62話 召喚魔術
ギルドで謎の転移に巻き込まれた僕達は、歪んだ視界が普通に戻るとそこは見知らぬ場所だった。石を削ったブロックを積んだような部屋で、明りは蝋燭の数本に火がついただけなので薄暗い。他に何か無いかと周りを見渡そうとすると、
「ようやく成功しました」
静かな場所じゃないと聞きとり難い程の小さな声が聞こえたので、そっちの方を振り向く。そこにはまだ子供であろう、栗色のショートヘアーの小さい女の子が1人立っている。ただ普通の子供と違うのは、その頭には丸く曲がっている羊のような角が生えていた。
「君は?」
僕は見た目からすぐに分かった。この子は魔族の少女だと。なので僕は一歩前に出て、隠す事無く話を始める。
「は、はじめまして。わ、私は<キルミライ>です」
キルミライと名乗った少女は、僕が一歩前に出るとビクッと体を震わせる。ダブついた黒いローブを羽織っているので体格は分かり難いが、オドオドした態度から気が弱く戦う力を持たない魔族だと予想出来た。
そんな彼女は恐る恐る右手を前に差し出して何かを求めてくる。
「えーと、それはどういう意味なんだい?」
「え!?あれ?確かこれで合ってるはずなのに」
彼女の行動の意味が分からず問いかけると、何やら驚いて近くに置いてあった本を読みだす。その行動が微笑ましく見えたので、気が済むまで待ってあげようと思った。
「……あのー、貴方達は別の場所からここに召喚されて来たんですよね?」
ようやく本から目を離した彼女は、やや上目づかいで僕達を見て小声で質問する。
「あれって召喚の光だったの?突然足元が光ったと思ったら、視界が歪んでここに来たんだよ」
「そ、それは召喚の光で間違いありません。……それでは私を見て何か感じませんか?」
「君を見て?……………可愛い女の子だなーとしか、思わないけど?」
「そ、そんなはずはありません。私に従いたくなってるはずです」
「従うって……いったい君は何を言っているんだい?」
「なんで?召喚は成功したのに……」
何やら予定と違ったようで、また本に集中しだす。
「まったく、さっきから何を見てるのよ」
やはりと言うか、一番最初に我慢出来なくなったのはゼロだった。彼女はキルミライが読んでいる本をあっさり奪い取り、読み上げる。
「!?。か、返してください」
「えーとなになに。タイトルは、<よく分かる魔族を召喚し家来にする方法>………なにこれ?」
その本のタイトルを聞いた僕達は呆れて固まってしまう。そんな僕達を無視して、ゼロの横でキルミライがピョンピョンと跳ねて本を取り戻そうとしている。だが、中身に興味が湧いたゼロは本を高く持ち上げて読み始めているので届いていない。
「……つまり僕を家来にしようとして召喚した訳か。でもその方法には強制力は働かないみたいだね。さっきも言ったけど、僕は君に従おうって気持ちにはなってない」
「いえ、どうやらあんたに強制力が働かなかったのは、別の理由があるようね」
キルミライから取り上げた本をざっと見え終えたゼロは、失敗の原因を見付けたようで僕の方に視線を移す。
「この本に書いている内容は、呼ぶと同時にその者を奴隷とする召喚魔術なの。でもこの方法の危険な所は、呼び手の方の実力が上か、存在が上位の場合でないと奴隷にする強制力が働かないの。つまり、そのまま襲われる可能性があるのよ」
「ならこんな小さい子が奴隷なんて作れる訳がないじゃないか。……駄目だよ。ちゃんと本を読んでから実行しないと」
僕は危険な事を行なったキルミライを優しく叱る。いくら僕のステータスがルナ達と比べて低いと言っても、ゼロから本を奪い返せないで泣きそうになっていた女の子に、実力で劣っているとは思えなかったのだ。
「ハァハァ、その事はちゃんと把握しています。ハァハァ、それでも成功するはずだったのです」
本を取り返そうと何度も飛び跳ねていたキルミライは、息を荒げて僕の言葉を否定する。
「貴方は魔族、私は魔王。実力が足りなくても、存在が上だから私に従うはずなのです」
「き、君が魔王!?魔王ってあれだよね。魔族の王様だよね!?」
僕はキルミライの存在に驚く。凶悪で破壊を好む存在とイメージしていた魔王像と比べ、彼女の存在は間逆に思える。だが彼女の存在が明らかになった事で、ゼロが言いたかった僕を奴隷に出来なかった理由を理解する。
「僕を奴隷に出来なかった理由は分かったけど、とてもじゃないがこの子が魔族のトップ、魔王とは思えないよ」
その事は全員が同じ感想だったようで、頷いてキルミライを見ている。
「魔王は1人ではありません。いえ、普段は1人なのですが、ある時期だけ複数の魔王が現れます」
「ある時期?」
「……神が、異世界人をこの世界に呼び寄せる時期です」
この世界の住人であるキルミライから異世界人という言葉を聞き、僕は驚いてしまう。だがなぜこの時期にだけ魔王が複数現れるかは理解出来なかった。その理由を話そうとする少女の悲しそうな顔を見ながら。
