四十話 大切なもの
私はつい、ラブレターに触ろうとした早苗の手を、言葉で制した。
誰にも触られたくないと、一瞬、思ってしまった。
まるで子供のような言動に自分自身呆れてしまった。
幼い頃に大切にしていたクマのぬいぐるみをふと思い出した。
四六時中、抱き抱えるように持ち歩いていた…
共働きの両親…平日は幼稚園があるから、それほど寂しくなかった…
でも、運悪く休日に二人して仕事に行ってしまうこともあった…一人で絵本を読んだり…おままごとをして、日が暮れるのを待った。
そんなとき私の友達は、クマのぬいぐるみだった。
お出かけの時だって、一緒だった…
そう…いつも一緒だった…
周りの人たちにとっては、ただのぬいぐるみかも知れなかったけど…あの時の私にとって彼はかけがえのない存在だった…
そんな彼が、ある日、こつぜんと私の前から、消・え・た。
私は必死になって、捜した。
おもちゃ箱の中やテレビの後ろ側…それこそトイレのタンクの中まで、…
でも彼は何処にも居なかった…
もしかしたら、近くの公園のブランコにいるかも知れないと考えた私は、玄関を出て、補助輪付のピンク色の自転車に飛び乗った。
その時、頭上に何かの気配を感じた私は上を見上げた。
そこには、おおきな洗濯バサミに耳を。挟まれて物干し竿に捕まってしまった彼の姿があった。
私は必死に彼の救出を試みた。
でも、どうしても届かなかった…
私は、泣いた…ひたすら泣いた。
彼を救うことが出来ない悔しさ、みじめさ…不甲斐なさ…色々な感情が沸き上がり自分ではどうすることもできなくなっていた。
気が付くと、周りの景色は薄く赤みをおび、太陽が西の空に別れを告げる頃になっていた。
そして、母の温もりと彼の柔らかい毛の感触が私を包み込んでいた…
その後の記憶は…はっきりと覚えていない…
大切なものは絶対手離してはいけない…
それがきっかけだったのか…私はそう考えるようになっていた…




