五十八話 キャベツは恋のはじまり?
足の傷まだ完治せず…
仕方なく自宅待機なってしまって…
仕事が溜まっていくのが怖いです。
「私の幸せは先輩が…」
「まって!」
私は急いで早苗の言葉を断った。
潤んだ瞳で私を見る早苗の表情は王子様に恋する乙女の様で…
これ以上の親密すぎる関係は、…
嬉しいような…迷惑なような…
私の気持ちを知ってか知らずか、早苗は微笑んで…
その笑顔が、可愛らしくて、ほおっておけなくて…
ちょっと、抱きしめたい衝動に駆られた。
一歩前に出そうになる右足にグッと力を込めて、私は踏みとどまった。
「大した怪我でもないし、私、幸せだし…それよりも、早苗が幸せになってくれる方が、嬉しいかな」
何とも言えない空気が漂って、ちょっと気まずい雰囲気の中、私は早苗に微笑んだ。
「先輩」
素早い彼女の動きに逃げることもできず、…
早苗は、ぎゅっと私の事を抱きしめた。
いくら影が薄いとはいえ、彼(未定)の前でこんな展開は少々問題があると思い早苗に声をかけた。
「ちょ…あぁ、もういいか…早苗はいつまでたっても早苗だしね…でも、ちょっと落ちついてね…」
ただ、こんな彼女の素直すぎる性格も私は好きなので、曖昧な言葉になってしまった。
「あっ、ご、めんなさい…」
慌てて彼女が離れると、私の身体は自由になり、同時に彼女の温もりが消えていった。
一瞬の静寂の後、
「私…帰ります、ね」
そう言って、店の扉が開く、黄色いナンバーの付いた古びた赤い小さなジープが見えた。
未開の地でも走って来たのか、泥だらけのそれに早苗は乗り込んで…そして去って行った。
何だか見てはいけないものを見てしまった感覚に襲われた。
「早苗どこ走って来たのよ…」
「大事な車を泥だらけにして、余程あさみちゃんが心配だったのね」
「え、…?」
突然の声に私が振り向くと、何故か左手にキャベツ右手に白いヘルメットを持ったママが立っていた。
「ママ…どこ行ってたの?」
「見れば分かるでしょ?ちょと買い出し…」
「キャベツだけ買いに?」
「キャベツ結構使うのよ…」
わざとらしいママの声に何か裏がある様な気がするんだけど…
カラン…
「コーヒーとサラダくれや」
突然、農家のおじさんが店に入ってきた。
しかも、長靴で…更にズボンの大切なところのファスナーが半分開いていた。
「すいません、今休憩……あ、先程はありがとうございます」
「早速食べに来ちまったけど…休みなら帰るか」
「いえ、どうぞどうぞ、そちらのお客さんも今帰られるみたいですから、休憩と言ったもいつも休憩中みたいなものですから、ゆっくりしていってください」
「そうか」
農家のおじさんは私に目もくれず私の隣の席にドンと座った。
デリカシーの無いおじさんだと思ったが、彼はママの正面にただ座りたかったようで…
その証拠におじさんは、少年のような瞳でママを見ていた
「ケンジさんあさみをよろしくね」
「はい」
「ママ…私たちはまだ…もう…御馳走様」
色々と言いたかったのだけれど、ママとおじさんを見ていたら何となくここに居てはいけない気がしてきた。
私は彼(未定)と一緒に店を出た。
「さっきは、びっくりした!うちの畑の脇を暴走する車にも驚いたけど、突然『美味しそうなキャベツですね』って声掛けられてよ」
「美味しそうに見えましたのでつい…」
「いいって、別嬪さんに声かけられたら、答えるのが男の義務みたいなもんだかんな」
楽しそうな二人の声が店の外まで聞こえていた。