「……私達は異世界から来た者に殺される為に作られた魔王。私は攻撃力がないので、やられるだけの存在なのです……」
彼女から返って来た答えに僕達は、何も言えずに息を飲み込む。
「私は、私はもう死にたくない!人間に笑われながら剣を刺されるのも、犯されて殺されるのも、晒しものにされて殺されるのも、もう嫌なんです!……嫌なんです……」
これまでの経験だろうか、泣きながら話す内容は聞くに堪えるものではなかった。僕達全員は目を見開いて息を飲み込んでショックを受ける。魔王って肩書きだけで無抵抗の少女を殺すなんて、正気の沙汰とは思えなかったのだ。
「ごめんなさい。確か私が見た資料では、魔王を倒すと討伐者には新たなスキルが授かるらしいの。つまり攻撃力がない彼女は……」
ゼロは申し訳なさそうな表情でキルミライが狙われた理由を教えてくれた。彼女もまさか神のゲームが始まると同時に魔王が生み出されているとは知らず、さらにこんな少女を魔王として復活させて前世の記憶まで残すなんて酷いと感じ、このシステムを作った神の同族として謝まらずにはいれれなかった。
だがゼロが生まれる前に作られたシステムなので、僕に彼女を怒る気持ちは少しもなかった。
「で、でも、魔族の領土にいるなら、そう簡単には攻めて来られないんじゃないかな」
「グスン、グスン……ここはデスサイトじゃありません。ヒュージの最南端の浅い洞窟の一室です」
「そ、そんな!?力もないのに、人間の領土で復活なんかしたら……」
「そうね。きっと彼女は神の代理人にやる気を出させる為の餌であり、代理人同士のエンカウント率を上げる為の最初の目標……詳しく資料を読んでいないからうろ覚えけど、この場所の地図も添付されていた気がするわ」
率直な気持ち、僕は神を許せないと思った。今まで出会った神の代理人達もそうだったが、それを選んでいる神自身も平気で命を弄んでいるからだ。
「やはりそうだったんですね。今回はまだ襲って来ないけど、早い時は復活して3日ぐらいだったし……」
「ならここから逃げよう!僕達の住んでいる町は安住の地って訳ではないけど、ここにいるよりは安全なはずだ!」
いつ異世界人が襲ってくるか分からない危険な場所にいるより、僕達の町にいる方が断然良いと思い、手を差し伸べた。しかし彼女は儚そうな笑顔を見せて首を横に振る。
「私はこの洞窟から出れません。出れる時は異世界人の奴隷になるか、………死んだ時、だけです」
「最悪だ……」
「ならとりあえず、問題は解決したようなものね」
悲観にくれる僕達に、ゼロは何やら心当たりがあるようで明るい声で話を続ける。
「おそらくもう少しで分かる事だけど……」
「?。……っ!?熱い!?胸元が焼けるように熱いです!」
ゼロの話の途中で、キルミライが胸を押さえて苦しみ出す。
「始まったようね」
「いったい彼女の身に何が起こったんだ!どうして急に!」
「落ち着きなさい。これは奴隷契約よ」
「奴隷契約だって!それが何で!」
今にも泣きそうな表情で座り込んでいるキルミライの心配をしながら、僕はゼロの言葉の意味を聞く。
「原因はこの子が使った召喚魔術よ。あれは成功すれば簡単に奴隷にする事が出来るわ。でも失敗すれば……」
「まさか……自分が奴隷に?」
僕の言葉にゼロは静かに頷く。彼女が言っていた危険とはこういう理由があったのだ。奴隷にしようとした者が逆に奴隷になってしまう。そうなれば召喚された者の怒りを逆らう事も出来ず、全て無条件で受け止めなければならない。
ここに来てようやくゼロの言葉の真意に僕は気付き、身震いする事になった。そしてようやく痛みが治まったのか、キルミライはゆっくりと立ち上がり、その胸元に浮かぶ焼き印のような痣が目に入る。
「……もう嫌……もう死ぬのも生き返るのも嫌……」
キルミライが召喚魔術の本を手に入れたのは、前回のゴッドゲームの時だ。彼女は何代にも渡ってここに来た異世界人にこの場で出来る家来を増やす方法を示した書物を要求し、その見返りに自分の体を差し出すと交渉し続けていた。そんな交渉に乗らずに即殺された事も何度もあったし、本の代わりに奴隷商人を連れて来て奴隷にされた事もあった。
そんな長い年月を掛けてようやく手に入れた起死回生の打開策も、見事に失敗し、また奴隷に成り下がってしまった。もう彼女は自分の人生を泣いて悲観する事しか出来ない。
「そんなに悲観にならないでも良いわよ。こいつはこれでも神の代理人、元だけど異世界人よ」
「嫌!?助けて、助けてください!もう痛いのは嫌なんです!」
僕がキルミライの一番怖がっている異世界人と聞いて部屋の隅にまで逃げていき、震えながら体を小さく丸め、泣いて許しを乞う。その姿は普通の子供がするような態度ではなく、今まで地獄を見て来た証拠であり、胸が痛くなるものだった。
「ちょっと落ち着いて!僕はそんな事をしないから」
この異常な怯え方を見て、僕は慌てて誤解を解こうとキルミライの肩に手を置く。
「嫌ーーーーー!!!」
パン!
