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二十一時を過ぎたころ、アサコが「そろそろ帰ろうかな」と言い出した。それにマリアが「じゃあ、あたしも」と続く。
「いろいろありがとね。またお邪魔させてー。今度は宅飲みしようよ」
エントランスまで二人を送って行くと、マリアがひらひらと手を振りながら言う。
「お、それいいね」
「じゃあまた明日ねー」
女子組二人が帰っていくのを見送って、ジンとアキナリは部屋に戻る。一人暮らしのジンの家に自宅が遠いアキナリが泊まることが増え、今ではアキナリ用の日用品まで揃いつつあった。エレベーターに乗り込むと隣から深いため息が聞こえた。
「どうした?」
「いや今日はマリア、指輪してたなーって思ってさ」
「あー、してたねぇ……」
「あれ、まじでなんなんだろ……。彼氏に貰ったなら貰ったでそう言うよな? 普通……」
「まー、そうだろうなぁ……」
アキナリが再び重たいため息を吐く。今にも座り込んで頭を抱えださんばかりだった。彼はジンを恋愛の達人か何かと勘違いして相談をしに来ることがあるけれど、的確なアドバイスは到底できそうになかった。こんなにため息が止まらなくなるほど、本気で誰かを思って悩んだ試しなど無いからだ。
「とりあえず、飲みますか」
アキナリがもう一度溜息を吐いた。
缶ビールを二本開けて酔い潰れたアキナリをなんとか叩き起こして、風呂に入るように促した。明日の朝でも良かったのだけれど、風呂に入ってから眠ったほうが翌朝に酒が残りにくいような気がする。飲みの翌日に二日酔いに苦しむアキナリをもう何度も目撃しているのだ。
付けっぱなしのオーディオからまたレフウィルの曲が流れてくる。そういえばツイッターでライブツアーを行うという発表を見かけた。他のバンドも含めてもライブは、二年くらい前に当時のバンドメンバーと一緒に行ったきりだ。CDも雑誌も買うし、音楽は今でも大好きだけれど、だからこそライブに行く気にはなれなかった。自分がもう二度とこの世で一番好きな世界に関わることができないのだと実感することに耐えられそうにない。
いつかアキナリが楽器とCDたちを見て聞いてきたことがあった。音楽が好きなのか、と。ジンは迷わずに頷いた。アキナリは続けた。楽器弾けるの。一応。とジンは答えた。
「軽音部とかバンドサークルとか、入らんの?」
あー、と声を吐きながら理由を懸命に探した。とりあえずバイトしないと、金無いから。脳より先に口がその一言を見つけていた。まー、一人暮らしは大変だもんな。とアキナリは言って、すぐに別の話題へと変わっていった。
だけどいつまでも煩いくらいにその質問が頭の中で鳴り続いている。やりたいならやればいい。たまに知っている名前が書かれたバンドTシャツを着て歩いている人をキャンパス内でも見かける。同じような趣味を持っている人がいる。同じようなことをやりたいと思っている人がいる。そのはずなのに、その人たちを探しに行こうとさえできないのは一体何故なのだろう。自分が口にしたことばを反芻する。確かに少しでも自分の金で生活できるようになるためにバイトはしなくちゃいけない。だけど、本当にそれだけなのだろうか。
I know I was born to do what I like. You know you were born to be who you want.
俺はしたいことをするために生まれてきたのさ。
お前はなりたい人になるために生まれてきたのさ。
高校時代ずっと聞いていた曲だった。今でもギターのコードを覚えている。まだキーボードの指の運びを覚えている。
その感覚を振り払うかのように、慌ててアイフォンの画面の右矢印をタップした。




