3.傷跡
「ご迷惑をおかけしました。」
迎えに来た三芳が、まず何をしたかと言えば店主への謝罪だった。
彼女はいつものスーツっぽい服を着ている。
「いえ、むしろ色々手伝ってもらってしまい、申し訳ないくらいです。」
店主は本当に申し訳なさそうに言う。
2人共細身だが、身長は坪崎の方が5センチ程高い。同じ位の年齢だろうか?
三芳はそこで店内に目をやった。
結局退役軍人の店員は戻らなかった。
どうやら例の客を送ることになったらしい。店主が電話を受けていた。
お陰で彼が倒したテーブルを店主と2人で戻す事になった。
想像よりかなり重く、思わぬ重労働になってしまった。
あれを女性1人で元に戻すのは難しかったろう。
「そうでしたか。」
三芳は僕を見る。
何もそんな目を細めて見なくてもいいと思う。
ただでさえ、開いているか開いてないか分からないと言うのに。
店主は目を右へ左へと回す。
「何かありましたら、遠慮なくこちらへご連絡ください。」
そう言うと三芳は金属のカードケースから名刺を取り出す。
店主はそれを慣れない感じで受け取る。
「朱莉さん、帰りましょうか。」
「お世話になりました!」
最後に一礼して店を出る。
外に出ると、もう辺りは薄暗くなっていた。
車は公園の駐車場に停めていた。三芳はそそくさと運転席に乗り込み、僕は後部座席に乗り込む。
使用人と言っても召使いではない。どちらかと言えば家政婦に近いだろうか?
なのでドアを開けるとか、そう言った類のことはしない。
車も国産の小さなセダンだ。
別に高級車と言うわけではない。
有り触れた車だ。
これでお嬢様とは言えないだろう。
三芳も僕のことを、「お嬢様」とは絶対呼ばない。僕も、普段は彼女の事はハルちゃんと呼んでいる。
小さい頃からそう呼んでいるのだ。そう簡単に変えられない。
「今日の件で、今後トラブルが予想されるみたい。」
帰りの車中、三芳が口を開く。
「友達と遊ぶな。とは言わないけど、しばらく交友は控えた方が良いかもね。」
三芳も普段はこの喋り方だ。敬語なんて使わない。
「そうなの?」
「うん。武重さんからそう言われた。」
武重。僕の父である。
「こういう時だけ父親するんだから…」
最後に顔を合わせたのは、もう何ヶ月前だったか…
「朱莉さん。お父さんも好きで帰らない訳じゃないのよ?」
「分かってるけどさぁ。」
別に会いたいとか思っている訳ではない。
ただ何故か父の事となると苛立つのだ。
僕は左腕を触っていることに気づき、そっと右手を放した。
窓の外は既に暗くなっている。
視界の右から左へ、街並みが抜けていく。
こういう時の三芳はまるで母親の様である。
父と三芳は、昔から知り合いらしい。
母は3つ前の戦争で死んだ。
多忙だった父は、まだ小さかった僕の為三芳を招き入れた。
そこから僕と三芳との生活が始まった。
そして何年か前、僕は父と三芳との関係が気になって仕方ない時期があった。
その頃は事あるごとに噛み付いて、三芳を散々困らせた。
結果的に、父と夜の関係は無さそうだった。
何をどう探っても証拠は出てこなかったし、ある日喧嘩した後漏らした言葉が僕を納得させた。
それ以来、私は僕になった。
三芳は最初難色を示したが、落ち着いた僕を見てそれ以上触れなくなった。
そう言えばあの店主、坪崎さんの事が気になった。
彼女はどこか寂しげな雰囲気がする人だった。
17歳の僕は3回、戦争を体験している。
彼女の年齢は分からないが、どんな人生を歩んできたのだろうか?
僕は左前腕を握りしめた。
退役軍人の店員はどうだ?
あの傷は結構な修羅場を潜ってきたように思えた。
そもそも勝手に退役軍人だと決めつけているが、本当に元軍人だろうか?
確かに体つきや態度からそう思えるが、ひょっとしたらまた僕の勘違いで、あれらの傷はまったく別の物かもしれない。
やめよう。
人の事を詮索しても良いことなんてない。
僕は家に着くまで目を閉じる事にした。
この国は無数の島々を国土としている。
海に囲まれ、西は大陸の連邦。南は同じ島国の皇国。大洋を挟んで東に合衆国がある。
周辺国との関係は良いとは言えず、ここ数十年で四度戦争が起きている。
僕が生まれた時も、西の連邦と戦争中だった。幸いにも僕の記憶にはないが。
その後もう一度連邦との戦争があり、こちらは僕の記憶に刻まれている。
その時に僕の母は死んだ。僕のことを庇って死んだのだ。
その時負った傷跡が左腕に残っていて、何かあるとつい触ってしまう。
身体的な痛みはもう無いのだが。
その後、南の皇国との戦争があった。
これは期間こそ短いものだったが、この国の多くの人間にとって衝撃的なものであり、苦難の戦争だった。
なにせこの国の半数を超える人間が、元をたどれば皇国の血を引く者達だ。
更には首都が南に在った事で、政治機能が一時麻痺する程だった。
そこから間髪入れずまた連邦との戦争が起きた。
他の戦争は長くても一年程度で終わっていたが、最後の戦争は約三年続いた。
その時は、今いるこの場所も戦場になった。
復興はかなり進んでいるが、町には激戦の跡がまだ残っている。
この国は疲弊している。
心身共に、満身創痍と言っても良いくらいに。
そんなこの国。共和国を度々救ったのは外人部隊だった。
国力、人口共に周辺国には及ばない小国だが、幸いにも地下資源には恵まれた。
ある意味ではそれが災いともなっているのだが、資金があることで一定の兵力を確保出来ていた。
彼らが居なければこの国は地図上から消えていただろう。
手放しに有難い存在とは言い難いが、それがこの国を取り巻く環境だ。




