービスシーンではないので、ご了承ください)


「はあ、極楽極楽。こっちの世界でまた大きなお風呂にはいれるなんて。ほんまに、お風呂は至福のひと時やわあ」


「ほんまにそやなあ、姐さん。あったかいお風呂と清潔な布団は、どっちも勝負つかんくらい最高や!」


「ふう。こうしてると、昔の苦労も今の悩みも、なんやどうでもようなってくるわ。……アイリーン……」


「ん、なに、姐さん?」


「あんたは、昔も今も、がんばりやさんの素敵な女性や。あんたと一緒に事業ができてめっちゃ嬉しいわ。ほんまにおおきに」


「もう、やめてえや、姐さん。泣いてまうやん。うちを喜ばしても何も出てこおへんで」


「おべんちゃらじゃなく、本当に感謝してるねん。覚えてる? あんたが昔言った言葉『金持ちも貧乏人も、裸になったら同じ、ただの人間っていう生き物や』。あの言葉に救われてきた。お偉いさんに色々言われるたび、そのブランドの服脱いだら、あんたも私も一緒やんか、って思いながら何度も耐えたわ」


 話していると、前世の苦しかった情景が脳裏に浮かんできた。


(そうや、あの頃……本当に苦しかった……)



***


 実家で父に女に学問は不要だと怒鳴られ、兄達に嘲笑された場面。


「女に学などいらんとなんべん言わせんねん! お前みたいな奴が、一人で何ができるんな? 夢ばっかりみてんと、旅館の仕事をしっかり手伝わんか!」


 京都の家を飛び出し、東京へと向かった。


 必死で勉強して資格をとり、キャリアを築くためにがんばっていた自分。 


「ここではこれが常識よ。あなた、どこの僻地からきた?」


 学歴で馬鹿にされ、女性の癖にとあからさまに嘲笑する中年男性サラリーマンに頭を下げ、唇を噛んだ。


「会場の予約がされていない?そんな……!メールでのやり取りをみれば」


「メールでは途中経過は残っているが、最終のOKは文面にはないよ。口頭で伝えたからね」


(……わざと? ハメられたん? あえて証拠が残らんように口で返事をした……。私も嬉しさのあまり、文章で返事くださいと言ってなかった。アホやった。でも、会場がないとせっかく講座の予約をしてくれたクライアントさんが……)


「お願いします!どうしても、おかりしたいです」


「部長、ここまで言ってるのですから、何としてやりましょうよ」


ニヤニヤと笑う若い男性社員。


「そうだな、だがまずは誠意を見せてもらわないと」


「誠意?」


「まあ、土下座して謝れば、私の権限で今から会場を押さえてやってもいい」


(何が誠意や!うちは何は一つ間違った事はしてへん。謝るのはそっちの方やろ!……でも)


 唇を噛み締め、震えながら、土下座した。


「……お願いします。どうか、予約していた日時に会場を使わせてください」


「最初から、そうしおらしくしていればワシラももっと協力的に動けたんだよ。女性は可愛げがないとダメだよ」


 鉄の味を噛み締めながら、私は誓った。


 力をつけてやる!絶対に舐められない地位に上り詰めてやる!!



 そして、さりげなく助けてくれた清掃のおばさんや女性の先輩達の姿。


 トイレで泣いている所に声をかけてくれた。


「あなた、とても頑張っているのだもの。今にきっと、花が咲くわ。もう少しのしんぼうよ」


 最終的には、仲間と認めてくれたクライアントの方々。


「あなたの実力は確かだ。そこに性別は関係ない。これからも宜しくお願いします」



***


(あの苦しい思いをしたからこそ、今のうちがいる。辛かったけれど、何よりの人生勉強をさせてもらったと、今は思えるようになったなあ)


 しみじみと過去を思い返すと、アイリーンもしんみりしたトーンで話し出した。


「……そっか。姉さんも色々あったんやな。今、うちらここで、こうして生きていられて、有難いことや。前にもちょっと話したけど、うちは家族の為に、高校を卒業してキャバ嬢になった。訳も分からんまま一生懸命に売上上げようとしたけど、空回りや。どうしてええかわからん時に、たまたま姐さんの講座案内のSNSをみて、東京へ行ったんや。目から鱗のことばっかりやった」



