二話 サイン
私は自販機に硬貨を入れた。
「イラッシャイマセ…アタタカイオノミモノハイカガデスカ?」
温かいブレンドコーヒーのボタンを押す。
「アリガトウゴザイマシタ…オツリヲオワスレナク…」
自動販売機の接客に今日の自分が重なって見える。
いつまでこんな生活が続くのだろうか?
生き活きとした日々なんておくっていない…
ただ、存在しているだけ…
私の接客よりもこの自販機の方が優秀かもしれない…
腰を屈めて缶コーヒーを取ろうとした時、不意に声をかけられた。
「あのすいません…」
掴みかけた缶コーヒーが指先から滑り落ちアスファルトの上を転がっていく。
「ご、ごめんなさい」
背中越しに聞こえてくる声を暫し無視して、缶コーヒーを拾い上げ、立ち上がり振り返るとそこには、私の写真集を買った男性が立っていた。
「何かようですか?」
言葉使いは丁寧に、でも棘のある強い口調で私は言った。
男性は無言で手提げ袋から写真集を取り出し私の前に出した。
「あの…サインください」
「!」
私は一瞬固まったが、直ぐに冷静になり断った。
「良く似ているって言われるの…人違いです」
「えっ…」
「人違いです…そんなAV女優知りません…」
「そう…ですか…見間違いですか…」
男性は目をパチパチさせながら私を見つつ暫し黙って立っていた。
「用が無ければ帰ってください!」
「はぁ…あ…あの…」
「まだ、何か?」
「やっぱりサインください…貴方の名前で良いので…」
「わっ私の?」
「はい…」
「何で私が書かなくちゃいけないの」
「ダメですか?」
「ダメに決まっているでしょ…」
「さっき…AV女優っていいましたよね」
「言ったわよ…」
「この本の何処にもそんな事は書いていないんです…どうしてご存知なんですか?」
「あっ…えっ…それは昔、友達が私に良く似たAV女優がいるからって…教えてくれたの…全く迷惑な話よね!」
私は背中に冷たい汗を感じながら、適当な嘘で誤魔化した。
ここまで話せば諦めてくれるだろうと思った私は手に持っていた缶コーヒーをコートのポケットに押し込んで自分の車の方へと足を進めた。
「アーサ」
そう男性に声をかけられ、私は思わず振り返ってしまった。
「やっぱり…」
私は自分のとった行動に自分自身で呆れ返ってしまった。
変装のばれた怪盗の気分だった。
「…わかったわよ…サインすればいいんでしょ…」
「お願いします」
男はジーンズのポケットからサインペンを取りだし私に手渡した。
「で…どっちがいいの?」
「えっ、どっちって?」
「本名?それとも…」
「本名でお願いします」
「本名のサインねだれたの初めてだわ…」
全く物好きな男だと思いながら、書き慣れないサインを書いた。
本名がバレるのはヤバイかなと一瞬思ったりもしたが、バイト先ばれてるし、仕事中名札着けてるし、だいたいレシートに担当者名がフルネームで印刷されていることを思い出した。
「はい…これでいいかしら?」
そう言って男に手渡した。
写真集の左下に書いた自分のフルネームは、サインというよりは、母親が子供が本を無くさないように名前を書いたような…そんな感じだった。
ふと、そんな考えをしてしまった自分自身が可笑しくて笑みがこぼれた。
「あの…」
「なにかしら?」
「健二さんへって書いてもらっていいですか?」
「そう言うの先に言っていただけます」
「すいません…あと」
「次はなに?」
「缶コーヒー新しいの買わせて下さい」
「私にそんな事、聞く必要はないと思いますが…?」
「さっき、変なタイミングで声かけちゃったから…」
「弁償のつもりなら、お断りします」「でも…何かお礼が…」
「結構です!」
「純粋にファンなんです」
「はぁ?私のファンって…どう考えても下心有りにしか考えれないんですが…色々観たんでしょ…DVDとか…」
「全部観ました…」
「身の危険しか感じないんですけど…」
「そんな…周りの人に言いふらしたりしないので、何かお礼をさせてください」
「それもおかしいでしょ…だいたい口止めするなら私が貴方にすることであって…」
「では、食事にでも誘っていただけなすか?」
「私が何で食事をおごらなければならないの」
「だったら、僕におごらせて下さい」
「もう…好きにすれば…ファミレスとかでいいし、お酒とかは飲まないからね」
「それでいいです…」
「国道沿いの黄色い看板のファミレス知ってる?」
「わかります」
「今からそこにいきましょ…勿論車は別々ね」
そう言って私は車に乗り込んだ。




