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次の曲が流れ始めたのとほぼ同じタイミングで、アキナリが風呂場から出てきた。
「あー、ちょっとすっきりした」
独り言を呟いて慣れた様子で冷蔵庫からお茶を出して飲んでいる。ふとアキナリがもともと着ていた長袖のシャツとデニムを身に付けていることに気づいた。
「あれ、服どうした?」
下着は本人の判断に任せるとしても、さすがにスキニーデニムじゃ寝られないだろうと思って適当に半袖Tシャツとハーフパンツを出しておいたのだ。アキナリが泊まるときには大抵寝間着になりそうなものを貸しているから、今回もそのつもりだった。
「あー……」
アキナリは相応しいことばを探そうとしたみたいだが、アルコールで頭の回転が鈍くなったせいか、何も見つけられなかったらしい。あっちへこっちへと視線が泳いだ。
二人の沈黙の間を、どのバンドでも必ず一曲はあるようなライブでの盛り上がりだけを意識したような曲が流れていく。
開けっ放しの冷蔵庫がピー、ピー、と音を立ててアキナリはやっと我に返った。お茶の入ったグラスを持ったままこっちにやってきて、ローテーブルの前に腰を下ろした。
「ジン、ごめん。長袖のジャージ借りていい? いつものやつ……」
「なに、寒い?」
クローゼットの中を覗く。いくら寒がりだからと言っても、そんなにクーラーの設定温度を低くしているわけでもないし、もう七月の半ばに差し掛かろうとしている。どこか腑に落ちない気分のまま、片づけてあったジャージを引っ張り出してきてアキナリに渡した。
「ごめん、ありがとう」
アキナリはそう言ってジャージを手に取ると、風呂場に消えた。
同性しかいない場所でわざわざ着替えのために部屋を移動するというのも妙に引っかかった。しばらくしてジャージ姿になったアキナリが戻ってきて、また同じ場所に座りなおした。傍らにくしゃくしゃに丸めた自分のシャツとデニムを置く。
「それ、明日着るもんなくなるよ」
「ああ、そっか……」
指摘されて初めて気づいたかのように、丸まった衣類を丁寧に畳みなおしている。下を向くその横顔に何か戸惑いのようなものがある気がして、急に心細くなった。マリアだけじゃなくて、アキナリも隠していることがあるとしたら。そしてそれをジンに話したくないと思っているのなら。自分もそうであることを棚に上げておきながら、急に新しい友人との間に壁を感じた。
この場から逃げたくなって、とりあえず風呂に入ろうと立ち上がりかけた時だった。
「あのさ」
蚊が鳴くような細い声だった。
「ん?」
できるだけ平然を装うよう、努力した。
「僕、皆に言ってないことがあってさ」
「どうした? 急に……」
「隠すつもりはなかったっていうか、バレたらバレたときに話そうって思っとったんだけどさ、なんかそれが今かなーって……」
「なに? なんか怖いんだけど」
アキナリは依然として畳み終わった自分の長袖のシャツを見つめ続けていた。あ。そういえば。
「僕さ、いっつも長袖長ズボンなの、気づいとった?」
そういえば、そうなのだ。六月になって湿気と暑さで汗が止まらないような頃から、七月になって日差しが突き刺すようになってきた今でもずっと長袖の服を着ている。マリアが「それ暑くない?」と額の汗をハンカチで拭いながら聞いていたのを思い出した。アキナリはそのときもヘラヘラ笑うだけで答えなかった。
「半袖着れんのだよね」
あのときみたいにヘラヘラ笑いながら、黒いジャージの袖をぐっと捲り上げた。ことばを失うジンをよそに、続けて反対側の袖、それから両足の裾も同じように捲った。
脳みそが状況を取り込んで解析して理解するプロセスを拒んでいた。何かしらのことばを掛けなければいけない場面だということは分かっているのに、吐き出すべき息を飲み込むことしかできなかった。




