1.時を経て
灰緑色の飛行機が低空を飛ぶ。
僕は生憎詳しくないのだが、プロペラ機だ。
この国で一番多い戦闘機かもしれない。
それくらいよく見る機種だった。
あれからどのくらい経っただろうか?
短く刈り上げた髪がバサつく。
低空といっても、戦闘機のせいではない。
ただ、ちょっと風が吹いただけだ。
大きな公園の入口では、複数の散歩人とすれ違った。
この所雨が続いていた事もあり、今日の陽気はとても心地良かった。
普段なら部活をしている時間だが、この所道場が工事で使えない。顧問も何やら忙しいらしく、しばらく休みが続いていた。
ふと視線を感じる。
黒いジャージパンツにグレーパーカーの男。ご丁寧にフードまで被っている。
ランニングだろうか?
駐車場脇の水飲み場で水を飲んでいた。小柄だが、独特の雰囲気の男だった。
少し東に行ったところに軍の基地がある。そこの人間なのかもしれない。
視線を感じはしたが、気の所為だろう。
もしかしたら、僕の着ている制服に汚れでも付いているのかもしれない。
公園の入口から直ぐの所で、目的地に到着した。
そこは古びたカフェで、友人の渚につい先日教えてもらった場所だ。
入口の左右にはテラスがあり、小さなテーブルが並べられている。何組かが利用していた。
普段、こういう場所には来ない。
僕は胸の高鳴りを抑えるように店内へ入った。
「あ、朱莉!」
店内へ入ると直ぐに声をかけられた。
顔馴染みが2人。
僕は手を振って応える。
友人の渚はポニーテールを揺らす。喜びを表現しているようで、女の僕目線だと子犬のようで可愛い。隣の席を引き、僕の居場所を整えてくれた。
「話してたお勧め頼んでるんだけど、朱莉も同じのでいい?」
「うん!」
渚は本当によく気が利く娘だ。
お冷を運ぶ店員に、手早く追加注文を伝えた。
きっと結婚したら、良いお嫁さんになるだろうなと思う。
僕は一先ず運ばれたお冷を一口。
もう秋口だが、それなりの距離を歩いたのもあり喉が渇いていた。
一息ついて、店内を見渡す。
内装は木目を基調として落ち着いた雰囲気だった。
カウンターでは女性店員がエスプレッソマシンを操作していて、その傍らで隣国の音楽が控え目に聴こえてくる。何というか、この店の雰囲気にピッタリだった。
「良いところだね。」
「でしょ?」
向かいに座る楓が言う。
コチラは渚と違い、クールな印象だ。あくまで印象。別に笑わないとかそういうのではない。長身で細身だが、程よく筋肉質で健康的な身体つきをしている。大人びたその顔立ちで、肩に掛からないくらいの髪をかき上げる仕草がそう見えるのだ。完全に個人的な見解だ。
「楓が見つけたの?」
「見つけたっていうか…」
楓は左手を耳元にやる。
「家、こっちの方でさ。この公園、よく走りに来るんだよね。」
「あぁ、なるほどー。」
「流石、お嬢様は違いますなぁ」
渚が茶々を入れる。
「やめてよー。そんな事言ったら、朱莉の方が…」
楓はそう言って僕を見る。
「そうだよね!使用人って言ってたけど…私、使用人が居るお家なんて初めて行ったよ!」
僕の家には使用人がいて、名を三芳という。
父は多忙で家を空けることが多い。母がいない僕にとっては、母親みたいな存在だった。
「三芳さんは何ていうか、ほら。親が家空けることが多いから!家自体は至って普通だったでしょ?」
母が居ないことは誤魔化す。
今のご時世、片親というのは珍しい事ではない。
それを言ったところであまり意味も無いし、なによりそういう事は話さない風潮があった。
「そうかな?結構立派な家だったと思うけど。」
大げさである。
確かに門があり、庭付きではあるが。
そういえばこの間の勉強会、2人共どこか落ち着かない様子だったのを思い出す。
男の子の話が始まって直ぐにいつもの雰囲気に戻ったが。
「そういえばさ。帯刀君はどうなったの?」
思い出した話題の男の子だ。
「あ、その話?」
渚が恥ずかしそうに顔を背ける。
帯刀君とは、クラスで人気の男の子だ。
文武両道で身長も高く、優しげな顔立ちをしていて実際優しい。
おまけに名家の長男らしく、かなりの高倍率物件だ。
渚が2人きりで話す機会があったらしく、この間の勉強会はその話で持ちきりになってしまっていた。
「それがさ!カラオケ誘われたんだって!」
あのクールな楓が興奮気味に言う。
「おぉ!凄いじゃん!!」
「今度、皆で…どうかな?」
渚は俯きながら小さくなる。
何処に断る理由があるだろうか!
いや、あるにはある。しかし場の空気というものは大切だ。
僕はそっと心の戸を半分閉めた。
「失礼します。」
気がつけば店員が3人のテーブル前にいた。
静かにカップを置いていく。
その手には古傷が刻まれていた。
左目の脇にも小さな傷。右耳には穴も空いていた。
年齢を考えれば店主だろうか?
「少しばかり、声のトーンを落としていただければと思います。」
店主は言う。
「すみません。」
「いえ、ごゆっくりどうぞ。」
店主がその言葉を言い終えるか終えないか、その瞬間。店内にいた者、いや。この地域全域の人間の動きが止まった。
「空襲警報だ!」




