三話 ファミレス
走り出した車の中で私は迷っていた。
このまま知らんぷりして、スーパーに買い物に行くべきか、それとも何処の馬の骨とも知れない男の誘いに乗るべきか…?
もしスーパーに買い物に行ったとして、また、バイト先で会う可能性もあるし、下手したら、ストーカーとかされて面倒な事になるかもしれないし…
食事の誘いに乗ったとして、その後何かやましい事に誘われる可能性もあるし…今日は何の問題もなくても、後でしつこく付きまとわれたり、簡単に誘いに乗る軽い女と思われても嫌だった。
いっそのことバイトを変えようかとも考えたが…どれにしても、悪手にしかならない気がした。
何をしてもダメな感じなら、とりあえず利益の有りそうなことから選択するのが順当だろうか…
黄色い看板が見えてきた。
赤煉瓦調の外観が少し高級感を漂わせている。
私はファミレスの駐車場に車を停めた。
いつもだと、店から少し離れた所に停めているのだけれど…今日は店内から窓越しに見える位置に停めた。
隣に可愛らしい車があった。
私の乗っている車より一回り小さなその車が気になり、つい隣に停めてしまった。
私のと同じ赤色、屋根だけ白いのも、同じだった。
店内に入る。
まだ夕食時には早く、お茶飲みの時間には、遅い時間帯なのだろう。
客は少なかった。
「いっらっしゃいませ♪空いているお好きなお席にどうぞ」容姿の整ったウエイトレスに声をかけられた。
「はい」
ウエイトレスの言葉を半分聞き流しながら、私は少し辺りを見渡した。
男の姿を見つけその席へと向かった。
「ここいいかしら?」
「どうぞ…」
私はとりあえず彼の向かいの席に腰を下ろした。
彼は一生懸命メニュー表を見ていた。
「ちょっと」
「なにか?」
「来てみたんだけど…」
「ありがとうございます」
「はい、どうも…じゃなくて、目の前に人がいるのに、メニューばかり見て顔合わせ無いとか、有り得ないんですけど」
「…」
「来て早々に申し訳ないんですが、私、帰った方が良いですか?」
「ちょっと、待って」
「待てません、私が言うのもなんですが、メニューとデートした方が良さそうなので帰ります」
「近すぎて…」
「はっ?」
「近すぎて、ちょっと、きき緊張してしまって…」
そう言って、彼は突然立ち上がった。
「トイレに行ってきます…」
そう言って彼は店の奥へと消えていった。
誘ったのは彼の方で…
私はただお呼ばれに来てみただけのことで…
なのに、彼の態度は、頼り無く…ひたすらに頼り無く…
何だか…私がネコで彼はネズミ…いやいやそんな事は無いはずで…
アレかしら、気の強いネズミと腑抜けたネコと言ったとこかしら?
取り残された私は、この隙に帰ってしまおうかと思ったが、取りあえず待つことにした。
彼の様子を見ていると、そんなに悪そうに見えなかったし、何よりバイト終わりでお腹が空いていた。
なんとも言えない感情を抱きながら、前髪いじってみたり、彼が広げていったメニュー表を見たりして時間を潰した。
で、来ないんですけど…まさかの敵前逃亡…いやいや、私そもそも敵じゃないし…
数分しか経っていない筈なのに、一人でまたされのがこんなに長く感じるなんて…こんな感覚に陥ったのは、凄く久しぶりだった。
高校生の時、夏休みに当時、仲の良かった男友達と花火大会に誘われて、一緒に見に行った。
私はお腹が空いて少し不機嫌になった。
気の優しい友人は『何か買ってくるよ…』と言って、一人屋台のある方へ走っていった。
実際に待ったのは、十分ぐらいだったと思う。
あの時、一人で待っていた私は、孤独感と空腹でイライラして、…結局、その後喧嘩になって、その友人とは、それっきりになってしまった…
私も一緒に行っていれば、くだらない話でもしながら、それなりに楽しい時間を過ごせたかも知れないけれど…何でこんなこと思い出したんだろう?
一瞬…あの男性が、高校時代の男友達とダブって見えた…
まさかね…
はて?、自分で言うのもなんだが、この場合のまさかは…何のまさかなんだろうか…?
あの男性が…昔の男友達と言うことだろうか?
それとも…気になる異性という…いやいや、その選択肢はなし!…だ!
人の顔すらまともに見れないノミの心臓君では、余りにもたより無さすぎて…母性本能を呼び起こす以前の話で…
だいたい…ノミの心臓君が私の事を好きなのであって、私はただご飯を食べにやって来た訳だから…
「サーロインステーキとか、美味しそう…」
ついメニューを見ながら結構大きな声で独り言を言っていた。
いつも一人なのに、一人の暮らしに大分慣れた筈なのに、寂しさを紛らわす自分の行動に…自分で自分に呆れてしまった。
「では、それにしますか?」
「へっ?」
私は突然聞こえた彼の声に、驚いて変な声をだしていた。
まさか…寂しさのあまり幻聴を聴くようになるとは…心療内科か…精神科でも通うようかしら?
私は周りを見回し彼を探した。
しかし、彼の姿は何処にもなかった。