肩に置かれた手を勢いよく弾き、顔を上げる。目を大きく広げて涙を流し、歯は震え過ぎて音が聞こえてきそうな程で、その表情は恐怖以外の感情が見えず、彼女の下半身辺りの床が小さく濡れていた。僕は更に怖がらせてしまったと、自分の行動に反省する。
今の僕に出来る事、彼女を落ち着かせる方法を考える。
「ごめん!僕達、異世界の住民が君を苦しめて本当にごめん」
「……え!?」
だが碌な考えが浮かばない僕はキルミライから一歩下がり、膝を地面につけ、額も地に擦りつけて謝る。そう、土下座をして謝ったのだ。突然の行動に、キルミライは怖がりながらも驚いて声を漏らす。
「……私もごめん。貴女を苦しめている神。その中の1人として私も謝るわ」
「え!?え!?」
ゼロも僕の隣に座り、一緒に土下座をする。するとルナとカナも座り、一緒に頭を下げる。ここまで来るとキルミライの感情は戸惑いでいっぱいになってしまう。
「あ、あの、どうして貴方達が謝るんですか?貴方達は私にまだ何もしていないのに……」
「まだも何も、僕は君に何かするつもりはない。ただ、そこまで怯えさせてしまったのは、僕達異世界人のせいだ。だからごめん」
「……本当に何もしないの?私を殺せば……」
「僕は君に危害を与えない。だからこれ以上泣かないでほしい」
「……………」
キルミライは混乱する。今まで見て来た人間は欲に塗れ、自分の事しか考えない者ばかりだった。なのに目の前にいる魔族は、人間を引きつれているのに……更に自分が何かをやった訳ではないの謝ってくれた。そんな彼を見て、胸が熱くなるのを感じる。
「もう、頭を上げてください。それで……貴方の……貴方の名前はなんて言うのです?」
「僕の名前は矢矧 颯。こちらからルナ、ゼロ、カナ、皆僕の仲間だよ」
「全員ハヤテさんの妻です。そして正妻のルナです」
「……妾のカナなの」
「わ、私はこいつの妻じゃないわ。……名前はゼロよ」
仲間と紹介された事に素早く訂正を入れるルナとカナ。ゼロは少々頬を赤く染めているが、キッパリと否定する。そんな彼女達3人のほのぼのとした雰囲気を感じ、キルミライは警戒を解いていく。
落ち着いた彼女に浮かんで来たのは、何故召喚魔術による奴隷紋が自分に出てきたのか、だ。自分は弱くても魔王、一介の魔族よりは断然魂の存在が上のはずなのだから……。
その事を少々オドオドした態度で声に出し、問いかける。
「それは簡単よ。こいつは魔族でもあるけど、神の力と悪魔の力を兼ね備えた魔神なのよ。悪魔は魔族を作った者達、だから魔王より上位の存在なの」
ゼロが颯の存在を説明してくれて、その事を聞いたキルミライは驚きを隠しきれない。神がいるのだから、対極の存在である悪魔が実在していてもおかしくはないのは分かる。そうと分かっていても実際に見たのは始めてだし、すぐには信じられる話ではなかった。だが現実に魔王である自分を奴隷に出来たのだから、疑いようがないと理解した。




