42話 ガーゴイルオーガ
魔法の練習の後に休憩した事で結構な時間が過ぎており、カナのMPは全快している。そしてルナのMPも6割ぐらいまで回復していた。
そんな僕達が階段の上から下りてきたら、カナがルナの顔を見て頷いている。どうやらカナもルナが魔法の練習をすると思い、その時間をリーザに怪しまれない形で作ってくれたようだ。
ルナもその事に気がついて、小さな声で「ありがとうございます」と伝えていた。
そして19階層。ここは18階層で手こずったフレイムゴーレムが集団で襲ってくるので、カナだけでは厳しいのが現実だ。
もちろん変身の魔導具を使えば何とかなるのだろうが、これは時間制限があるのと、切り札に頼るような戦い方をしていては成長しないとの理由から、極力使わない事で話は決まっている。
本当の一番の理由はルナが嫌がっている事だけど…
最初に現れたフレイムゴーレムは3体。ここでさっそくルナの魔法が発動した。
「<アイスランス>!」
まだ発動までに時間は掛かるが、ルナから放たれた氷の槍はフレイムゴーレムの肩と一緒に砕けて腕を落とした。
「どうやら実戦でも使えそうな物が出来たみたいね」
「皆さんのおかげで、氷の魔法が使えるようになりました。まだこれしか使えませんし硬さもまだまだですが、動きの遅いこの魔物が相手なら大丈夫です」
「……私も負けていられないの」
2人は最初から何か成果を出すと信じていたようで、ルナの魔法を喜んで見ていた。しかしリーザだけは驚いてその場で立ちつくしてしまう。
そんなリーザをほかって置いて戦闘は続いた。最初は3体で向かって来た魔物だったが、攻撃範囲に近づく前にルナの魔法で五体満足の相手はおらず、その内1体は足を砕かれて動けずにもがいていた。
まだ正確な射撃が出来ないので、誤射を恐れ仲間に接近されると氷の槍は使えないのだが、片腕を失ったゴーレムはカナの敵ではなかった。
「……やっぱり攻撃の手が増えると楽なの」
最後に足を失っていたゴーレムにトドメを差して、カナが戦闘を振り返ってそう呟いていた。
「私も耐久力のある武器が欲しいわね……まあ、ゴーレムと相性の良い短剣なんてそうそう無いだろうけど」
ゼロはファントムナイフも使ってかく乱に専念していたので、まるっきり攻撃には参加しておらずストレスがたまっている。
だが、そのおかげでカナが安全に攻撃出来るのだから、その役割は重要な物なのだ。
その後も次々とフレイムゴーレムが現れたが、何とか倒す事が出来た。しかしMPの消費も激しかったので、20階層への階段ではまた休憩が必要になった。
「あのー……ルナちゃん。さっきの氷の魔法はいつから?」
18階層までは使っていなかった氷の魔法に対する驚きと、あまりの魔物の攻撃の激しさに聞く事が出来なかった。なので落ち着く事が出来たこの休憩のタイミングで聞く事になったのだ。
「1つ上の階段で休憩した時に練習しました。まだ何とか形にしたにすぎませんが…」
「それって、ついさっきって事じゃないですか!そんな短時間で氷の魔法を覚えれるなんてありえませんよ!だって氷の魔法は、過去にも数人しか使う事が出来なかった魔法なんですよ。ルナちゃんは水の魔法だけではなく、氷の魔法の才能もあったんですか?」
どうやらリーザの中では水と氷の魔法は別の物のようだ。それとも過去に氷の魔法を使えた人は、水の魔法からの派生ではなく、氷限定の魔法が使えたのでそう思っているのかもしれないが。
「私は水の魔法しか使えませんよ。ただ水を氷にして放っているにすぎません」
「……確かに氷は溶ければ水ですが、それを認識して使い分ける事なんてそう簡単には出来ませんよ」
「それは分かりやすく教えてくれた人がいました。凄く頼りになる人なんですよ」
(そうは言っても、普通目に見えない物を説明しても信じ切れないものだけどね。この魔法はルナが僕を信じてくれた結果だから、たぶん他の人に同じ説明をしても魔法は発動しないだろうな)
一度でも氷が出来てくれれば確信を持てて使えるようになるのだろうが、その段階に行くまでのイメージは中々出来るものではないのだ。
