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京女の公爵令嬢×元・浪速のトップ嬢。アップデートは薫り高きビジネスマナー(EQ)と共に  作者: 高瀬 八鳳


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12/22

光からの反転と虎の咆哮

 ホテルが順調にスタートして二月ほど。


 あるレストランの男性スタッフが、突然辞めた。

 それをきっかけに、ホテルへの嫌がらせがはじまった。


 調べていくと、実は辞めたスタッフは、最近よそからやってきたという経歴であったが、スパイ活動のようなことをしていたらしい。


「アイリーン、どういうこと?」


「ようよう調べたらな、イワンという男は存在してないねん。聞いてた住所はでたらめ、出自も嘘、おまけに、もう少しで売り出そうと用意していたみたらしだんごのレシピを盗まれたんや。しっかり面接したつもりやったのに、ってヒューイットも落ち込んでる」


「荷物が届かないのは、どうして?」


「それがわからんのや。荷物は隣の領地からは出発済みやと言われた。途中で誰かに襲われたか、足止めされているのか……まだはっきりしてないねん」


「それって……」


 ホテルレストランの片隅で、アイリーンと小声で話していると、男の叫び声が聞こえた。


「おいおいおい、誰に許可もらって、ここで宿をやってるんだよ?」

「そうだぜ、平民がこの元お貴族様の館を勝手に商売に使うなんて、どういうことだ?」


 見るからにイカツイ怪しい男達が、フロントで怒鳴り始めた。


「なんなん? あのテンプレみたいなみかじめ料を請求するヤカラは……」

「うち、行くわ! 姐さんは今日のところは、家に帰って!」


 そう言って、男達の方に走っていくアイリーン。裏からヒューイットや若い男性スタッフも出てくるのが見えた。


(……まあ、この手の事はアイリーンに任せて大丈夫よね。それにしても、このタイミングで荷物が消え、ヤカラが嫌がらせにくる。タイミング良すぎやん。誰が裏で糸引いてんのん?)


 ドットと共に、裏口から帰ろうとしているとまだ怒鳴り声が聞こえてくる。


「だいたいなあ、ここでは噂の公爵令嬢が、令嬢集めて金をしぼりとってるんだろ? そんな詐欺みたいな事を許しているホテルは、安心して泊まれないぜ」


 私は、ドットと顔を見合わせた。


(敵は、ホテルだけでなく、私を潰そうとしているの……?)


 私の悪い予感は当たった。

 クレーマーの居座り、物流の流れの滞りだけでなく、不穏な空気は学園にまで及んだ。


 今まで、憧れの目でみていた生徒たちが、私を遠巻きに見るようになったのだ。

 この数日、ララネは元気がなかった。今日は、休んでいるのか、姿がみえない。


 そして、今日はじめて、私は気がついた。

 掲示板にはっていた「アップデート淑女の会」の会員募集の張り紙に赤い字でこう書かれている。


『詐欺集団』

『ララネ嬢は、マリアンヌ様から不当な謝礼をもらっている』

『王族の婚約者だと権威を笠に着た不当行為』


(……私だけでなく、ララネまで標的にするなんて……)


 掲示板の前で、私は怒りのあまり、持っていた扇子を折ってしまう。

 ボキりと折れた木を再度握りしめた為、手から血がにじみ出る。


「マリアンヌ」


 いつの間にか、サイファが後ろに来ていた。

 私の手をとり、ハンカチでくるむ。


「私の部屋へ行こう。消毒が必要だ」


 頭に血が上っている私は、無言で頷き、彼の後ろについていった。


 サイファの部屋で、座って手当てを受けながら、この状況について考え続けていた。


(とにかく、学園内に入り込める程、身分の上のもんが裏にいるって事がわかったわ。今、ララネを庇おうと私が動くと、逆効果になる。なんなんよ、これは。結局、断罪ルートに戻されたってこと? あかん、落ち着かんと)


 手当てを終えたサイファが、隣の席に座った。


「ありがとうございます、サイファ様」


「痛みはないか?」


「はい、大丈夫です……」


「マリアンヌ、私に何かしてほしい事はないか?」


「では、ララネ様のお力になってさし上げてください」


「ララネ嬢の?」


 サイファが少し眉を上げた。


「私はしばらく、自宅で大人しくしますわ。自分の事は何とか自分でいたします。でも、ララネ様が心配です。お願いします。彼女を守ってください」


 サイファはしばらくじっと私の顔を覗き込み、そしてため息をついた。


「君は、いつも友人を優先するのだな。……わかった。学園内の安全は私が気を配るよ。安心してくれていい」


「ありがとうございます」


 サイファは少し寂しそうに、笑みをみせた。

 


***


 屋敷に戻り、すぐに机に向かう。


 この状況を解読しようと紙に書こうとするも、怒りと恐怖で、感情を制御できない。


(これは、物語の強制力なん? アイリーンはララネと友達になり、第三王子は心を入れなおしてララネとやり直そうと努力している最中。元の物語の三角関係は破綻しており、違う流れになっているはずやのに。

それとも、この国の男性優位な社会ルールを逸脱した私個人への罰? 平民と貴族の身分の境目を曖昧にしようとする、危険分子扱いなんやろか?)


