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シケモク  作者: 桂朔
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4.麦飯

間もなく秋が終わる。元々、この地域は秋が短い。

僕はコートのポケットで、カイロを遊ばせながら登校した。

空襲警報から1カ月も経っていないが、既に殆どの学生がコートを羽織っていた。

誤報の原因は未だ発表されていなかった。

あの混乱で複数の負傷者が出たらしい。経済的な損失も結構あるらしく、ニュースはその話で持ちきりだった。

事件、事故両面を視野に調査中とのことだったが、様々な噂が飛び交っている。

中でも特に問題となっているのは、外国人によるテロ説だ。

ただでさえトラブルが多いこの国にとって、それは無視できない問題になりつつあった。

2日前、近所で事件があった。連邦系の母子が何者かに襲われ怪我をしたらしい。

そのちょっと前には皇国系の個人商店が強盗に遭っていた。

どちらも犯人はまだ捕まっていない。

皇国系とそれ以外とで、溝が深まっているらしい。この地域でこの状況なのだから、他の地域はもっと酷いのかもしれない。

そして何故か三芳は忙しいらしい。

住込みなのだが、僕専属と言うわけではない。

父の用事もこなす。腹立たしい事に、一応雇用主は父なのだ。

その割には父に対して反抗的だが…

しかしこの状況で、送迎どころか食事の用意も無いのは使用人としてどうなのだろう?

ふと気になり通りの反対に目をやる。何か見られているような?三芳だろうか?しかしそれらしき人影は見当たらない。

反対側の歩道も学生を含めそれなりの往来がある。目についたのは黒いパーカーにジーンズの男だった。

以前、公園で見かけた男だろうか?

気の所為かな?

