65話 炎の魔物
自宅に戻って来た僕達は、迷宮に向かう前にミライの服を買い揃えた。店の人のお勧めでミライの服はシンプルなワンピース。本人の希望で色は黒となった。流石にそれだけで迷宮に潜るのは危険なので、少し防御力を上げる目的とその大きな胸を少しでも目立たなくする為に、ココアの店で革の上着を購入する。
そしてミライを迷宮に連れていく為にギルドマスターの許可をもらい、早速魔物の選定に向かった。
上層で現れる魔物、スライムやゴブリンなどは姿が気にいらなかったようで、ミライは微妙な表情をした。なので更に中層へと足を踏み入れる。
結論から言うと、中層でも気にいる魔物はいなかったので下層まで来てしまった。そして第一候補であったグレートウルフと出会う。
「あれが話していたグレートウルフですね。どうです、大きな犬に見えますよね?」
ルナはまだあれを犬と言いはり、ミライに感想を求めた。
「はい!可愛いワンちゃんです!」
「そうですよね!」
どうやらミライには犬と狼の差は分からないようで、自分よりはるかに大きな狼を犬と言いきった。自分と同じミライの感想を聞いたルナは、嬉しそうに頷いている。
グレートウルフはミライのお目に掛かったので、すぐさま倒して消える前に死霊術で蘇らせる。死霊術を使った時、ルナ達の時よりは少ないが魔力を流していた。そのせいかは分からないが、全身真っ黒のはずの毛が、頭から首元にかけて赤い毛で一本のラインが現れている。乱戦になっても区別が着き易いので、とくにデメリットはなさそうなので気にする必要はないと判断した。
「僕がお前に命令するのは1つ。ここにいるミライの指示に従い、守護する事だ。だが必要以上に人を傷付ける事はないように。名前は……そうだな、<コロマル>だ」
僕の命令を聞き入れたのか、静かにミライの下へ歩み寄り頭を下げる。その服従の態度に、最初はビクッとしていたミライも恐る恐る手を伸ばして頭を撫でる。静かに撫でられる魔物に危険はないと分かったミライは緊張した表情が解け、抱きついて全身を使って毛触りを堪能した。
「コロマル、これからよろしくね」
ミライの言葉に小さく喉を鳴らして答える。そのままコロマルは器用に首を回してミライを背中に乗せてあげる。視界が高くなり柔らかくも力強い背中に興奮を隠しきれない彼女は、そのままハシャイで迷宮を駆け回る。その時に遭遇した他のグレートウルフを難なく蹴散らしてしまう。
「どうやらコロマルもパワーアップしたようね。それにミライも気にいってっるようだし、目的は達成したでいいわね」
その後、下の階層にミノタウロスを見に行ったが、上半身が裸のような魔物を見るやいなや嫌悪感に襲われてコロマルの影に隠れしまった。素早さのグレートウルフ、力のミノタウロスと戦力としては問題がなさそうだったが、本人が嫌がっている以上は無理強いは出来ない。
どうやらミライが気にいる基準は可愛くて撫でれる魔物みたいだ。そして、そろそろ地上を目指そうかと考えだした時、ゼロが何やら思い出したように足を止める。
「そう言えば、そろそろ日が沈む時間よね」
「そうですね。あと30分もないかと思われます」
ルナはゼロの質問に答えてあげていたが、彼女が何を気にしだしたのかは理解出来なかった。だが、その答えはすぐにゼロの口から出る。ここは12階層、そしてもうすぐ夜と考えればこの迷宮でやり残した事は1つだ。
「レッドミノタウロスが出るかもしれないから、もう少しここで待ちましょう」
夜の12階層に現れると言われている幻の魔物、レッドミノタウロス。前に来た時は他の魔物が姿を消すという前兆までは経験したが、残念ながら直接目で見る事が出来なかった。リーザに聞いた時、当時の装備では戦うのは無謀だと言われ、納得して諦めるしかなかったが、今の装備とルナの魔法があれば勝つ事も可能だとゼロは予測していた。
「そう言えばそんな魔物が出るかもって話はあったけど、絶対に出会える保証はないんだよ」
「だからこそよ。せっかくちょうど良い時間に12階層にいるんだから、確認してから帰っても遅くはないでしょ?」
確かに出会える保証がない魔物なので、様子を少しだけ見て言っても損はないだろう。まだ戦いに慣れていないミライの事が少し心配ではあったが、別に無理に戦う必要はないしコロマルに乗っていれば階段まで逃げる事は可能だ。
ミライには危険そうだったら逃げるように告げ、僕達は日が沈むまで待った。
「……凶暴化が始まったみたいだけど、魔物はいなくならないの」
