14 舞台裏の風景。ティータイムは美しきヤンデレ王子と共に
バラの咲き誇る王城の美しい庭園で、高貴な方々は身内限定のお茶会中だ。
第一王子である王太子(次期国王)と王太子妃(次期王妃)が並んで座っている。その向かいには、王太子妃の父であるエヴァラード公爵、そして息子のガイウスが、イライラしたような様子で腰かけている。
「王太子殿下の呼び出しというのに、遅いですな」
エヴァラード公爵は、自身のいら立ちを隠そうともせず呟いた。
「もう来るだろう」
王太子は、そんな公爵の態度を気にもせず、バラを眺めている。
王太子妃が、父に告げた。
「お待ちかねの方のご登場ですわ」
警備の騎士達の間から、金髪碧眼の第二王子サイファがあらわれた。
国一の美貌と謳われるサイファの圧倒的なその美しさ、そして眼光の鋭さに、公爵と息子は威圧された。
「兄上、お待たせしました。いや、違った。やあ、偶然ですね。皆様お揃いで。私も仲間に混ぜていただけますか?」
偶然に会ったというていの棒読みのセリフに苦笑しながらも、弟に温かい目を向ける王太子。二人の間には、表立った軋轢は見受けられない。
「ああ、偶然だな、サイファ。座ってくれ」
「これはこれは、王太子妃殿下。この身内の場では、義姉上とお呼びしてよろしいか? そしてエヴァラード公爵、次期エヴァラード公爵殿。今日はよいお天気ですね」
「ごきげんよう、サイファ殿下」
「ごきげんよう、殿下」
サイファはメイドからティーカップを受け取る。メイド達はさっとその場を離れた。
王太子の隣に座るサイファに、エヴァラード公爵が即座に詰め寄る。
「サイファ殿下、今ちまたであなたの婚約者殿が噂になっているのをご存知か?」
「私のマリアンヌが、女性をサポートする事業をはじめたこと? それとも、平民の新しい形態の宿を助けていること?」
「は? 私のマリ……?」
一瞬、唖然とする公爵と息子。公爵は気を取り直して、サイファに話しかける。
「ど、どちらもです。令嬢が、しかも公爵令嬢であり、第二王子殿下の婚約者であるマリアンヌ嬢が、事業に手をだすなど。あり得ない! 女性は家門の内側から男性を支える。それが伝統であり幸せの形である筈です。若い令嬢をそそのかし、平民と組むなど、もってのほか!」
「苦情は私ではなく、父親のリーシェント公爵に言ってみたらどうだろう?」
面倒だなあと言うようにお茶を飲むサイファに、気後れしながらも必死に言葉をつなぎ続ける公爵の姿。
「……既に申し入れをしました。しかし、リーシェント公爵はあろうことか、娘の行動は娘に任せていると取り合わんのです。頼みの綱はあなた様のみ。サイファ殿下とて、マリアンヌ嬢の行動には、手を焼いているのではありませんか?」
媚を売るような、卑屈な笑顔のエヴァラード公爵に、サイファは目を細めた。
「ん~~、エヴァラード公爵は、私のマリアンヌが気に食わない、そう言ってるの?」
「い、いえ、その……?」
「私は最近のマリアンヌが、好きなんだ。従来の規則に囚われ過ぎる事なく自由にふるまう彼女がね。そして、その邪魔をする輩を排除するのも、また楽しいんだよ。わかっているのかな? エヴァラード公爵は今、王族の、第三継承権を持つ私の婚約者の行動を制御しようとしているんだよ。それって、私に楯突くのと同じ意味ではないのかな?」
その美しい顔と不釣り合いな程の冷たく光る瞳に、エヴァラード公爵と息子は、急に体が冷えていくのを感じた。
「い、いえ、殿下に楯突くなどと! そのようなつもりは全くございません。誤解でございます。私の言い方が不十分で申し訳ございません……」
「それならいいんだ。これでも、私は義姉上を敬愛しているんだ。義理とはいえ、その義姉上の身内に何かあると悲しいからね」
笑みをたたえているが、目は全く笑っていないサイファの視線に耐えながら、しかしなおエヴァラード公爵は訴えようと試みる。
「し、しかし、その、女性が好き勝手することを許せば、社会がおかしくなります。この国の平和は……」
「エヴァラード公爵」
サイファが少し低い声で、公爵を止めた。
「私はただ、手放しにマリアンヌを褒めているわけではないんだ。諸外国の動き、女王制度の国や商売人の台頭を鑑みれば、彼女のやろうとしている事は国益になると感じてもいるのだ。そのあたりを、皆もう少し考えた方がいい。女性が、男性がと、狭い思考でいると、戦局を見誤ることになるよ。兄上を補佐する者として、私は大局をみようとする人間でありたいからね。エヴァラード公爵。あなたなら、私の言っている事が理解できると信じるよ」
