ホテル始動。マナーレッスンは誰の為のもの?
今日は、この世界での記念すべき日だ。
プレオープンをひと月後にひかえた、ホテルスタッフへの集中マナー講座をスタートさせる。
まあ、正確には、平日は学園での授業があるから、毎日講座を開催する訳ではないのだけれど。
(とにかく、今日はその初日。つまり、いかに初っ端に、こちらが主導権をとるかで、スタッフのやる気に差が出る。気合入れて、カチコミかけていかんとな!……なんだか、最近アイリーンの言葉が微妙にうつってきてるような……)
私は動きやすい衣服を選び、今日の為につくったプレゼン資料と、そして折りたたみ型ホワイトボート的(木枠)をドットにもたせて馬車に乗りこむ。
「この木枠、大活躍でございますね、お嬢様」
「確かに……折りたためるから持ち運びに便利だし、木に美しい模様が入っているから見た目もいいし……。まあ、このプレゼントは有難いわ」
最近、アップデート淑女の会の勉強会でも、いつもこの木枠を活用している。みんなにも好評だし、ララネは販売してはどうか、なんて鼻息荒く言うくらいだ。
(この、サイファからの贈り物。もらった時は、正直、嬉しいのと怖い気持ちが半々ずつやったもんなぁ。いや、便利やしほんまに有難いんやけどさ……)
「ドット、あなたがサイファ様に進言したんでしょ? もう、勝手に私の事をサイファに話すのやめてちょうだい」
「お嬢様、問題ございません。お嬢様にとって有利になる情報しか渡しておりませんから」
「そういう事じゃなくって」
「最近の桃ジャムはいかがですか?」
「……とっても美味しいわ。特に、白い桃のジャムが最高に美味しい」
「それはようございました。白い方ですね。お伝えしておきます」
「もお……あなた、いったい誰のメイドなの?」
「勿論、マリアンヌお嬢様ですよ。そんな当たり前の事を今さら。12年前から、わたしの主はお嬢様ですから」
ドットが珍しく、フッと笑みをみせた。
なんだか、胸があったかくなった。なんだかんだ言って、この人には勝てんなあ。
「そうね、ドット。これからもよろしくね」
夏の気配が感じられる晴天の気持ちのいい空気を受けながら、馬車は平民街の端にあるホテルへと到着した。
このホテルに関係する人間、全てが一堂にホテルの食堂に集められた。50人あまりが席に座っている。
まずは、ヒューイットの父親である宿のオーナー・リヒトからスタッフに挨拶があった。そして息子ヒューイットが実質的に支配人として業務をみていくので、宜しく頼むと伝えた。
(ヒューイットの父親は、さすがにいぶし銀の渋い親父さんね。平民とは言え、長年宿を経営してきた実績と、この元貴族の屋敷を買い取り、新しい形態のホテルに挑戦する財力と気概がある。自身に満ちた表情、態度、そして大きく豊かな声。全てが、尊敬すべき先輩経営者だわ。合格)
そして、ヒューイットの挨拶がはじまった。
「皆さん、こんにちは。ご紹介にあずかったヒューイットです。ほとんどの人が、もう僕の事を知っていると思いますが。このホテルは僕の婚約者のアイリーンのアイデアによってここまで進めてきました。彼女はまだ学生ですが、卒業後は女将として働いてもらう予定です。このホテルは、性別も、身分も越えて、共に良いものをつくっていこうという方針で進めていく。オレ、いや僕は、アイリーンというとても頼りになる相棒がいてくれて、本当に良かったと思っています」
ここで、ヒューイットの友達らしき若いもんから、ワ―ッと冷やかしの声があがった。
照れながらも続けるヒューイット。
「勿論、皆さんとも、仲間して、助け合い、支え合っていきたいです。今までにない新しいホテルをつくる。この挑戦に参加してくれて本当にありがとうございます。どうぞ宜しくお願いします!」
スタッフには、ヒューイットの幼馴染だけでなく、老若男女問わず子ども時代からの馴染みの人達もたくさん集まってくれたらしい。
彼らは、ヒューイットが宿のボンボンである大らかさと、幼少期から親父さんの仕事を手伝ってきた実績がある事を知っている人達だ。
皆があたたかい目でヒューイットを見ている。情に厚く信用できる男だ、とみんなから頼りにされている話を聞き、私はヒューイットの評価を少しあげることにした。
そのヒューイットの隣で、嬉しそうに笑うアイリーン。促されて挨拶を行った。
「初めましての方、こんにちは。いつもお会いしている方、宜しくお願いします。アイリーンです。このホテルをみんなでがんばって成功させる為に、私はひとつ決めた事があります。それは、自然体の自分でいよう、自分の強みをいかしていこう、そう決意しました。そやから、これからはちょっと変な言葉づかいやけど、慣れてもろたら嬉しいです」
途中からかわったアイリーンの話し方に、スタッフの皆はきょとん顔。
アイリーンはヒューイットの方に顔を向ける。
彼が笑顔で頷いた。アイリーンも頷き返し、そしてハキハキとした熱の入った声で続ける。
「今まで隠してきましたが、なぜか子供の頃から、気がついたらこんな話し方してました。恥ずかしかった。自分だけ、なんでやろと何度も思った。そんなうちを、両親やヒューイット、そしてオーナーご夫妻は受け入れてくれた。めちゃめちゃ嬉しかったです」
ここで、アイリーンは、ヒューイットの親父さんの顔をみた。彼も、ニヤリと笑いながら頷いた。
(リヒトさん、めっちゃええやんか! よおできた経営者やわ。どこぞの誰かに、爪の垢煎じて飲ませてやりたいわ)
前世で出会った横暴な経営者や重役連中の顔が脳裏をよぎった。
