七十三話 チェックイン
「ちょっとアーサさん?」
「さぁ、早く行きましょ?」
彼は左手でうなじの辺りをかきながら、車に乗り込んだ。
目の前の暗闇に淡い白黄色の明かりが現れる。
方向指示機の音がカッチン、カッチン、カッチンと車内に響く。
わたしの耳には、幼子が奏でる、カスタネットのように軽やかに無邪気に、そして何より嬉しそうに、…そんな風に聞こえた。
「…買い物はどうしますか?」
「えっ、あっ?大丈夫よ…シャボン玉は…お風呂で作ればいいかなぁ…」
「シャボン玉?」
「いいの何でもないの!あれっ?その角曲がらないの?」
彼の車はホテル街とは違う方に走り出していた。
「折角だから、ゆっくり休みませんか?」
「はっ?」
わたしは彼の言葉に一瞬我を忘れてって…心臓の鼓動が速くなったていた。
そして車がついた先は、幹線道路沿いの小綺麗なビジネスホテルだった。
「えっ?ちょっと何でルートアウトな訳?」
「えっとその…車で暖簾をくぐるような所って、あんまり…その行ったことがなくって…」
「だからって…まさか…」
「結構朝食美味しいんですよ」
「あっそっ…ついでにわたしを朝まで食べてみる?」
わたしはわざとらしく、強がって彼に言った。
「えっと、…いただきます…」
「はっ…そりゃ…どうも…」
思わぬ彼の言葉に、わたしのほうが動揺してしまった。
「行きましょ」
わたしは、彼に動揺しているのを悟られたくなくて、速足でホテルのフロントに向かった。
「いらっしゃいませ」
「予約はしてないんですけど…一泊出来ますか?」
「はい、ダブルならございますが」
「シン、痛」
「新婚旅行みたいね」
わたしは、彼がシングルを頼もうとしたので、咄嗟に彼の足を踏んでいた。
「新婚?」
「たまには良いじゃない…ツインの空きがないみたいだし…」
「はぁ…」
彼は渋々、カウンターの上のペンを取ってフルネームを書いた。
わたしは、何の気なしに下の名前だけを書いてカウンターにペンを戻した。