 一枚も書けない、真っ白い紙を見つめる。


(私のせいで、アイリーンやララネにまで危険が及んでいるの? もし、このまま、ホテル運営がとん挫したり、ララネの身に、本当に被害が及んだら……? そして、私達は、処刑される……)


 私達が断罪されるシーンが、また脳裏に浮かんでくる。

 

 私は机に肘をつき、頭を抱えた。


(このマリアンヌの人生で、今ほど自分が無力だと感じたことはない……。公爵令嬢。地位の高いお嬢様だった筈なのに、どうしてこんな事に? このまま、死ぬ運命なん? そしたら、アイリーンは、ララネはどうなるの?)


 知らず知らず、涙が溢れてくる。

 涙の塩辛い味が、私の理性を取り戻してくれた。


(いや、前世では、いつだって無力感に打ちひしがれてたやんか。そして、何度も立ち上がってきた……。そう、私は、生き延びてきた……。

道は、必ず道はあるはず。諦めずに、対策を考えるんや!)


 私は落ち着く為に、恒例の儀式を行った。


 姿勢を正し、両手をパンと合わせて目を閉じる。


 呼吸する音、心臓の鼓動を感じながら、ばらばらに散らばる思考を、今この瞬間に意識を集中させる。


 深呼吸。

 心と身体のペースを合わせる。


(大丈夫宇、思考がクリアになれば、いくらでも回避策はでてくる筈。余計な事に煩わされず、ただ現実を、事実の核を把握し、最短、最善の道を探す。ただそれだけ)


 しばらく、深呼吸をすると、気分が少しだけスッキリした。

 大きくのびをしながら、こう声に出してみる。


「くわ〜〜っつ! 面白くなってきやがったぜ! 誰か知らんけど、今にみてなさい! 口に手突っ込んで、奥歯ガタガタさしたるさかいな! いや、なんか違うな。……今度アイリーンに正しい言い方、聞いとかな」


 ホテルの事はアイリーンに任せ、荷物は治安の問題かもしれないと、警邏隊に嘆願書と言う名の、命令依頼書を出す事にする。


 スタッフ教育については、テキストを作成し、実技の練習もするよう指示を出す。授業再開後に試験を行うので、さぼらんようにとコメントをつけておいた。

 ララネには、巻き込んでしまったお詫びと、必ずこの噂を払拭するので、信じて待っていてほしいと手紙をだす。


 手紙はドットがうまく運んでくれるでしょう。


 手紙を書いている途中で、最近出てこなかった白狐が、伸びをするようにフワッと姿を現した。



 一方、ホテルでは。


 今日も新手のクレーマーが居座っている。


 ヒューイットの誠実で正当な対応ではらちがあかない。


「あの、本当に申し訳ないのですが、お引き取りいただけますか? 飲食料金はもうけっこうですから」


「なんや、噂のホテルは俺らが身分低いからって追い出すのか?ひでえなあ」


「いや、そんな事ひと言も」


「何が新しい風じゃ!接遇も全然なっとらん、ダメダメホテルじゃ!ガハハハ」


「何度でも言います。すいませんが、お帰りください。ここは私達の大切な宝物のような場所なのです。他のお客様に迷惑になるので、困ります」


言い方はソフトながらも、一歩も引かないヒューイットの態度に、男達の眉間に皺が濃くなっていく。


「なんだ、てめえ。俺達に意見してるのかあ?」


 今までは大人しく黙っていたアイリーンは、ついに我慢できなくなった。


 背後の虎は戦闘準備完了。すでにネオンと通天閣とメガホンをバックにしょっている。


「あの~~、聞いてもいいですか? お客さまって、どういう人の事をいいますかあ?」


 ホテル入口の辺りから、バカでかい声で、アイリーンが男達に問う。驚きのあまり、男達は毒気を抜かれ、素直に答えた。


「お客さん、お客は、金を払う人間の事じゃねえか?」


「ほな、お金払わんと商品持っていこうとする人間は?」


「そら、盗人じゃねえか?」


「そうですよね、ただの泥棒ですよね」


 アイリーンの目がキラリンと光る。


「あんた方は、お金も払わんし、大声であることない事嘘ばっかり言うてる。泥棒だけやのうて、詐欺師で、悪質な営業妨害してる極悪人やで!! 誰にいくらで頼まれてその刑事事件級の妨害をしてるんや? 同じ平民同士でそないな嫌がらせさして恥ずかしないんか? それとも、あんたら貴族の手先か? わかった、お偉いさんの手先なんやな? 誰かこの人らの顔見たことない? きっちり名前と住所と家族調べ上げて、憲兵さんと一緒に家に話し合いに伺おうやないか!」