***


 アイリーンは、前世のキャバ嬢時代の自分を思い出した。両親から商売で不渡りを出したと泣きながら告白された場面。自分が働くから大丈夫だと弟に話す自分。

「うちは、これでもべっぴんで有名なんやで。きっと売れっ子になってがっぽり稼げるって! あんたらは心配せんと、学校行って勉強しとったらええねんえ」


 慣れない化粧、アルコールをグラスにうまく注げない自分。お店でセクハラの客に対峙したり、お金を払わない客への督促の戦い、同性の先輩からのやっかみ。


 自身の恋愛では何度も彼氏に裏切られて涙を流した。


「なんで……? 結婚しようって言ってたやんか……」

「アホか、キャバ嬢のくせに、そんなん本気にしとったんか? お前と結婚なんかする訳ないやんけ」


 今度こそ、この人こそ、運命の人や思うたのに……。なんで、なんでうちばっかり、こんな目にあわなあかんのや……。うちは、ただ好きな人と一緒になりたいだけやのに……。


 痛みを抱えながらも、働き続けるうちに、味方も増えていった。


 良き太客とのなごやかな会話や仲良くなった同僚・後輩達との助け合いや指導の情景。


 そして、トップを取るために勉強したマナー知識の、白川先生の熱い指導の言葉。

「マナー知識は、生き残る為の武器になるのよ! このビジネスという戦場を、一緒に戦っていきましょう!」



***


「……人間のいやなとこもいっぱい見たけど、うち、キャバ嬢でトップはれたお陰で学んだ事もよおけある。姐さんの教えてくれたマナーとEQのお陰や。ほんまにおおきに。ヒューイットと出会って、今度こそ平凡で幸せな生活をおくれると思うねん。家族をつくる。それがうちの、ささやかな願いやから」

 

 照れくさそうに本音を告げるアイリーン。


「なんの因果か、また二人が揃って一緒におもしろい事ができる。運命に感謝ね」


 この先、どうなるかは誰にもわからない。でも、アイリーンには幸せになってほしい。

 もし、万が一、アイリーンを裏切るような事があれば……。私が彼を血祭りにあげればいいだけの事よね。


「そういえば、姐さん、あれから何か記憶戻った?」


「ううん、新しい情報はなんにも……」


「うち、昨日夢でその本読んでるところをみたんやけど、なんか怖いシーンがでてきてん」


「……どういうこと?」


「なんか……姐さんとこの公爵家が断罪される、みたいな」


「詳しく教えて!」


「ごめんな、気い悪いやろけど。横領とか王家への忠誠がどうとか、偉そうなおっさんがドヤ顔で言うとった。姐さんら家族の横には、ララネちゃん達の家族もいて、みんな縄でしばらてて。……万が一、強制力みたいなもんがほんまにあるなら、対策とっとかなあかん思て」


「……そうね、ありがとう。私が、リーシェント公爵家が、王家に忠誠を誓い、国の役に立つという事をイヤになるほど知らしめたらなあかん、そういう事ね」


 アイリーンの言葉をきっかけに、まだ知らない未来の記憶が少しずつよみがえってくる。


(やっぱり、あの記憶は物語で起こるべき事象なのね。本気で対策をっていかないと、もしかするとララネ嬢や私達家族の命の危険も……。いやいや、そんなん、いやや! おっさん達、いえ、勝手に決められた運命に、いい様に扱われるのはごめんやわ! かえてやる。自分の人生は、自分で選ぶわ。私は、絶対に生き抜いてやる! それにしても……横領って、どんな形で疑いがやってくるのかしら。冤罪、それとも内部から……?)


 しばらく、無言で湯につかる二人。

 風呂から湯気が立ちのぼる。


「……戦士の休息時間やな」


「そやなあ、お風呂からあがったら、このプロジェクトはしばらくノンストップで走り出すなあ」


「このホテルをなんとしても、成功させたる。姐さんにはマナーだけでなく、旅館の娘として現場経験があるやん。それててほんまに心強い。マリアンヌ姐さん、あらためてよろしゅう頼んます」


「任せといて。こちらこそ、よろしゅうお頼申します」


「おかんにつくらせるお好み焼きもどきを、レストランではやらせようと思うねんけど、どう思う?」


「お好み焼き、ええやん、今すぐ食べたい! ああ、ソースの匂いがしてきたわ。みたらしだんごも、ずっと夢にみてんねん。ね、和菓子の再現は無理? おもたせ(お土産)とかにいいと思うんだけど」


「それ、いただき。予約制の限定品にして、特別感だしたらバカ売れするな。ちょっと試作品つくってみるわ!」


「ちょっと、あんたの虎ちゃんが、のぼせてぐにゃってるけど、大丈夫?」


「いや、姐さんのお狐様こそ、見た事ない位赤なってはるで! 白狐やのうて、温泉地の日本猿みたいな真っ赤な顔や」

 

 互いに、後ろを見ながら、私達は笑い合った。

 白い湯気がもくもくと目の前を漂う。


 私は心のはしに居座る不安を洗い流そうと、ドブンと頭を湯の中につけて潜った。

 温かい感覚が全身を包む。 


 そう、ホテルのオープンは、もう目の前だ。

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