52/93
五十二話 期待
「別に口にくわえなくたって…」
そんな彼の言葉が聞こえた。
次の瞬間…私の頬に柔らかく、ざらついた彼の唇が触れた…
「えっ…」
私は少し拍子抜けて…思わず眼を開けた…
そこには、控え目に此方を見ている彼の姿があった…
「ほほじゃなくてこっち…」
そう言いながら、私は人差し指で自分の唇を指差した。
ついでに、少しだけ顔を傾げて見せた。
「いいの?」
「いいの!」
私は彼の言葉に間髪入れずにこたえていた。
「本当に?」
「本当に!」
彼の両手が私の両頬を包み込んだ。
私は両目を瞑り、彼の口づけをじっと待った…
でも…いつまでたっても唇には何の感触もなかった…
「やっぱり…無理…」
そんな彼の声が聞こえてきた…
思わず私は眼を開いた。
「えっ?…さっきしてくれたじゃない…私の事嫌い…」
「嫌いとか好きとかじゃなくて…緊張して」
「そう…」
ちょっと期待した自分が馬鹿だった。
「ごめん…」
「別に謝る事じゃないし…謝って欲しくないし…」
「ほんと…ごめ」
「だから、謝らないでよ!」
「いきなりするんだもの…勘違いしちゃうじゃない…」
「…勘違い?」
「私の事好きなんじゃないかなぁって」
「うん…」
「ぅん?何のうんなわけ?」
「いやだから…」
「ハッキリ言ってよ!」
「す…すき…です」
「そう…好きなんだ…すき…好き…ほんと?」
私の声は、上ずっていた。




