アップデート淑女の会の拡大と家庭内教育
予想していた事だけれど、私が具体的に淑女の会を事業として拡大していこうと動くと、まず保守的な両親、そして次期公爵の兄が邪魔をしてきた。
「リーシェント公爵家の令嬢が、自ら事業を手がけるなどととんでもない。恥さらしな!何を考えているのだ?」
「マリアンヌ、今まで模範的な令嬢としてやってきたあなたが、いったいどうしてしまったの?」
「お前は余計なことをせず、卒業して第二王子妃になる事だけ考えていればいいんだよ。リーシェント家を継ぐのは私なのだ。余計なことはするなよ」
食事の席で日々繰り返される会話。
「事業と言っても、マナー等を教える会員制の勉強会です。学業の邪魔になりませんし、家門を貶める心配もございません。また、さほど参考投資が必要なものではないので、私に割り当てられた予算内でやりくりできます。全く問題ございませんわ」
「そういう事を言っているのではない。女が事業の真似事をするだけで、周りから何と思われることか!」
とりあえず、無視しても問題はないが、何度もしつこく言われるといい加減いらっとしてきた。部屋でイチゴジャムとスコーンをヤケ食いしていると、ドットが呟いた。
「こういう時は権力者の力を有効活用されてもいいのでは?」
「サイファ殿下の事? うーん、なるべく彼の力はかりたくないんだけど。でもまあ、表面上、穏便に事を済ませるには、やっぱりそれが最善の手かしらね」
サイファ様とは友好的な関係を築けていると思うし、無口ではあるが、私からの誘いを断られた事は一度もない。
(そういえば、学園パーティー依頼、2週間ほど、お会いしてないわね。ご機嫌伺いに行って、ついでに事業の後押しをしてもらいましょか。王子公認の事業になれば、うるさい家族も黙らはるやろし。よろしおす、家庭内教育の時間どすなあ)
善は急げと、翌日の学園のランチ時間に、サイファ様の個人部屋を訪ねた。
「何か用かな? 私の事はもう忘れられたかと思ったよ」
はじめてみる刺々しいオーラに、マンガみたいに目のなかが?になった。後ろに控えているいつもの赤毛君も、心なしか挙動不審だ。
(まあ、お顔が美しいと、不機嫌な表情も絵になりますなあ)
などと考えながら、とりあえず気づかないふりをして言葉を続ける。
「まあ、そんなご冗談を。わたくしにとって、サイファ殿下は大切な婚約者ではないですか。いつも殿下はわたくしの心の中にいらっしゃいますわ」
ペラペラと心にもないセリフを口にしたが、驚いたことにサイファはまんざらでもないらしい。少し空気が、柔らかくなった。すかさず、アップデート淑女の会の後援をお願いする。
「最近のマリアンヌは、私より友人との時間が大切なようだね。令嬢達との勉強会や、平民学生の仕事にアドバイスをしたり。それなのに、その事業の後援を、私がするとでも?」
若干、すねている様子の第二王子を意外に思う。
二人でお茶をしていても、ほとんど話さないから、会わなくても気にしないかと思っていた。
(婚約者にほっておかれると、やっぱり体裁がようないんやろな)
「家族を説得もらった後に、街へ二人で視察に行きませんか? ちょうどこの週末は、春の花祭りが開催されているようです」
と誘ってみた。
サイファの表情がパッと明るくなるのがわかった。
「二人で……花祭り……。うむ、いいだろう。服装は、どうする? 平民用の服に、変装していくか?」
「そ、そうですわね。……殿下がその方がよろしければ」
「いや、まずはリーシェント公爵に挨拶せねばならない。その後、着替えるとなると時間がかかるな。うん、今回はそれぞれ動きやすい服装を心がけよう」
「え、ええ。かしこまりました」
「ブルーノ、今週末の予定はそのように調整してくれ」
「……かしこまりました」
意外にノリノリで、ちょっとこちらが戸惑うほどだ。
(サイファ様って、思ってたよりなんかチョロい? でも、王子としての仕事はけっこうサクサクこなしているし、学園の成績もいい。王太子の懐刀とか言われてるんだから、そんなに単純な人じゃないと思うんやけど……)
