四話 アクトレス
「後ろです」
彼の声は確かに後ろの方からしてきた。
私は振り返り、隣の席に座る彼の後頭部めがけて話しかけた。
「どうして、そっちに座っているんですか?」
「隣に座る勇気が持てなくて…」
「なにそれ!」
「声が大きいですよ…」私は慌てて、周りを見回した。
先ほどのウエイトレスさんが、ひきつり気味の笑顔で此方を見ていた。
私達はボックス席のソファに背中合わせで別々のテーブルに座っている状態になった。
まぁ、そもそもデートでもなく…言わばサインのお礼な訳だと…割り切れば…って、無理よね…円周率並みに割り切れない感情が沸き上がってくる。
芸能人のお忍びデートでもこんなシュッチュエーション有り得ないでしょ…
スパイ映画か何かの秘密工作員じゃないんだから…
誘われたのにお一人様ってどういうことかしら?
「私がそっちにいきましょうか?」
「えっ、えっとサーロインステーキでしたよね…」
「人の話を聞いてください!」
私はまた、振り返り大きな声を出してしまった。
「声が大きいですよ」
すかさず彼に注意されてしまった。
相変わらずウエイトレスさんはひきつり気味の笑顔で此方を見ている。
これ以上大きな声を出すと店の外に出るように言われそうだった…
私は何も悪いことしていないのに、立場がどんどん悪くなるような気がした。
いや、何もやっていないのは…ダメなことだと思う…
何もやらないと事態は変わらない…だいたいの場合…停滞は衰退に限りなく近く…事態の好転はまず有り得ない。
何か今の状態から脱け出さないと…………………あっ、いけない危うく深く考え込むところだった。
事態を打開しようと考え込むと、やっぱり事態は変わらない。
まず、動かなきゃ…先ずは頭と体に栄養が必要よね…お腹が空いているとよい考えが浮かばないものよね♪
取りあえず、サーロインステーキとパンとサラダのセットにイチゴパフェを注文した。
水をを汲みに行く振りをして、私は席をたった。
ドリンクコーナーの影から彼の様子を伺った。
ノミの心臓君は窓の外を見ていた。
今日、はじめて会った男性…私のファン…私は彼を知らなくても、彼は私をそれなりに、少なくとも、大空あさみの部分は知ってる。
荒川聡美ではなく、大空あさみ…そうか、その手があったか…
私は厨房近くのカウンターの前に立っているウエイトレスさんに小さな声で話しかけた。
「ちょっと、お願いしたい事がありまして…」
「はい?お客様なんでしょうか?」
「ちょっと…彼と…健二さんと…喧嘩というか気まずくなりまして…このままだと…折角のお食事が…せめて…一緒に食事がしたいのですが…」
「はぁ…とは申しましても、お客様…流石に喧嘩の仲裁はメニューにはありませんので…ご協力はできませんが…」
「いえ…いくらレストランの前にファミリーがついているからって、そこまでは…別にファミリーが作れるレストランって訳では無いんでしょうから…」
「はい…あくまでも家族向けのレストランですから…ファミリーレストランは…勿論、カップルの方も歓迎致しますが…」
「私はただ彼と同じテーブルで食事がしたいだけなんですが…ただ、席を移動するだけだと、彼がまた席を立ってしまうのではないかと…」
「生憎、ロープや鎖の類いは、もしあったとしても、お貸しするわけにはいきませんが…」
「いえ、そういう話でなくて…ただ一緒に食事をするきっかけが欲しいだけなんですが…例えば彼の注文した料理を私が運ぶとか…」
「一緒に私も食べてね的な…展開を希望してるなら、個人的には裏通りのホテル街をオススメ致しますが?」
「まだ…そこまでには…」
「そうでしたの…失礼致しました…」
「で…私が運んでも宜しいですか?」
「お客様のご要望に出来るだけお応えするのが、サービス業の使命みたいなものですから…」
「では…私が運びますね」
「お運びになっても宜しいですが…責任は負いかねますのでご了承ください」
「勿論よ」
彼に逃げられようと、料理をこぼそうと、彼女の知ったことではないのだから、当然といえば当然の話だった。
「頑張って下さいね♪アーサ先輩」
「勿論って…えっ?…どちら様…でしたっけ?」
「えっと…星宮早苗って、言った方がわかりますか?」
「えっ?嘘…早苗?」
そこにいたのは去年引退した一つ下の元AV女優の星宮早苗だった。
「雰囲気変わったね…」
「少し整形しましたから…今、お料理お持ちしますね♪」
そう言って彼女は厨房の中に入っていった。
私は早苗の声色も態度もコロコロ変わる彼女の姿に少し懐かしさを覚えた。




