7.轟音
ゆっくり開いていた扉だが、突然明け放たれる。
大きな音が鳴った。
狭い室内で反響して、耳が痛くなる。
その場にいた者、全員の動きが止まった。
一転して静かになった部屋に、カランと金属音が静かに響く。
「全員動くな!」
三芳だった。
いつものスーツっぽい格好。
右手には何かを持っている。
僕はそれを銃と認識するのに時間が掛かった。
その場にいた全員が動揺している。
「おい、落ち着けよ。」
髭面が、ゆっくりと言った。
発砲音。
「喋るな。」
三芳からは普段の柔らかいオーラが消えていた。
「コチラはその娘さえ返してもらえればそれで良い。」
それは何かを押さえ込むような声だった。
「その娘の身体を起こして。」
後ろに居るのはロン毛だろう。その腕は硬くなっていた。
「言う事を聞いたほうがいい。」
脇にいた帯刀がそう言い、僕の右腕を掴んだ。
ロン毛の力が抜け、僕は帯刀を支えに立ち上がろうとした。
左のカメラ女は黙って見ているだけだ。
この女は表情が読めない。
髭面は道を開ける様に左に移動し、ロン毛は僕と一緒に立ち上がったようだ。
僕はゆっくり足を踏み出そうとした。
その時、その場の全員の動きが止まった。
「空襲警報!?」
あの独特の音が、辺り一帯に響いていた。
あぁそう言えば、この間もこんなふうに皆固まったよな。あの時もハルちゃんが迎えに来てくれたんだっけか。
ふと、そんな事を思い出す。
家に帰ろう。
空襲警報にかき消されそうな思考だった。
瞼が重い。今にも気を失いそうだ。
三芳と言う存在がそうさせるのかもしれない。
そうやって、瞼を閉じようとした時だった。
ぼんやりした視界の中で、何かが動いた。
「危ない!」
そして突然、帯刀が横から抱きついてきた。そのまま倒れ込んでしまう。
室内にはまたあの轟音が響いていた。
耳が痛い。
だが今はそれどころではなかった。
なんでこんな奴に抱きつかれなきゃいけないんだ!
上に覆いかぶさる帯刀から一刻も早く離れたかった。
なんでコイツこんなに重いんだ!
さっきまで朦朧としていた頭はすっかり覚醒している。
ジタバタする内、急に帯刀が軽くなった。
「ゆーま!ゆーま!」
僕の目の前で、カメラ女が叫んでいた。
轟音は止んでいる。
僕の左腕と太ももの上に、帯刀が居た。
その頬には1センチ位の穴が空いていて、その目は力なく空を見つめていた。
「なんで!なんで!!」
カメラ女は泣いているようだった。
空襲警報はまだ鳴っていた。
不思議だ。
何故か少し悲しい。先程まで好き勝手に殴ってきた相手だが、それでもまだ、クラスメイトという感覚が残っているのかもしれない。
だが今は、それどころではない。
渚も連れて行かなくては。
そうして、起き上がろうとして僕は固まってしまう。
「る…ちゃ…?」
声が上手く出なかった。
目の前の光景が信じられなかった。
髭面の男が扉の近くに立っている。その手には拳銃が握られていた。先程まで三芳が持っていたものだ。
その足元には、壁に寄りかかる三芳がいた。左手で腹部を押さえている。
ランタンに照らされた白いシャツが、ドス黒い赤で染まっていく。
なんで…
そこで先程の轟音を思い出す。
銃声だ。4回は鳴ったかもしれない。
揉み合いになったのだ。1発目は帯刀の頬に命中したのだろうが、後の3発の行方は分からなかった。
何処へ行った?
僕は信じたく無かった。
だが、彼女は動かない。
そんな彼女の頭に、髭面は拳銃を向ける。
「その…」
泣いていたカメラ女が、突然立ち上がり口を開く。
「その銃を貸しなさい!」
ヨロヨロとヒゲ面に向かっていく。
髭面の視線がこちらを向く。銃口も一緒にこちらを向いていた。
轟音。
カメラ女の後頭部から赤っぽいものが飛び出し、僕に振りかかる。
カメラ女はそのまま尻を突き出す形で床に倒れた。
よく見れば彼女のコートの下は僕と同じスカートだった。
股から何か染み出してきて、脚を伝って床を汚していく。
「おい!何やってんだよ、お前!」
言ったのはロン毛だった。
ずっとそうしていたのか、騒が収まってそうしたのかは分からないが、僕の後ろに立っていた。
「顔見られてんだ。こうなったら、皆ぶっ殺すしかないだろ!」
そう言って髭面は再び拳銃を三芳の頭に向けた。
彼女の顔は、僅かにコチラを向いていた。眼鏡は何処かに行ったようで、細い目が僕を見ていた。
ヨダレの様に垂れる血。その口は笑っていた。
初めて三芳と会った日。
彼女は口だけ笑っていた。子供ながらにちょっと怖いと思ったのを覚えている。
小学校の入学式でもそう笑っていた。
中学の時も。
でも一緒に過ごす時間が増えるにつれ気付いたのだ。
本当に嬉しい時、彼女はこういう顔をするのだ。
なんで今そんな顔するの?
そして銃声がした。
2発。
髭面の頭から赤っぽい物が散り、そのままパタンと倒れた。
扉から目出し帽の二人組が入ってくる。
1人は渚の方に、もう1人はロン毛に拳銃を向けている。
渚の方は身長が低めに見えた。
「ま、まて!撃つな!降参だ!」
ロン毛は両手を上げているようだったが、2発の銃声がして静かになった。
二人組は部屋を見渡し、お互いを見る。
「こりゃ酷いな。」
背の高いほうが言った。
三芳の目は閉じられていた。
僕は視界がぐるぐる回って行くのを感じ、そこから何も分からなくなった。