そろそろ時間だろうと思った僕達は、12階層でミノタウロスを探して戦い、凶暴化が始まっている事を確認した。だがカナの言った通り、凶暴化の影響で力強さが増しているが普通に魔物と出会う事が出来たので、レッドミノタウロスが現れる条件を満たしていない。
あまり状況が理解出来ていないミライ以外の全員は、少し期待していたのでガッカリしていた。
だが、
「ちょっと待ってくれ!他のミノタウロスの様子が変だ!」
目の前のミノタウロスをガッカリしながらも倒した僕達の視線の先、少し離れた所からこっちに向かって来る魔物が突然動きを止め、周りをキョロキョロ見回したと思うとどこかへ去って行った。
そして周囲の空気が変わった気がすると、コロマルも何かを感じたようで周りを警戒しだす。
「これって、もしかして……」
「……きっと現れたの。前に感じた雰囲気と同じ」
カナはこの階層の瘴気の変化を感じ取り、期待していた魔物と出会える可能性が上がった事を嬉しそうにしていた。
さっそく僕達は捜索に入る。それこそ一匹の魔物も見逃さないように、12階層の隅々まで見て回る気持ちで。
前回は時間がなく、見つける前に夜が明けてしまったが、今回はたっぷりと時間がある。慌てずじっくりと探したが、発見するまでそう時間を必要としなかった。
「あれが噂のレッドミノタウロスのようね」
13階層への階段の近くの何もない広い部屋。そこの中心に真っ赤に燃える魔物がその場を動かず、入口を見つめたまま立っているのを見付けた。
そして部屋に入り、目が合うと同時に魔物は語り始める。
「ククク、命知らずの人間どもよ。危険な時間と知りながら己の力を過信する愚か者どもは、我が炎によって消し炭になるがいい」
「な!?喋れるって事は、お前はもしかして魔族なのか?」
魔族と魔物との差は、喋れるか喋れないかの違いだけ。つまりこの迷宮に魔族が住んでいると言う事なので、僕はその事に驚いた。
「だがお前達は運が良い。我を倒す事が出来れば、褒美として魔導具を与えてやろう」
「え?いや、魔導具をくれるのは嬉しいけど、なんで魔族がここにいるんだ」
なにやら会話が噛み合っていないような違和感を感じながらも、魔族がいた理由を問いかける。
「さあ、臆せずかかって来るがよい」
そう言って魔物はいまだ動かず、僕達が攻撃を開始するのを待ち構えているようだ。
「……どうやらこいつは魔族じゃなくて、この迷宮を作った奴に決められた言葉を喋るだけの魔物のようね」
ゼロの見立てに僕も頷く。まるで会話が成り立たない以上、何を聞いても無駄だ。そしてこっちが動くのを待っていてくれるならと、僕は相手の情報を見てみる。
イフリート ・・・ 『炎の精霊。全身が炎で出来ており、その温度は鉄をも溶かす。精霊なのでその体は精神体で大部分は魔力で構成されている』
「って!?こいつはレッドミノタウロスじゃなくて、イフリートだよ!」
「あー、きっとこいつの見た目から、最初に見つけた奴がレッドミノタウロスと勝手に報告したようね」
僕が確認した事を皆に言うと、ゼロが呆れるように呟いた。確かに見方によっては頭のところにある炎が角に見えなくもないし、力強そうな体格も同じぐらいだからそう思ったのも仕方がない。
「……だからって逃げる必要はないの」
そう言ってカナは武器を構えて走り出す。
「逃げずに向かって来るとは愚かな奴だ」
やはりこちらが動き出すのが戦闘開始の合図になっていたようだ。イフリートは組んでいた腕を解き、カナに向かって右手から炎を放つ。その炎はサラマンダーの火とは比べ物にならないぐらい強力だ。
咄嗟の判断で火トカゲのマントだけでは防ぎきれないと感じ、シャドーウォールも併用して防ぐ。イフリートの注意がカナに向いたので、ルナは氷の槍を連続で放つがそのほとんどを直撃する前に左手から放たれる炎弾で溶かし落とされた。
だが、2本だけ迎撃の炎を潜り抜けイフリートの胸に刺さる。ゼロも素早く背後に回り込み、ガーゴイルオーガの角で出来た短剣で背中を斬りつけた。
「っ!?拙いわ。まるで手応えを感じない……」
ゼロの短剣は間違いなく背中を斬り裂いたはずだった。しかしまるで空気を斬っているように何の手ごたえも感じなかったのだ。後ろに敵がいると意識を向けたイフリートに、攻撃の手が緩まったカナのハンマーがヒットする。だがゼロと同じく何の手ごたえを感じない。ルナの魔法には少しダメージがあったようだが、物理攻撃ではダメージを与えられないようだ。
「これが説明文にあった精神体って事か」
