第4話 カイン&ユルリカ
「もう少し我慢していてくださいね!!」
その言葉が聞こえなくなってから何時間経ったのか、俺は目を覚ました。見慣れない光景。ふかふかで気持ちの良いベッド。クソおっさんの家とはまるきり違う。
「いや、ここどこだよ!! 確か穢れと戦って……そっからが思い出せねぇ」
ぶつぶつと独り言を漏らしていると、遠くからコツコツと足音が聞こえてきた。「なんだ?」と身構えるとドアが動いた。
「様子はどうですか? まだ起きませ――」
「うわああああ!!」
「きゃあああ!! いきなりどうしたんですか!?!?」
叫びの連鎖。なぜ驚いたのかは自分でも分からねぇ。短い艶がかった金髪に、濃い青色の目、このあたりではあまり見ねぇ身なりの少女が立っていた。戦ってた時に見たっけな。
「に、人間? 何でここに人間が……」
眉間に皺を寄せた顔で、俺は考え込んだ。
「そりゃあ、私の家ですから!!! 当ったり前じゃないですか!!!」
ポカン、とした様子な俺に少女は口を緩めた。
「あなたが私を助けようとして、穢れと戦って、えっと、それで、無事勝利? だったんですけど倒れちゃったみたいで。私がここに連れてきました!!!」
寝起きだからか、頭が働いてねぇ。何が起きているのか、何の話をしているのか。
「姉ちゃん……俺の腕見てないのか?」
毎度お決まりの確認をすると少女は、
「私には最っ高に可愛い名前があるんですよー? 聞いてください、ユルリカ・ガルシアン」
ユルリカは腕の話を差し置いてまで自己紹介を始めるほどのマイペースちゃんか。でも聞いてて気分は悪くねぇ。
「そんな曲名みてぇに……。俺はカインだ。よろしくな! 助けてくれてサンキュ! で、腕は?」
ユルリカはてへっとした顔をして続けた。
「見ましたよもちろん! 私を救ってくれたとてもかっこいい腕!」
俺は「だよな、じゃあ世話になったぜ」と言い出ていこうとしたが、耳を疑う発言に足を止めた。動かなかったんだ。
「俺の腕が、かっこいい……? 穢れた血が流れてる俺の腕……?」
「はい、そうです! カインくんの! 穢れた血とかよく分からないこと言ってましたけど、私を助けてくれた人が穢れているわけないじゃないですか!!」
自然と腕で顔を拭っちまった。クソ、なんだよこれ。最近どうしちまったんだ。
「ちょ、ちょっと、泣いてるんですか!? 何でいきなり!!」
「な、泣いてねーよバカ!! ちょっと疲れただけだっての」
失うものが何一つとない俺は、今まであったことのすべてをユルリカに話した。すべてとは言ってもぐちゃぐちゃな言葉。伝わったかどうかは怪しいところ。
「ぞ、ぞんなことがあったんですね、私だったら耐えられませんよ」
伝わっていた。さっきまで「泣いてるんですか!?」と言っていた人とは思えないほど、泣きそうなくせして必死に抑えようとしているような顔。なのになぜか見てしまう。
「じゃ、じゃあ今は何もないんですか? 食料も住居も」
「まあそんな感じだ。でも別に困っちゃねーよ」
厳密にいうと家はある。勝手に自分のものにしただけだが持ち主が帰ってこねぇなら俺のもんだ。
「いやいややっぱ今のなし! 食いもんには死ぬほど困ってる! もう丸二日飲みも食いもしてねぇ!!」
その言葉を聞いたユルリカはニヤり、と笑い俺を見つめた。勝手に視線がユルリカに向いちまう。俺は視線を窓の外にある街灯に逸らした。
「そうそう、その言葉を待ってたんですよ! 最初から素直になっちゃえばいいのに」
ユルリカは「ジャーン!」とベッドの下に隠していた食事……らしきものを取り出して見せた。
俺は「なんだこれ、真っ黒だぞ」と言おうとしてはやめ、を繰り返した。せっかくの食事であろうものを逃すわけにはいかねぇ。背に腹は代えられなかった。
「これは、俺が食べても良いのか? 良いってことだよな」
ユルリカは豪快に首を縦に振った。その途端、俺は血に飢えた獣であるかのように食事を貪った。ジャリジャリしているところもあったが、食べれないほどではねぇ。
「ひっさしぶりだな、俺の食事!! お帰り、俺の食事」
久々の食事を堪能すると、さっさと帰る準備を進めた。
「どこへ行こうとしているのです? カインくんは一文無しですよね……?」
「家はあんだよ、だから帰る準備をしてるってわけ。俺何となくふらふらしてたら着けっから」
そう言い残して出ていこうとすると、左手に違和感を覚えた。温かくしなやかな感覚。そして引っ張っても前に進めないという謎。ユルリカが俺の腕をつかんでいた。
「なにしてんだよ。もしかして代金支払わねーといけなかったか、やっぱ!?」
初めに気にするのはまずは腕と金だ。
「何言ってるんですか? 今日からあなたの家はここですよ? 家出はメっ! です!!」
俺の意識は何処へ、といったまでの上の空感。
「それは俺がここに住んで良いってことか? 金ないぞ? あいにく臓器を売る趣味も持ち合わせてねー」
そもそも俺の臓器が欲しいやつなんていねぇだろうけど。
「そんなんじゃないです!! 私としても困ってる人を見捨てたくないですし、命のお返しがごはんとベッドだけなんて……」
ここは「気にしなくてよかったんだけどな」と言いたいところだが正直、毎日食住があるのはありがてぇ。
「じゃあお言葉に甘えさせてもらうとすっかな!」
ユルリカは満足そうにうなずいた。
「今日からよろしくお願いしますね! カインくん!」
俺はニカッと笑い、返事をした。
「おう! よろしくな!! あと敬語はやめてくんねぇかな、多分同い年くらいだろ」
「わかった! しっかり休んでね!」
会話を終えると、ユルリカは俺の部屋を後にした。
「さぁて、穢喰とか穢れとかについておさらいをしねぇとな、前はまずったからな」
そこらへんにあったノートとペンを勝手に拝借し、まとめた。
①穢喰には上限があるのか? (可能性は高ぇ)
②穢喰は属性持ちには効かねぇ? (多分ねぇ)
③穢れは鼻が弱点? (これは立証済みだ)
④あんな炎受けてほぼ無傷な俺って無敵? (確定)
俺はまとめ終わると「まあ、こんなところだろ」と、静かに目を瞑った。
「なんで、なんでなんでなんでよ、やめてよ、嫌だ、こんなところで……」
周りには数体の穢れ。状況は絶望的。
「……愛しているわ。また会いましょう。来世でも、いつでも」と言われた気がした。実際は分からねぇ。でもそう聞こえた。
穢れを前に、前の夢で見た彼女は死んだ。




