6.悪夢
気が付いた時、僕は椅子に座らされていた。
ここは何処だろう?
意識が朦朧としている。まだ視界もハッキリしないが、どうやら薄暗い部屋に居るようだ。
何やら話し声が聞こえる。
「…や…て」
渚の声だった。
意識が一気に覚醒する。
「渚!」
立ち上がって、そしてバランスを崩す。
手を着こうとしたが、前に出てこない。
そのまま倒れてしまった。
膝と、顔面を床に強打してしまった。
遅れてくる衝撃。ひざ裏にも痛みが走り、声にならない音が口元から出てきた。
後ろ手に縛られ、足首が椅子の脚に縛られていた様だ。
倒れた僕に、椅子が付いてきたのだった。
コートが脱がされていた様で、床と椅子の衝撃がモロに膝を直撃した。
「おぉ、派手にいったな。」
僕はまだ続く痛みを堪えながら、必死に声のする方へ顔を向ける。
何もない部屋だった。有るとすれば椅子とテーブル、そしてその上の電気ランタンくらいだ。
知らない男が二人見えた。ランタンの灯りに照らされている。手前の男が、倒れた僕を見て言ったようだ。短髪で、口元では髭が整えられている。
その男の奥にもう一人男がいた。コチラはロン毛に見えた。後ろで一つにまとめているような感じだ。
壁に寄りかかって座っているのだろうか?
「お友達にもよく見せてあげてよ。」
女の声だった。僕の右手側に居た。手元には何かを持っている。それがビデオカメラだと理解するのに少し時間が掛かった。
カメラ女に言われて髭面が移動する。
ロン毛の前、部屋の薄暗い照明に写し出されたのはもう1人の人物だった。
「渚…」
ブラウスの前は開けられ、殆ど裸だ。下半身はほぼ何も身につけていない。
右目の辺りは青く腫れ、鼻や口の辺りは血で汚れていた。
「お前もこうなるんだから、よく見とけよ。」
髭面が言った。
「ちょっと待ってなよ、直ぐ一緒にしてあげるからね。」
ロン毛は薄笑いを浮かべている。
「なんで…」
「人の男にちょっかい出して、タダで済むと思ったの?」
カメラ女はパスポートサイズのビデオカメラを構え直し、無表情で言う。
「ほら、続き始めちゃってよ。」
「あー、はいはい。」
そう言うと髭面は渚の前に屈み込み、前後に動き出した。
「やっば。こりゃ、お前の言うとおりだわ。」
何が起きているのか分からない。
ただ、ただ、僕の事を嫌悪感と恐怖が支配していた。
「お前は先ず俺の相手をしろ。」
僕は後ろから髪を掴まれ、椅子と一緒に起こされた。
「痛い!」
帯刀だった。前に回り込んで僕に正対する。
あの優しそうな面影は何処にもない。薄暗い照明のせいか、顔に恐ろしい影が出来ていた。
僕は目を逸らそうとしたが、自分の意思と関係なく身体が動いていた。
腹部に衝撃が走ったのだ。
前屈みに身体が折れ、胃液が逆流してくる。
口から胃液が出る前に、今度は右頬に衝撃が来た。
口の中まで来ていたものが左へ飛び散る。
「おっと!」
そのまま身体とが左へ倒れそうになるのを椅子の肘掛けに止められる。
帯刀が左手で反対の肘掛けを抑えていた。
「帯刀…くん。なんで…?」
僕はなんとか姿勢を立て直す。頬を叩かれたせいか呂律がまわらない。
「この間の空襲警報。あれで俺の弟がどうなったか知ってるか?」
僕は何も答えられない。直ぐに腹部に衝撃が来た。
「お高く止まりやがって。お前の親父のせいだろうが!」
また腹。
「お前の親父がだらしないせいで弟はな!」
3発目で意識が朦朧としてくる。
真っ直ぐ前を向くことすら出来ない。
「おい。まだ飛ぶんじゃねぇよ。」