相手は精神体。つまりその体のほとんどが魔力で構成されている為、物理攻撃の効果はないのだ。カナはすぐに攻撃方法を魔法主体に変え、闇の刃がイフリートを襲う。しかし魔法の兆候を感じたのか、一歩後ろに下がり攻撃をかわす。
「……やり難いの」
イフリートも自分にダメージを与える存在は2人だけだと分かり、ゼロを完全に無視する。その事に気付いたゼロは苛立ち始めていた。
「ハヤテ!」
ゼロが僕を呼ぶ理由を瞬時に把握する。ルナも分かったようで僕を下に置いてくれて、すぐに人化を行い、同時に魔神化も使って右手だけ黒く変化させる。
その事を確認すると、ゼロは無視しているイフリートの後ろから近寄り、魔導具エアブロックリングで空気の塊を設置してそれを爆弾にする。
「私を無視するなーーー!!!」
カナの魔法を機械的に後ろに避けるのを見計らって、ゼロは空気の塊を爆発させる。その爆発は黒く、女神であったゼロがこのスキルを使う事を僕は気が進まなかったが、本人は少しも気にした様子を見せなかった。
アラド達の特訓の合間、フレイムゴーレム相手にいろいろ実戦練習を行っていたので、エアブロックリングと癇癪玉のコンボも慣れたものだ。
単発で近距離でしか使えないスキルだがその威力はかなり高く、フレイムゴーレム程度なら一撃で粉砕する攻撃力を秘めている。そしてイフリートは完全に不意を突かれた事も重なり、かなりのダメージを受けた。
「魔力でしかダメージを与えれないなら……」
相手は魔力で出来た体、ならば僕と同種だと思い攻撃に参加する。ゼロの癇癪玉のダメージでふらついている隙に僕は力一杯右手で殴りつけると、カナのハンマーやゼロのナイフの時とは違って素通りせずに、確かな手応えと同時にその巨体を後ろに下がらせた。
「確かにダメージは与えられるけど……力が足りない……」
ルナ達と違い直接攻撃が出来たのだが、基本ステータスが低い為にあまりダメージを与える事が出来ていない。その事で自分の手を悔しそうに見ていると、
「アタックアップ!」
ミライの声と共に僕の体は薄い光に包まれ、力が溢れて来るのを感じた。
「ハヤテお兄ちゃんの力を上げました!……私にはこれしか出来ませんが、頑張ってください」
皆が戦っているのに直接攻撃に参加出来ない事をミライは悔しそうにしていた。
「いや十分だよ。これで僕も戦いに参加出来る、ありがとう!」
僕は力が倍くらい強くなった感触があった。これなら戦いに参加しても意味が出て来るので、ミライにお礼を言う。その言葉を聞いて、彼女に笑顔が戻る。
ここから先は一方的な戦いが始まった。ルナとカナの魔法が連続で放たれて来るので避けきれず徐々にダメージを負い、何もない空間が急に爆発して大ダメージを受け、目の前の男は隙が出来る度に拳が飛んでくる。
このまま勝てる。そう思った時、イフリートは動きを止めて体が大きく膨らみだした。この手の魔物が瀕死の状態になった時、行なう行動として思い付くのは1つだった。
「まさか、自爆するつもりなの?」
ゼロの口に出した推測は、僕が想像したものと同じだった。なので僕はすぐに次の行動に出る。
「アンチマジックフィールド!」
僕がそう名付けた技。アンチマジックフィールドは、一定の範囲を自分の魔力で充満させて相手の魔法と反発させる事で消し去る技だ。想定していた使用方法は、敵の魔法に集中砲火された時に皆を覆って守る事だったが、イフリートは魔力を暴走させての自爆攻撃をしようとしているので、逆に敵を包み込んで放たれようとしている魔力を消滅させて押さえこんだ。
「ちょっとこれはやり過ぎたかもしれないな……」
「そうですね。何だか可愛くなっちゃいましたね」
「……あっけない幕切れなの」
「もう少し歯応えがあってほしかったわ」
「で、でも、お兄ちゃん達が誰も怪我をしないで良かったです。それにちっちゃくて可愛いですよ」
とっさの事で相手の爆発の規模や魔力量は分からなかったので多目の魔力を注ぎ込んだ為、イフリートの爆発を押さえこんだだけでは収まらず、その体を構成している魔力までだいぶ消滅させてしまった。
「どうした、かかって来ないのか。我はまだ動けるぞ」
こちらの戦意がなくなり動きを止めたのに反応して、イフリートは機械的なセリフを話す。だがその偉そうなセリフも、今の姿で言うと微笑ましいものでしかなかった。
今のイフリートは、15センチ程の小さな火の玉サイズになっていたのだ。火の玉にまん丸い目と小さな口だけがついていて、体を覆っていた熱もだいぶ下がってしまい、今ではほんのり温かい明りにしかなっていなかった。