 畳み掛けるようにズラズラと笑顔で悪態をつくアイリーンの、その目は笑っていない。


「ここにひどい悪人がおりまっせ! 誰かこの人らの顔知ってるか? 名前調べて、憲兵に突き出さなあかん。みんな、協力したってや!」


「な、なにを! 待てよ、なぜ悪人呼ばわりするんだよ? 悪いのはお前らホテルが」


「ちょっと、待ってくれ! お前何を言い出すんだよ!?」


 その騒ぎを聞きつけたホテルの外の通行人達も集まってくる。


「なんだなんだ? 事件か?」


「悪人だって? 憲兵さん、呼んで来ようか?」


「おおい、みんな、誰かこいつらの顔知ってるやついるか?」


 ゾクゾクと好奇心に駆られた人々が、悪人の顔をみようと集まってくる。


「ご、誤解だ。俺たちは盗人でも悪人でもねえよ。いくらだ、ちゃんと払うからよ」


 たくさんの人々の興味と侮蔑の視線に耐えきれず、男たちは撤退を決めたようだ。


「ええ? お代ちゃんとはろてくれはんの? おおきに。お会計はいくらや?」


 会計係に聞くアイリーン。オドオドとこたえる若い女性。


「さ、35フロンです」


「そうか、ほな精神的慰謝料、迷惑料と延滞料込みで50フロンになります」


「はあ? バカ言うな」


「何だと? 悪徳はそっちじゃねえか?」


 目を剥いて唾を飛ばしながらアイリーンに噛み付く男達に、ヒューイットがすっと間に入り庇う。

 しかし、アイリーンは全く動じず、涼しい顔でけろりと答える。


「いえ、真っ当な請求です。うちらは、いいお客様様には丁寧に心をこめて対応するし、ヤカラにはそれ相応の返しをします。あなた方は、まだお支払をしてない、泥棒と詐欺の疑いがあるお客様かどうかもわからん迷惑な存在や。憲兵呼ぶか、お代をきっちりはろて客として帰るか、どっちにすんねんな!」


 さっきまでの笑顔が消え、関西弁でまくし立てるアイリーンと、背後の吠える虎の見えない圧に押され、男たちは顔を見合わせる。


「そやそや、迷惑料や!」

「当然やろ、こんだけ商売のじゃましてるんだから!」


 周りからも、アイリーン擁護の声がとぶ。


「5数えるうちに決めんかったら、憲兵呼ぶで! はい、いぃち、にぃ、さぁん……」


「わ、わかった! 払えばいいんだろ」


 男達はやけくそ気味に叫び、懐からお金をとりだし投げつけて逃げるように顔を隠しながら、ホテルを飛び出した。


「あ、言っとくけど、あんたらは出入り禁止の迷惑客に認定や。次来たら、即憲兵引き渡しやし、二度とこんといてください!! よろしゅうな!」


 拍手喝采、ヒューイットも苦笑しながら手を叩いている。


 受付係のスタッフが声を震わせながら、こう言った。


「すいません、私、怖くて何も言えなかった……。アイリーンさん、すごいです」


「うちがああ言えたんは、ヒューイットと、こうやって応援してくれる仲間が近くにいてくれるからや。みんなありがとう。おおきに!」


「アイリーンちゃん、あんたの啖呵はきもちいいね」


「そやそや、変な人間は追い返してやれ! その方が街も安全になるよ」


「ありがとう、ほんまに皆さん、おおきに」


 それを合図に、集まった人々が引いていった。


「でも、危ないから、オレがいる時限定にしてくれよ」


 ヒューイットはアイリーンの頭をなでながら、心配そうに言った。


「うん、わかってる。無茶はせんようにするわ」


 照れながらそう答えた後に、スッと表情を変えたアイリーン。


「あ、そうや、これだけは伝えとかなあかん」


 その場にいた会計係やフロントスタッフを集めて伝える。


「皆さん、もしかしたら、さっきのうちの発言、嘘と違うん?って思ったかもしれませんが」


「正直、ちょっと思いました」


「うん。私も」


「あれは、ものは言いよう、という高度な技です。嘘は言うてないけど、嘘すれすれを攻めています。まあ、腹黒い技ですね」

 