意識が飛びそうな所、両頬に平手が飛んでくる。
「俺、やっぱお前嫌いだわ。」
帯刀は拳を握り直している。
「親のお陰で。とかさ、そんな事は言わねぇけどさ。お前、周りの人間見下してるだろ?」
そんな事は無い。そんなつもりなんて無い。
「なんだ?何にも言えねぇのかよ?」
口の中は酸味に加え鉄の味がしていた。
「お前、仲良しのな。松本。」
楓の事だ。
「アイツは前の戦争で母さん亡くしてるんだよ。」
僕は知らない。これまで、敢えて知ろうとしなかった事だ。
「以来職業軍人の親父と、2人暮らしだ。」
帯刀は僕の胸ぐらを掴む。
「コイツだってな。」
男達に囲まれた渚を指さす。
「父親が死んでる。以来弟たちを養う為、バイトしまくってる。」
それは僕も察していた。だが、敢えて触れて来なかったことだ。
「だから何?」
拳が左頬に飛んできた。
脳が揺れ、今度は右に倒れそうになる。帯刀が掴んだ胸ぐらに止められ、首も少しおかしくなった気がする。
色々とひどく痛む筈だが、今はもうそこまで感じなくなっている。
僕の中で、何かが切れた。
「僕だって母を亡くしてる。」
「あぁ、それで親父の綺麗な愛人に育てられて、さぞお前は不幸だろうな!」
これだから過去の話は嫌なんだ。だが、そんな事はもうどうでも良い。
「友達の過去なんて知らない。」
真っ直ぐ。帯刀見る。
「友達の家族の事も知らない。」
どうも、左目がよく見えなくなっているらしい。
「でもその友達を今、苦しめているのは誰だよ!?」
帯刀は睨み返して来るが、それ以上何もしてこなかった。
「何?そいつ。」
カメラ女が間に入ってきたのだ。僕の顔を覗き込んでくる。
「本当に不細工。あなたたち、今度はこっちにしなよ。」
よく見ればさっきの髭面とロン毛も直ぐ横に来ていた。
渚は視界の奥で動かなくなっていた。その目は虚ろで何処を見ているかも分からない。
どうしてこうなっちゃったんだろうな…
本当なら、渚と帯刀の関係を進展させる筈だった。
だけど、思いもしない方向に進んでしまった。
渚は襲われ、そして今度は自分だ。
帯刀は親父が悪いと言った。
そうだ、こうなったのも全部父のせいだ。
父がしっかりしていないのがいけないんだ。
普段から僕の事を放置して、仕事ばかり。
甘えさせてもらった記憶なんて殆ど無い。
あれ?
なんだろう?
父ってそんな悪い人かな?
僕は本当に何処かおかしくなってしまったのかも知れない。
アレだけ憎かった父が、今は憎くない。
寧ろその胸に飛び込みたいとすら思える。
ハルちゃん。
昔はよく、三芳に甘えたものだ。
母が亡くなってから、僕は暫く泣かなかった。
4歳では色々理解できない事が多かったのもあると思う。
他人である三芳に、甘えてはいけないと幼いなりに思っていた気もするが、そこはハッキリしない。
ただ、ある日僕は彼女の胸の中で泣いた。
思いっきり泣いた。
それからは僕にとって三芳が全てになったのだ。
気がつけば僕の拘束は解かれていた。
今は床に座らされている。
背後には誰かいて、僕の胸を制服の上から弄っている。
目の前には髭面。
その手はスカートの中に侵入してきていた。
髭面の左側ではカメラ女がレンズをこちらに向けている。
視界が遠くなり、髭面の背後に扉があるのが分かった。
ここがどんな建物なのか想像もつかないが、その扉は少し開いていた。
いや、ゆっくり開いていく所だった。
奥の暗がりから人の顔が浮かんでくる。
ランタンの灯りを反射する眼鏡。その奥に細い目が薄っすらと見えた。
三芳だった。