アイリーンのはつらつとした声が響く。
「うちは、このホテルを何としても成功させたい! みんなで協力して、お客さんに喜んでもろて、そしていっぱいお金をいただく。その為に、できる限り努力していこう思てます。一緒にがんばっていきましょう! あらためて、みなさん宜しゅうお願いします!」
いつもの15度でなく、30度を通りこした、45度の完璧なお辞儀をおこなうアイリーン。
その熱が伝染して、集まったスタッフは拍手喝采。
「おう、みなでやってやろうぜ!」
「アイリーンちゃん、よろしくな」
「俺っちも変な話し方やから、一緒や一緒。問題ないっち」
既にアイリーンも多くの人と知り合いになっている為、あたたかい掛け声が次々にあがった。
(このデレデレな二人の後にこの場で話をするのはアウェイ感あるわね。でもまあ、望むところよ)
「ではここで、大切な先生をご紹介します。今回のホテルの肝になる、おもてなし接客術を教えてくださるマリアンヌ先生です。彼女はアイリーンと同じ学生さんですが、既にマナー講座などを教える事業を立ちあげたすごい方です。このホテルで働く皆さんには、このマナーを勉強していただきます」
ヒューイットに紹介されてから、私は彼らの横に並び立った。
いつものように、笑顔で完璧なカーテシーを行った。
「ご紹介に預かりましたマリアンヌでございます。この新しいホテルの新しいおもてなし方法を皆様にお伝えするためにまいりました。どうぞ宜しくお願い申し上げます」
いきなり現れた異分子の貴族に、皆の顔が困惑と面倒そうな表情にかわる。
(はいはい、想定の範囲内や。問題あらしまへん)
そこへ、後ろの席に座っていた初老の男性達がボヤキはじめた。
「マナーとか言われてもなあ……」
「馬の面倒をみるワシ達に、マナーなんか必要ねえんじゃねえか?」
「オレも掃除係だしな。そんなもんいらねえよ」
(待ってました! そうくると思ってたわ。これで、話をスムーズに進められまっせ!)
私は目をくわっと見開いて、後ろの席を見つめた。
多分、白狐様も巨大化して、人々に圧をかけていることでしょう。
男達は、私の視線に気づき、少し気まずそうに眼をそらす。
「ここからは、講師モードでまいりますね。後ろの席のみなさま、このホテルで一番大事な役職が誰だかわかりますか?」
「一番大事な役職……支配人のヒューイットさんか?」
「お貴族さんを案内する受付係か?」
「レストランの接客係じゃねえか」
おっさん達が、ボソボソと呟きだした。他のスタッフ達も、興味深そうに私達のやりとりを聞いている。
「勿論、支配人も受付も接客も大切です。でも同じように重要な人達がいる。それは……」
「それは……?」
みんなが、互いにきょろきょろと顔を見合わせ合う。
「え、誰のことだ?」
「重要な人々って……?」
私は少しためをつくってから、バシッと扇子を広げて後ろのおっさん達の方に美しく手向けた。
「その重要な人々とは、馬丁であり清掃係である、あなた方です」
「えええ?」
「はああ? 馬丁が重要? 何を馬鹿な事を……」
「ただの掃除係が……? どういう事だい?」
そんなことを言われた事も考えた事もない、馬番や清掃係の老人達が、ビックリおどろき顔をみせた。そしてその顔は、まさかという戸惑いと、嬉しさが入りまじった表情に変わっていく。
「大事な事だから、もう一度いいますよ。馬丁の型、清掃係の方、そして、ここにいる全ての方が、ホテルを代表する重要な人間であり、また、ホテルの大切な財産なのです!」
鼻息荒くはじまった、私のプレゼン。
アイリーンが苦笑しているのがみえる。ヒューイットは、やっぱりまだ少し、私に対してビビってるのが横目でみてとれる。
(フフフフフッツ……でも、本番はここからどす。魂のこもった熱いトークを堪能していただきますえ!)
今日の講座内容を練ってい時に、私は前世の旅館時代を思い出したのだ。
幼少期、和室の畳の客室で遊んでいた時に、仲居さんを引退して清掃係になった初老のスタッフが教えてくれた事を。
***
「お嬢、畳のヘリを踏んだらあかんえ」
「この緑色の濃い布のとこ? なんであかんのん?」
「ここはそのお家の家門……ええと、お顔と一緒や。このへりを踏んだら、相手さんはものごっつ嫌な気分にならはるねん。また、このヘリには空間をわける役目もあるさかい。それに、何回も踏んだらすぐにボロボロにやるやろ? 泊まらはるお客さんには、いつまでも綺麗な部屋を使って、気分よう過ごしてもらいやんか。 そやから、絶対にヘリは踏んだらあかん。お嬢、大事な事やし、覚えといてや」
「うん、わかった。おおきに。うち、ヘリは踏まんようにするわ」
***
(うちのビジネスマナーとEQスキルは、自分で勉強してきただけやない。子どもの頃から、母や仲居さん、清掃さん達から英才教育を受けてきた京都流もミックスされとる。うちのマーヴェラスではんなりした特別授業をたんと味わってや!)
「ドット、例の用意を!」
私の声がすると即座にドットが木枠を持ってきて、大きく広げた。
そこに、もってきた資料をはさみこんでいく。
即席、ホワイトボードの出来上がりだ。
今や、会場のスタッフ全員が、私が何をしでかすのかという興味の目で見つめている。
後ろからは、狐はんも尾っぽが9つになるほど、気分を高揚させてはるのがわかった。
(フフフフッ。伝説のホテルスタッフ教育のはじまりどす。面白くなってきやがった、ですわ!)
私は50人のオーディエンスと向かい合う。
授業と言う名の、プレゼンかつ真剣勝負が今、はじまった。