 アイリーンは、凄みのある表情をしながら、ニヤリと笑う。

 集まった10人程のスタッフは、冷気を感じた。


「腹黒ではありますが、場合により使える技やし覚えといてな。うちらはお客様に満足してもらう為に接遇します。でも、あんなお客様でない、理不尽な妨害者には多少のえげつなさは必要悪、と個人的には思っています。あいつらには、理屈が通じへん。そやし言う、言えない、で考えたらあかん。常にどのように言うのが最善か、を考える習慣をつけとくのが大切や」


「どのように言うか……」


「言う、言えないの二択じゃないってこと?」


「練習がてら、さっきと同じ事が起こった時に、自分ならどうするかを考えておいてください。ホテルで仕事してたら、ええお客さんばかりやない、色んな人がやってくる。お客さんもうちらも楽しくなれるように、今からみんなで考えながら練習していこう。でも無理はせんといて。困ったら、すぐうちやヒューイットに言うてくれたらいいから、安心して。うち、腹黒系の対応は得意やから!!」


「アイリーンさん、なんかカッコいいっすね」


「わ、私もがんばります」


 みんなで話しながら、アイリーンの脳裏に、過去のキャバクラ時代のイヤな客にされた行為が次々と蘇る。


 一瞬、泣き顔になったアイリーンを、ヒューイットがすかさず肩を抱きしめた。


「アイリーン、オレがついてるからな」


 にかっとヒューイットの笑顔に、余計に泣きそうになるアイリーン。


(そうや、うちは今、一人やない。スタッフに、過去のうちみたいな悲しい思いはさせへん! このホテルを守り抜く、そしてマリアンヌ姐さん早よ帰ってきてもらえるよう頑張るで!!)


 一方。


 自室でマリアンヌからの手紙を受け取り読むララネ。


(この苦境にありながら、マリアンヌ様は私や淑女の会メンバーの事を心配してくださっている。尊いお方……。

 わたくし達は、何一つおかしなことはしていないのだもの。


 堂々としていよう。

 必ず、真実が伝わるわ。そのために……)


 机の上の紙に、図解でこのトラブルの解決策を次々に書きだしていく。

 そのララネの後ろ姿は、今までになく頼もしく見えた。


 ドットは、手紙をアイリーンに渡しに来たついでに、ホテルのスタッフからも聞き取り調査を行った。

 サイファの手助けもあり、スパイだと疑われている辞めた従業員を探し出し、問い詰めた。


 そして、彼が本当にスパイ行為を行っていた事、盗んだみたらし団子のレシピは既に雇い主に渡したこと、物流の不具合が実は秘密裏に妨害を請け負っている裏の世界の、何でも屋ギルドの仕業だと突き止めた。


 ブルーノはドットに問いかける。 


「どうする? その裏ギルド、こっちで処理しようか?」


「今回は少々腹が立ったので、私が対応します」


「公爵家のメイドが事件を起こしたら、ヤバいんじゃないのか? バレたらマリアンヌ様にも迷惑がかかり、あんたもただでは済まないぜ。だいたい、対応ってどうするんだよ?」


「バレるようなマヌケな事はしません。どうぞ殿下に、今回だけは直接私が動くとお伝えください。勿論、依頼主の情報は殿下にお伝えいただき、どうするかはそちらでお決め下さい。証拠をちらつかせて脅すのか、泳がせるのか。私は裏ギルドの相手ができれば満足です」


 淡々と話すドットの姿に、ブルーノは違和感と底しれない恐怖を感じた。


(殿下からは、このメイドがマリアンヌ様を見張る為のスパイだとは聞いているが……。いったい何者なんだ?)


 ドットは、街の武器屋に裏口から入っていく。


「おお、あんたか。顔をみるのは久しぶりじゃな」


 店のオーナーの老人が、事務室でドットを迎えた。


「1年分の費用だ。継続利用で頼む。置いている衣装を使うので、着替えさせてもらうぜ」


「毎度あり。置いてある袋の場所はかわっておらん。奥の部屋を好きに使うといい」


(勝手な行動は叱られるかもしれないが、まあ黙っておけば大丈夫だろう。今回だけ、今回だけだから)


 黒ずくめのパンツ姿、そして頭部をターバンでまいて、顔バレしないよう着替えたドット。


「念のために、持って行くか」


 年季の入った短剣を両腰に差し、上着を羽織り、武器屋から出るドット。


 街の活気ある昼間。存在感なく歩く彼女に、人々は気づかない。


 しかし、ターバンの間から目しか見えないながらも、いつもの彼女とは目つきが全くかわっている。


 それは、獰猛な捕食者の残忍な色をたたえていた。

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