そう言って、ニッと笑うサイファの顔は、獲物を追い詰める蛇の様であった。
エヴァラード公爵と息子は、それ以上何も言えず、ただ顔を伏せる。
王太子と王太子妃は、澄ました顔で、優雅にお茶を飲むのであった。
「どうも、お邪魔したね。皆様はごゆっくりどうぞ。そうそう、私が通う学園で、何やらおかしな動きをしている者がいたので、指導しておいたよ。ああ、これはひとり言だった」
席を立つサイファの後ろ姿を、恐ろし気に見つめるエヴァラード公爵と息子。
「い、今のは……いったい?」
王太子妃がにこやかに父に告げる。
「私の口から伝えるより、実際に会ってもらった方が早いと考えたの。彼のマリアンヌ様への執着度合いは、それはもうすごいのよ」
優しい微笑みを浮かべながら、王太子もその後に加える。
「我が弟ながら、あれはマリアンヌ嬢以外には手に余る男だ。手綱を握れるのは彼女のみ。触らぬ神に祟りなしさ。それに、ああ見えて意外と国を思う有能な臣下でもあるのだ。安心して背中を任せられる数少ない人間だよ」
「し、しかし……」
「それにね、お父様。わたくしはマリアンヌ様の行動は、個人的に応援しているのよ」
「な、なんだと?」
王太子妃は、父の隣の自分の弟にスッと冷たい目を向ける。
「ガイウス、学園時代の成績は、あなたと私とどちらが優秀だったか覚えている?」
「何をいったい……。それは、姉上です」
「財務や管理知識はどう?」
「……姉上です」
「歴史は?」
「……全て、全て、姉上の方が上でしたよ!」
答えたくない問い。しかし、姉でありながら王太子妃という身分に屈し、次期公爵ガイウスは苦々しく答えた。
「聞きまして、お父様? 性別以外で、私が跡取りとして不足だったものは何ひとつないのですわ。わたくしの努力も知識、経験も、女だから、ただそれだけで道を閉ざされた。その悔しさはわたくしにも、嫌と言うほどわかりますもの」
何も言えず、苦い顔をする父公爵。
そんな父の表情をみて、極上の笑顔をみせる王太子妃。
「わかっておりますわ、お父様。次期王妃の身のわたくしは、うかつに動けません。彼女を助けることはいたしません。ただ、楽しく見ているだけ」
サイファはその場を離れたフリをして、近くの木の上で彼らの会話を聞いていた。
(まあ、とりあえず、雑音対応はこの辺りでいいかな。それにしても、今日は良い天気だ)
晴天の元、咲き誇るバラを目にして、サイファはマリアンヌにはじめて会ったのが、この庭園だった事を思い出した。
(そうだ。完璧王子の兄と、わがままが許される弟の間で、問題を起こさないように息をひそめていたあの頃、僕はマリアンヌと出会った)
***
マリアンヌは、幼い頃から、彼女は完璧な礼儀作法と、絵画のような笑顔をはりつけて、「大人」の雰囲気を纏っていた。
それが私にはとても格好良く見えた。
他のどの子どもとも違っていた、彼女の虜になった。
ある日、隠れて泣いている私をみつけて、彼女はこう言った。
「サイファ殿下。泣いていては、侮られるだけですよ。言い返すのが難しければ、背筋を伸ばして、相手をただじっと見てください。黙って相手をみるだけで、たいていの事は上手くいきますわ。あなたは、第二王子なのですから」
そう言って、後ろからギュッと抱きしめてくれた。
黙って相手をみるだけで、たいていの事は上手くいくと言ったのは彼女なのに。
あれからずっと彼女の事を見つめ続けているのに、全然私の思いは通じてない。
リーシェント公爵家でスパイまで雇って情報収集して彼女の好きなものを贈り続けているのに、全然気づいていないのは、なぜなんだ?
まあ、それも魅力のうちなのだが。
あの張り付いた仮面のような笑顔、怜悧な物言い、完璧な美しい所作。なのに裏では、私の贈ったジャムを貪り食べている、その落差がたまらない。
最近の、事業に打ち込む狂気じみた姿と血走った目にも、心を鷲掴みされる。
私だけが知る、本当のマリアンヌの姿。そう思うと、ゾクゾクする。
他の人間は気づいていないだろう、彼女のその多様な在り方は、私をますますマリアンヌ中毒にする。もう、彼女なしには、生きられない。
私には、彼女がいればそれでいい。本当はそれ以外の人間がどうなろうか興味はないのだけれど……。
小鳥がさえずる美しい木々の間から、サイファは青空を見上げた。
「あとは……あの人だな。どうでてくるのか。後はマリアンヌの腕のみせどころだろう。今後、どんな舞台となるのかが楽しみだ」




