六十四話 車に乗って
わたしは彼の車の助手席に腰を下ろした。
「別々の車で行くのも面倒だから…隣に乗っても良いかしら?」
私は彼の了承をもらうより先にシートベルトを締めてた。
もう、座ってしまったのだから、彼も反対はしないはずだけれど…
でも、いきなり異性の車に乗り込むなんて、尻が軽いとか、…
それとも、AV女優的には股のユルいとか…
それとも…シートベルトを締めた姿から…拘束的な想像や…
もしくは、このまま何処かに連れていかれて、大空の下で大地の上で想いのままに…
なんて考えすぎだろうか?
それより、AV 女優が助手席に座ったら迷惑かしら?
ただ、一緒に買い物に行くだけなのに、不安感…のような先走った期待が私の体を硬直させる。
「…さん、アーサさん?」
「はっ?はい?」
「さっきから呼んでいるんですけど返事がなくて…狭くないですか?無理してませんか?」
彼は心配そうに私を見た。
私は彼に微笑んで見せた。
とりあえず私に助手席に座る権利がある事に安堵した。
そして、心の奥で嬉しさを噛み締めた。
「とっても快適ですよ」
「ならよかった…で、何処に向かいますか?」
私としてはこのまま地の果てまで行ってしまっても構わないのだけど…とりあえずコンビニより僅かに100円ショップの方が遠い事を思い出した。
「100円ショップまでって…なんだかタクシーみたいね…」
私は思いきりの笑顔を彼に向けた。
私の彼に対する思いが少しでも伝わるように…
もし、この笑顔で彼が勘違いをしてしまっても、その時は…
彼に身を預けるても構わないから…
でも、いま私、タクシーみたいとか言っちゃったから、…しかも、会心の笑顔で…
都合のいい運転手を手に入れて、機嫌が良くなった女王様気取りの女なんて思われていたら…どうしよう。
周りの人が、私の事をどう評価しようと構わないとは思っていても、彼が私をどんなふうに評価しているかは、やはり気になるところだった。
私にやさしいキスをしてくれた彼は私の事を好意的に思っているのは確かなんだけれど…それって、あさみの私だろうか?それとも聡美の私だろうか?あるいは両方か?
そんな事を考えていたら、呆気なく車は目的地に着いてしまった。
私は折角二人きりになれたというのに、その時間を味わう事なく無駄にしてしまった。
「アーサさん着きましたよ。」
「ごめんなさい…スーパーマーケットに行きませんか?」
「えっ?」
「気が変わったの…ダメかしら?」
私は彼を試すようにそう言った。
「スーパーマーケットですね」
「鳥のマークのお店がいいかな…お願いできるかしら?」
「はい…」
彼は少し不思議そうな顔をしながら、ハンドルを握り直した。
車に乗る直前までは早苗との思い出を思い出して、懐かしさと、早苗みたいに彼と仲良くなりたくて、彼と二人でシャボン玉をしたくなったのだけど…
今、私が本当に欲しいものは、シャボン玉ではなくて、彼と純粋に二人きりになれる時間なんだということに気がついた。
だから、私は彼にスーパーマーケットに行くようにお願いした。
スーパーマーケットの屋上駐車場…今にも飛び立ちそうな鳥の看板のあるお気に入りの場所…
滅多な事では人は来ない、あの場所ならきっと、彼と二人きりで居られるだろうから…
彼が私の買い物に付き合ってくれている今なら、何の疑いもなく、スーパーマーケットに向かう事が出来るから…
私は彼が運転する姿を横目で見ながら、そんな事を思っていた。