少し気にはなったが、とにかく協力してもらえるなら、大歓迎だ。
約束通り、週末に彼は我が公爵家へやってきた。
貴賓室でお出迎えする。
「第二王子殿下、ようこそリーシェント家へお越しくださいました」
「サイファ殿下、お元気そうでなによりでございます」
両親も兄も、尻尾をふってサイファを見つめている。
(いやあ、えろう気色悪いわあ。なんなん、あの媚びた眼差しは。あかんなあ、いくら家臣とは言え人としての尊厳は保たな軽くみられてしまうのに)
と、サイファがいきなりぶっこんできた。
「今日は、このことが言いたくて来たのだ。マリアンヌがやろうとしている事は、国力のアップにつながる話だ。そして、この事業はこれからの新しい女性像の象徴となる、それほど大切な事だ。マリアンヌほど賢く美しく気高い女性はいないよ。公爵、ぜひ彼女のやりたいようにやらせてほしい。私は常に彼女の味方でいたいんだ。頼むよ」
無口な彼が、とうとうと父公爵に話す姿は、感動的でさえあった。
王子にそこまで言われると、表立って反対できなくなった家族達はただ諾というしかない。
というか、予想外のサイファの私への肩入れに、唖然としているのが見ていて面白い。まあ、驚いてるのは、私も一緒なんだけど。
「話は以上だ。では、行こうかマリアンヌ」
「はい、ありがとうございます」
私達はさっそく立ち上がり、出かける準備をする。
サイファに聞こえないように父公爵が文句を言ってきた。
「第二王子に頼るなんぞ、ずるい方法を使いよって。卑怯者め」
「お父様、私の行動は、この公爵家をよりよくするためのもの。これまでの伝統を壊すつもりはございませんのでご安心を。そして、わたくしは、サイファ様に頼ったのではありませんわ。使える手札が側にあったから使った、ただそれだけですの」
と、小声で答える。
「それに、わたくしは第二王子の婚約者として務めております。これだけサイファ様に大切にされている娘を、もっと誇りに思ってくださらないと。わたくしは、リーシェント公爵家に重々、貢献しておりますわよ。どこかの誰かさんより」
そういうと、兄は眉をぴくつかせ、口をへの字にして、そっぽをむいた。
父も母も、さすがに黙って何も言わない。
「とにかく、わたくしはこの家が大好きですから、これからも尽力いたしますわ。では失礼。サイファ様のお誘いで、街に視察にまいりますの。ホホホ…...」
口では友好的な感じでにこやかに接するが、内心は勿論別だ。
(なーんてね。父と兄をぎゃふんと言わせるのって気分ええわあ。それにこういうルールって、一度慣例さえできれば、その後はガードがゆるくなるもの。女性の社会進出がしやすくなれば、有能な人材を確保しやすくなる。国にとって良い事じゃない? これで、リーシェント公爵家の断罪ルートから少し遠かったんちゃうやろか。サイファ様のお手柄ね。約束通り、デートして差し上げましょう。下級貴族や裕福な平民の人達の現状をチェックできれば一石二鳥だし)
サイファにエスコートされながら、なんとも言えない表情の家族を後にした。
城下街の広場では、季節の色とりどりの鉢植えの花々が、美しく咲き誇っていた。果物を絞ったジュースや、チーズがのったパン、串にさした肉なども屋台で販売されている。
平民だけでなく、下級貴族の人々もたくさんいるので、私達もさほど目立つことなく歩けている。勿論、赤毛君とドットの他、3名程が近くについてきているけれど。
「何か食べるか?」
「よろしいのですか?」
「ブルーノに先に毒見をさせるので問題ない」
「では、殿下のおすすめをお願いします」
「私の?」
「はい、選んでいただければ嬉しゅうございます」
「……わかった。少し待っていろ」
人ごみをかき分けて、屋台へむかうサイファの背中をみながら、なんとも言えない気持ちが沸いてきた。
