六十三話 くしゃみ
「ひゃっ!」
早苗が軽い悲鳴のような声をあげた。
「なななななにをするんですか?唐突に突然にいきなり!…」
彼女は一瞬固まって、あたふたとした後、赤面しながら早口に抗議するかのように言葉を並べる。
しかし、今の私には彼女のそんな言葉も、すり寄ってくる子犬のなき声のようにしか感じられなかった。
「うぁ…面白…それ!…ふ~」
だからついつい悪戯心に火がついてさらに彼女の胸元にシャボン玉攻撃をして行く。
「ややや止めてくださいって!こんな子供じみたことって言うか、今時のこどもだって…」
「問答無用!ふ~」
「あ~も~服が…」
「じゃ、脱いじゃえば、そうよ!脱ぎ脱ぎしよう」
「ちょっちょっとやめ止めてください!やめやめやっや…やめ~」
私はまるで追い剥ぎのように、早苗の衣装を奪い取っていった。
「演技か本気か知らないけど、可愛いわよ!」
言葉は精一杯の抗議的な感じだった。
でも、言葉とは裏腹に態度は従順で、まるで母親に服を脱がされている幼児のような感じだった。
「へ変態…へへへへっくちっ」
私は早苗との思い出に想いを巡らせていた。
「…くしゃみが可愛いかったなぁ…」
だから、ついそんな言葉が自然にこぼれ落ちてしまった。
「はい?くしゃみですか?」
「何でもないの!ちょっと、…付き合ってくれませんか?」
「へっ!えっ?すいませんこっこ心の準備が…」
「近くのコンビニ迄なんですけど…」
「えっ?あっ、コンビニですか…」
「コンビニ嫌いですか?」
彼の表情が困惑から喜びに、そして何処か少し寂しそうな顔になったような気がした。
私は彼がもしかしたらコンビニ恐怖症ではないかと思い別の提案をしてみることにした。
「100円ショップでもいいんですけど…」
そう言って私は彼の顔色をうかがった。
「どちらでもかまいませんが…」
少し戸惑い気味な声が私の耳に届いた。
「コンビニも100円ショップも嫌いですか?」
読みきれない彼の心を探るように、私は彼の顔をじっと見た。
すると、彼は右手を顔の前で左右に振って苦笑いを浮かべた。
「いや…そういう訳では無くて…ただ、何て言うか…ふに落ちたと言うか、やっぱりな、と…」
彼は爽やかな笑顔を私に向けた。
「何?もしかして何か期待させてしまったかしら?」
私はふと、早苗から貰ったポイントカードの事を思い出した。
彼に有らぬ期待をさせてしまったかと思い私は慌てて謝罪した。
「あっ!あのカードの事ですか?…えっと、あの、ごめんなさい」
自分でも顔が熱くなっているのを感じた。
「納得しただけです」
彼は落ち着いた声で、ノミの心臓くん?とは思えぬ、紳士的な態度で私を見た。
私の中での彼の評価は僅かながら上がり始めていた。
ふと、そよ風が吹く。
私たちの間を一瞬冷たい大気が通り過ぎていった。