別にこちらを伺っている様子はない。

昨夜、テレビで不愉快なものを観たので、少し神経質になっているのかもしれない。

僕は学校への足を速めた。



教室は和やかなムードだ。

期末試験も終わり、明日からは期間休みに入る。

皆休みの予定を話し合っていた。

僕達3人も例に漏れずその話だ。

「そっか、朱莉は部活かぁ。」

渚は机に突っ伏して言う。

「うん。渚もバイト、お疲れ様。」

「うーん。はぁ、期末ギリギリ補習無くて本当に良かったぁ。」

彼女はテストの有無に関係なく、シフトはいつも通りこなしていた。去年もそうだったので、家庭の事情とか色々あるのだろう。

しかし赤点補習も困る。休み中のシフトに影響するからだ。

睡眠時間を削って勉強したであろうことは想像に難しくない。

渚は普段から結構な頻度でバイトをしていた。そのうち過労死しないか心配だ。

「カラオケの為にも頑張らないと。」

そう言ってキリッと起き上がる渚。

以前、帯刀とカラオケに行く約束をしていたのを思い出す。

「楓はどうするの?」

「私は教練行くから。」

教練。正式には学徒教練と言う。学生の休み期間を対象とした軍事訓練だ。この国ならではの仕組みだ。

軍事訓練と言っても、そこまで厳しいものでは無い。

泊り込みではあるが、給金もしっかり出るのでバイト感覚で参加する学生も多かった。

「楓は偉いねぇ。」

渚はおばあちゃんの様に言った。

バイトと言うのと教練と言うのでは印象が全然変わってしまうから不思議だ。

「別に偉くなんてないよ。ただちょっと小遣いが欲しいだけ。」

楓は目を擦る。

「ねぇ、教練って大学生もくるんでしょ?」

「え。あ。うん。」

渚の問に、歯切れの悪い楓。

「カッコいい人も来るんじゃない?」

学科の成績は落第寸前だが、渚はこういう所に鋭い。

色々気が回る分、よく人を見ているのだろう。

「そう、だね。」

楓はと言うと、明らかに動揺している。

「確かに居るかも…」

僕の中の楓が崩壊していく。自分勝手な印象ではあるが。

「なんの話?」

気がつけば帯刀が居た。

「帯刀君!えっと…」

慌てる渚。

僕は突然、ある衝動に駆られた。

「渚の気になってる人の話だよね。」

これ以上、楓のイメージを崩してなるものか。

僕の勝手な都合で申し訳ないが、渚には生贄になってもらうことにした。

「え!?ちょっと!?」

「そうそう。確か、クラスの…」

そして素早く立て直す楓。先程とは完全に形勢逆転だ。実に面白い。

「それは気になるなぁ。」

帯刀も流れに乗る。爽やかな笑顔が似合う男だ。

「そしたらさ、この後皆でカラオケ行こうよ。期末のお疲れ会!」

僕は渚の顔が僅かに歪むのを見た。それは、気をつけて見ていなければ見逃しそうなものだった。

「え。なんか不味かった?」

帯刀は雰囲気を察した様だ。

この男がモテる理由。ただ家柄とか顔とかが良いだけでは無さそうだ。

「ごめん、この後バイト入ってるんだ…」

渚の表情がどんどん曇っていく。目も何処を見ているのか分からない。

僕は流石に居た堪れなくなって、帯刀の事を肘で小突いた。

後は任せた。

我ながら勝手だ。

「あ、あぁ。そ、そしたら明日はどうかな?」

「明日もバイト…」

渚はバイトのやり過ぎだと思う。本当に。

コレでは逆に帯刀が可哀想だ。何とも言えない表情をしている。

そんな目でこっちを見るな!

「渚、明日のバイト、2時にアガリだったよね?」

楓が言った。

「え…」

渚はキョトンと楓を見ている。

「帯刀君は2時、どう?」

「俺は構わないけど。」

帯刀は何かを察しているようだが、口にすることはなさそうだ。

「そしたら渚と朱莉とで行ってきなよ!私は教練で行けないけど。」

楓は不敵に笑みを浮かべている。

なるほど。

渚と帯刀が約束をしてから既に1カ月を過ぎている。

話を聞いて盛り上がったは良いが、それから一切の進展が無い。

モヤモヤしていたのは楓も一緒だったらしい。

「帯刀君、ちょっといいかな?」

誰かが帯刀を呼ぶ。

「じゃあ帯刀君、明日の2時に駅前広場に集合ね!また!」

「あ、あぁ!」

こうして僕は楓からのパスを受け取る事にした。

「渚が来なかったら、僕と帯刀君で行ってくるよ。」

帯刀が去った後、僕はニヤリと言った。

「絶対ダメ!」



「勝手に酷いよぉ」

普段着にエプロン姿の渚は言った。

今日も家に三芳の姿はなかったので、渚のバイト先に僕は来ていた。

カウンター席とテーブル席、そして座敷にテーブルが2つ。

僕は一人なのでカウンターに付いている。

ここは所謂、個人経営の定食屋だ。

皇国系の夫婦がやっていて、店主こと大将は奥さんに内緒でたまにオマケを付けてくれる。

そして奥さんは今外出していた。

「生姜焼き定食お願いします。」

「ちょっとぉ。話聞いてよ。」

そう言いながらも、渚はメニューを取っている。

「早上がりしていいって言われたから良かったけどさ。」

何やらブツブツ言いながらレジの方へ向かって行った。

他の客が会計に席を立った様だ。

渚は何だかんだで周り、特に人の動きをよく見ている。

こういうバイトを多くこなしているからそうなったのか、それとも生まれ持った才能なのか。

もしくはその両方なのかもしれない。

先程の客、何やら紙切れを渚に渡した様に見えたが気にしない事にした。

まだ早い時間と言うこともあり、店内の客は疎らだ。

もしかしたら、最近の事件の影響もあるのかもしれない。

店の片隅ではテレビが点けられていて、その近く席では髪も疎らなサラリーマンが定食の麦飯をかき込んでいた。

テレビは相変わらずきな臭い話題が多かった。

南の港町で喧嘩が暴動に発展したとか言っている。

「この所本当に物騒だねぇ。」

五十路を過ぎた大将が言う。

「若い子が怪我したり何だっての聞くと、どうしても、な。」

独り言の様に漏らす大将。その手はゴツゴツのした見た目とは裏腹に、滑らかに動く。

僕はそんな大将の手を見るのが好きだった。

「朱莉ちゃんも気をつけるんだよ?」

「はい、気をつけます。」

何をどう気をつけたらいいのか分からないが。

「でも、大将のご飯は食べに来ますね!」

「お、嬉しいこと言ってくれるね!」

そう言うと大将はカウンター越しに小鉢を差し出す。

こういう時は相手を持ち上げるに限る。

「これ、オマケね!」

「やった!ありがとう!」

小鉢を受け取ると、もつ煮だった。

「これ食べて待っててな!」

そう言って大将はカウンターに背を向けコンロに火を入れる。

もつが苦手だったのは秘密にしておこう。

良かれと思っての行動が裏目に出ることは多い。

それはどこの世界でも一緒なのだ。

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