専属メイドのお仕事
裏ギルドの建物入口から地下への階段をおり重い扉を開くと、いかにも悪役な男達が10人ほど酒を飲んでいた。
「ようよう、あんたみたいな女の来るところじゃねえぜ」
「身売りに来たのか? 俺が高く買ってやろうか?」
「顔をみせなよ」
野次の中、ドットは淡々と男達に話す。
「責任者と話がしたい。ボスを呼んでくれ」
「ガハハハ……てめえがボスに話がしたい……? 笑わせるぜ」
男達が声を上げて笑う。
ドットは表情をかえず、どうするかと思案していると、奥の部屋から男が出てきた。
いかつく、顔には傷があり、いかにも暴力と厳しい裏社会を生き残ってきたという迫力のある壮年男性。しかし、知力もありそうな得体の知れなさが感じられる。
(この男がギルド長で間違いなさそうだな。お嬢様のお困り事はオレが、迅速かつ穏便に排除する)
「取引がしたいのできました。この街で商売を続けたいのであれば、商人達の荷を妨害してとめる事はやめなさい」
「なんだと?」
「今噂の、例のホテルへの荷の到着が遅れている。原因があなた方だとわかっています。憲兵に差し出した方がよろしいですか?それとも、即刻その遅延を解消してくださいますか?話し合いで、どちらか選択してください」
ぎろりとドットを睨みつけるギルド長。
周りの部下達も言葉を失う程の、威圧感が場を圧倒する。
しかし、ドットは意に介さず続ける。
「私としては、あくまで言葉での解決を望みます。主の方針ですので。しかし、もし合意が得られないのであれば、困った事になります」
「なんだと?」
「ボス、こんなわけわからん事言う女、痛い目にあわせてやろうぜ!」
部下達が、ワーワーと二人を取り囲みはやし立てる。
「おい、痛い目みたくなきゃ、大人しく謝って帰りな」
ギルド長がそう言い終わらない内に、目に見えないスピードでドットが動いた。
勝負は一瞬でついた。
どうやったのか、誰もわからないうちに、ドットは後ろからギルド長の腕をつかみ、膝裏に蹴りを入れ、床に膝をつかせた。
ギルド長の首には、いつの間にか短剣が突きつけられている。少しカーブした、独特の形の短剣だ。誰も、何が起こったのか理解できない。
自身の首元にある短剣を横目で見ながら、ギルド長は大粒の汗を垂らし、驚愕の表情をみせた。
「……ムーンライト……その短剣、お前、まさか……」
「クソっ、てめえボスをはなせ!」
ドットは冷めた瞳で、しかしギルド長の喉元に押しつけた剣をさっと引いた。
ギルド長も周りの男達も、意外な展開に一瞬驚きの表情が隠せない。
ドットはギルド長に向き合い、感情のない声で再度繰り返した。
「話し合いに応じていただけますか?」
「……クッツクッツ……オレの負けだ。雇い主に金を返して手をひこう」
「このクソがあ……!!」
ドットに殴りかかろうとする部下を、声で制するギルド長。
「やめろ! オレらの手に負える相手じゃねえ!!」
周りを気にせず、ギルド長を真っすぐに見ながら話すドット。
「賢明な判断です。お金は失ってもまた得る事ができますが、命はひとつだけですから。私としても、会話による解決ができて満足です。主の方針なので」
無表情だが、ドットのその目には得体のしれない冷酷さが光る。
首をさすりながら、ギルド長が口を歪めた笑いをつくった。
「戦わずして勝つ戦法。そしてその三日月の形のムーンライト。狂戦士の一族が持つ剣だ。久しぶりに拝んだぜ」
「私はそんなぶっそうな一族の人間ではありません。私はただひとりの主をもつ、召使に過ぎませんから」
「わかった。俺達は、金輪際、あんた達にはかかわらねえ。おっかねえからな」
ほのかに口角を上げ、何事もなかったかのように去って行くドット。
去る姿を見ながら、部下に伝えるギルド長。
「お前ら、これからも生きて美味しい思いがしたいなら、オレの言うことを聞け。そしてあの女には絶対に近づくな」
「あいつは、いったい……?」
部下の不思議そうな、悔しそうな言葉に答えるギルド長。しかし、その表情には恐怖と憧れが混じっているように見える。
