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もうすぐ大学生活初の考査が始まる。レポートを提出するだけの講義もあれば成績評価がテスト百パーセントのものもあるから、図書館も食堂もテキストやラップトップを広げる人で溢れ返った。
四人で勉強をしようと話していたけれど、キャンパス内はどこもいっぱいだった。それじゃあという流れで、ジンの部屋で集まることになった。
「お邪魔しまーす」
唯一この部屋を初めて訪れるマリアが、室内を一瞥するなり感嘆の声を上げた。
「めっちゃオシャレじゃん! え、モデルルーム……てきなやつ?」
「びっくりするよね。このオシャレさ。僕も初めて来たとき、なにこれってなったもん」
「だよね。私もびっくりしちゃった。やっぱりオシャレな人はお部屋もオシャレなんだね」
アサコは初めてこの部屋に来た数日後、アキナリに告白したらしい。アキナリはマリアに惚れているわけだし、告白自体は残念な結果になったものの、アサコはそれですっきりしたらしく、変な気まずさが特に生まれることもなく、今でも四人で仲良くやれている。ただマリアだけはアキナリとアサコの気持ちを知らないままだが。
「そんなに褒めても何もあげないからね」
クーラーのスイッチを入れてから、いつものようにオーディオとアイフォンをブルートゥースで繋いで音楽をシャッフルして流す。一曲目からレフウィルがかかった。キーボードの音が加わるだけで、急に感傷的になる。部屋の隅に置かれたキーボードに自然と目が行く。レフウィルに出会ったころ、ギターを手に入れる少し前に購入したものだった。バンドを辞めてからほとんど触ることさえなくなっていたけれど、それでもあの家に置き去りにはできなくて連れてきてしまった。
「ジン、ジュースとか適当に出していい?」
アキナリの声にふと現実に連れ戻され、「ああ」と曖昧な声を出して楽器たちから視線を剥がした。
ほとんどアサコに頼ることになったがお互いにレジュメの穴あきを埋めたり、わからないことを確認したりする。こういうときに一番しっかりと理解していて教えるのも上手いのがアサコで、その逆がマリアだった。マリアは英語が堪能な反面、大学の講義で出てくるような専門用語や日常生活で使われないような言い回しの日本語が苦手らしかった。「もう全然わからん、これー」弱音を吐いては、揃って読書好きなアサコとアキナリに説明されている。
「マリアっていつからいつまでアメリカにいたんだっけ?」
「えーっと小学生から高二の途中までは向こうにいたよ」
「そんだけ長い間英語圏で生活しててさ、帰ってきて急に日本の授業とか付いてけるもんなの?」
「あたしの場合は戻ってきて入ったのが英語科だったからさ、担任の先生も帰国子女でしかも旦那さんがカナダ人だったし、結構事情をわかってサポートしてくれたんだよね」
「なるほどねー」
マリアがボールペンを指先で挟んで揺らしている。数週間前にその右手の薬指にシンプルな銀色の指輪を見つけたのはアサコだった。アキナリに見つかる前に状況を確認しておくべきだと思ったらしい。彼氏に貰ったものなのか尋ねると、マリアは珍しく言葉を濁したそうだ。毎日身に付けているわけではないみたいだが、アキナリも既にその存在に気づいていて、この部屋で酔い潰れたことがあった。
マリアにはジンたちに話していない何かがあるとは思っていた。だけどそれはジンだって同じことで、自分の生い立ちや仮にも付き合っている恋人のことや、東京出身だということさえも伝えていない。自分がこうなのだから、ほかの誰にも言いたくないことを無理やり聞き出そうとは思えなかった。ただなんとなく存在に気が付いてしまったマリアの秘密とは、その指輪の送り主のことなのだろうか。




