五十話 もう一回
私は薄目を開けた状態で、顎をほんの少し前につき出すように上にあげる。
数ミリだけど…彼との距離が縮んだ気がする。
でも…これ以上近づく事は、難しい…
すると、彼の指が苺をつまみ上げた。
彼の顔が急に近づいて来る。
何もなくなった私の唇に柔らかく温かいものが触れる。
私はそれが何か直ぐに分かった…
私はそのまま動かなかった…動けなかった…
ただ彼の体温を感じ…唇の感触を与えられるがままに感じていた。
ほんの二、三秒の出来事…
離れていく唇が名残惜しく感じる。
その気持ちを知ってか知らずか、彼は私の唇に苺をのせた…
私はそれをくわえると、取り残されたように止まっていた私たち二人の時間が駆け足で動き始めた…
私はゆっくりと唇の上の苺をつまみ上げた。
「ねぇ…もう一回…」
私は自然とそんな言葉を彼に向けていた。
同じことをもう一度せがむ何て、とても久しぶりの様な気がした。
まして、悔しさからではなく嬉しさのあまり二度目を頼む何て…
子供の頃に遊園地のメリーゴーランドに続けて二回乗って以来だった気がする…
彼は少し困ったような笑みを浮かべ、少し逃げ腰になってる様だった。
彼の反応は当然の事だと思う。
気の小さい彼にとってキスする事はとても勇気のいることだっただろう。
でも私はそんな彼の気持ちを思いやることよりも、今の自分の感情に素直に応えることを選んだ。