「アレは死神の一族だ。オレはあいつらには逆らわねえ。だから、今も生きてられるのさ。しかしよ……」
ギルド長がニヤリと笑いながら部下に告げる。
「すごかったよな」
「へ、へい。正直、すごかったです」
「あれは、どういう技なんですかい?」
「死神の一族、噂だけかと思ってだぜ、おれ」
部下の本音トークを聞きながら、ギルド長は小さくつぶやいた。
「あの速さ、冷徹な目、そしてムーンライトの手さばき。惚れちまうなあ」
ギギギと鉄の扉を開けると、そこにはブルーノの姿があった。
ちらりと目を合わせ、無言で階段を上がるドット。
その後について行くブルーノ。
外へ出て、建物から遠ざかったところで、ドットはふりかえりもせずにブルーノに声をかけた。
「心配いりませんよ。今回だけですから。私は普段はお嬢様の忠実なメイドで、殿下のスパイ。一介の従業員に過ぎません。お二人を危険に晒すマネはしないと誓いますよ」
そう言い残し、去って行く。
ブルーノは茫然と見送り、そしてボソッと言葉がもれた。
「……マジかよ……。あんな化け物の一族って、本当にいるんだ。……誰かに言いてえな。でも言ったら本人か殿下に消されるよな。はあ……とんでもねえもの見ちまったぜ」
気配をけし武器屋へ戻る道中、ドットは12年前のマリアンヌと出会った日の事を思い出した。
***
《《オレ》》は、狂戦士と呼ばれる一族の出だ。幼少期から戦場に立ち、荒くれ者集団のなかで生きてきた。 あの日、オレはヘマをして、敵に切られて倒れた。 強いものが勝ち、弱いものは死ぬ。ただ、オレにその番が回ってきただけだと、死を覚悟した。
そこへ、お嬢様があらわれた。
まだ5歳の、しかし凛とした雰囲気を纏った少女は木々に隠れたオレを見つけ出した。
「側に寄るな」とオレは動けないまでも、殺気を放ち、牽制した。なのに、お嬢は気にもせず「まあ、ケガをした動物は必死に威嚇するといいますもの。あなたもそうなのね」と意に介さず騎士にオレを手当てするよう指示した。
オレには信じられなかった。こんな危ない死にかけの人間を、助けようとする少女がいるなんて。
「どこの誰だかわからん者を屋敷に入れる訳にはいかない。ほっておけ」と公爵は即座に命令した。当たり前だ。
なのに、お嬢様はこう言ったんだ。
「彼女を助けて、わたくし付きのメイドにしてください。そうすれば、わたくしは第二王子殿下の婚約者教育を完璧にやりとげます。お願いします」
薄れゆく意識のなか、オレは「この少女はなんだかすげえ」と圧倒されたんだ。そして、自分は一度死んだ身。もし再び目を覚ます事があれば、この少女に残りの一生を捧げよう、と。
***
「本当に、おもしろいお嬢様だ。昔も、今も。しかも最近は、白い奇妙な獣のオーラを纏うようになった。虎を纏う友人もできたし。本当に退屈しねえな」
そういえば、と。サイファの事も頭に浮かぶ。
10年前、ドットはリーシェント公爵家にマリアンヌを訪れたサイファと、初めて出会った。
自身の従者を部屋の外にだし、ドットと二人だけで話がしたいときりだしたサイファ。
「可愛らしかったよな、あの頃は」
ドットは頬を緩めながら、思い出し笑いをする。
まだ、自信がなく、おどおどしていた彼が、勇気を出して声をかけてきた様子を。
***
「お、お前はマリアンヌの侍女か?」
「さようでございます」
「お前はマリアンヌが好きか?」
「なにより大切な方だと思っています」
「よし、では、お前に頼む。私のスパイになってほしい」
「は? スパイ、とは」
「私に、マリアンヌの事をこっそり教えてほしいのだ。好きな花やお菓子、お気に入りの色とか……。だめ、かな」
***
おずおずとした少年が、無口だが堂々とした青年へ成長した過程が、次々に頭にうかぶ。
「体はでかくなったが、照れ屋でヘタレなのはかわんねえな、アイツは。まだまだ、見守ってやらなきゃ。全く、二人とも世話がやけるぜ」
人気のない場所で、ドットはターバンを外した。
太陽がさす青空の下で、ドットは心の底から幸せそうに笑った。
「さて、ここからは、通常のメイド業務にもどるとしましょう」