(……さっきは本当に気分爽快だった。実は、幼少期から完璧な令嬢として教育されてきた私は、ほとんど口答えや反抗することはなかった。寂しさや、弱音を吐くことが許されなかった環境だった。ある意味、はじめて自分のわがままを家族に言うたんよね。そして、サイファ様は私の味方になってくれた……)
イチゴジュースとマーマレードが塗ったパンを持って、サイファが戻ってきた。
「あちらに、ベンチがある。座って食べよう」
サイファを横目に見ながら、嬉しいような、照れくさいような、妙な感覚に戸惑う。
(頼りがいがある仲間がいるって、やっぱり嬉しいもんね。あかんあかん、うっかりほだされて、私まで恋愛脳に占拠されたら大変やわ。サイファ様は第二王子。国の意向で、私達の婚約だってどうなるかわからない。……断罪の可能性も、まだ残っているし……。彼とは、ちょうどいい距離の、仕事仲間でいなあかんな。うん、そうしよ。深呼吸して、思考を仕切り直しや)
二人で座って、食べながら、花と人々の楽しそうな様子を眺める。
「サイファ様」
「なんだ?」
しばらく無言で、サイファを見つめる。彼も見つめ返してくる。
「……どうした?」
「サイファ様は、わたくしのなかで、優良BPに格上げされましたわ」
「優良ビー……?」
「フフフッ、頼もしい方という意味です。今日は父と話をして下さってありがとうございました。今後ともよろしくお願い申し上げますわ」
仮面でない、素直な笑みを見せると、彼は耳を赤くした。
「……君は私の婚約者だ。当然のことをしたまで」
「フフッ、そして、このジュースも美味しいです」
「……そうか」
狐様のふさふさの尻尾がなぜかブンブンと目の前までふられて、ちょっと視界が狭まったけど。なんでやろう?
とにかく、こうしてサイファの権力を虎の威を借る狐的に利用して、私は事業を前進させた。
一方、従者同士の会話では……。
「本当に、お二人でお出かけしてもらえて助かったよ。本当に学園パーティーの後は、令嬢達への嫉妬心で、マジ気持ち悪い人になってたからさ」
「そろそろ、殿下も腹をくくって、お嬢様に御心をアピールされてはどうですか?」
「それができるなら苦労しないって。ハア、なんでオレがこんな思いを……バカバカしい……」
「なるほど、そうですか。では当分、この状況が続きそうですね」
二人はヒソヒソと周りに聞こえないように、情報交換するのであった。
***
そして、アップデート淑女の会、第一回記念講演が開催された。
まずは、公爵家の来客の間を借りて、初期メンバー10名が参加。
ララネやお茶会に参加された令嬢達が友人を誘ってきてくれた。
「まず最初に皆様にお伝えしたい事は、皆様方おひとりお一人が、とても大切な存在だということを、ご自身に叩き込んでほしいという事です。自分を大切にあつかい、不当な扱いにノーと言う勇気を持つこと。もしくは、ノーを言う権利があるんだ、と思うだけでもいい。思うだけで、小さな一歩になります。悩んだり、迷ったりしたときは思い出してください。幸運ーなことに、あなたにはわたくしたち仲間がついていることを」
熱をいれて話した甲斐があり、ララネ達、第一期生は、すっかり私の虜になってくれた。
特にララネは、アップデート淑女の会会長、そして謎のマリアンヌ親衛隊なる団体の隊長を兼任し、嬉しい太客、優良クライアント(アイリーン曰く『マリアンヌ単推し、淑女の会の箱推し』)となり、「マリアンヌ様が尊い……」とトップオタクみたいになっているらしい。
おおきに、おおきに!
そんなララネ達の勧誘活動のお陰で、アップデート淑女の会は、安定したサブスクとして拡大していく。
月の一度の勉強会と、月に二回届けられる自主勉強用の新聞。
そのわかりやすい教えは話題となり、若い女性だけでなく、既婚女性へと広がっていく。
あっという間に時は過ぎた。記憶が戻ってから、三ヶ月が過ぎようとしていた。
「明日は、いよいよ、ホテルの試泊なのね。やっとアイリーンの婚約者にも会える。ほんまにええ男かどうか、よおよお、重箱の隅を楊枝でほじくる程、しっかりみせてもらいまひょか」