「そうですか…私はそんな知識がありませんが、教えてくれた人は凄い人なんですね」
「そうなんですよ!ハヤテさんは凄い方なんですよ!」
「え?」
ルナの悪い癖は、普段は僕の事を隠して説明してくれるのだが、今回のように褒めるような言葉を聞くと嬉しいのか、興奮してつい名前を出してしまう所だ。その事で相手に不思議そうな顔をされてしまう事があるのだが、当の本人は浮かれてしまいまったく気付かない。
「ちょっとルナ。少しは落ち着いてMPの回復に努めなさい」
「…すみませんでした」
ルナも興奮してしまっていた事に気がついて、素直に謝って休憩に入る。そしてルナの最後の話を理解出来なかったリーザだけが、不思議そうな顔をして取り残されてしまった。
最下層の20階層……ここはギルドでの話では魔物が現れないらしいのだが、何が起こるか分からないので万全の状態で挑む事にする。
「………と、ここまで用心して最下層に入ったはいいけど…」
「……何もいないの」
「それに19階層とは違って、ここは快適な環境ですね」
「私も話には聞いていましたが、本当に何もない所なんですね……」
20階層に来てからずっと直進の一本道で、一番奥に見えるのがルドルが入るなと言っていた扉なんだろう。と、言うか脇道もなくそれしか見えない。
とりあえず隠し扉がないか壁を調べながら進んでいるが、今の所それらしい物は見つかっていない。
そして何も見つかる事無く、立ち入り禁止の扉の前に辿りついてしまった。
「………最後の最後に、かなり拍子抜けね」
「やっぱり情報通りでしたね。さ、目的の最下層まで着きましたし、引き返しましょう」
ガッカリするゼロに、少し不安そうなリーザは帰るように促している。おそらくリーザが心配している事は……
「…ねえ、ちょこっとだけ扉の中を覗いちゃ駄目?」
そう、リーザが心配していたのは、ゼロが現状に満足いかないで扉の中に興味が移る事だったのだ。
「駄目ですよ!ルドルさんも扉の中には入ってはいけないって言っていたではありませんか!」
「そうだけど……」
ゼロもその話は聞いていたので、渋々だが引き返そうとしていたが
「……中には入らないで、覗くだけなら約束はやぶっていないの」
ここでカナの援護射撃が飛んできた。
「!?。そうよ。中には入らないわ。扉の外から中の様子を見るだけだもの、約束は守っているわ!」
ゼロは表情がパッと明るくなり、リーザはその事に気付かれたと悔しそうな顔をしている。
「なによ。リーザだってここまで来たら、中がどうなっているかぐらいは気になるでしょ?」
「…それはそうですけど……」
リーザも今後この最下層に来る事があるか分からないので、自分の目で見れるチャンスは最初で最後かもしれないと思っていたのだ。なのでゼロの誘惑に二つ返事で断る事が出来なかった。
「なら決定ね。皆もそれでいいわね」
「……私も見てみたいの」
「私も興味がありますね」
「なら、全員の賛成が得られた事で、………扉、オーーープン!!!」
全員の了承を得られたので、ゼロは遠慮なく勢い良く扉を開けたのだ。
「ちょ!?せめてこっそり覗くとかしてくださいよ……」
奥に人がいれば吹き飛ばされるほど激しく扉を開けたので、リーザは呆れるような顔をしてゼロを見ていた。
しかしこんなのんびりした空気も、次の瞬間、一気に吹き飛ぶ事になる。
「あれ?」
「きゃ!?」
「……吸い込まれるの?」
「カナちゃんはもう少し慌ててください!!!完全に扉の中に吸い寄せる力が働いていますよーーーーー!!!」
リーザの叫び声の通り、僕達は強力な吸引力が働いたかの如く、扉の中に吸い込まれてしまった。そして部屋の中心ぐらいまで運ばれた所で、入口の扉が大きな音をたてて勝手に閉まってしまう。
「あっちゃー……扉を開けるとここまで吸い込まれる罠があったのね。…どうしよう。約束を破る形になっちゃったわ」
「……これは事故だから問題ないの」
そう困った顔をしたゼロに、カナは表情を変えずに答えてあげる。
「それもそうよね。不慮の事故だから仕方がないわね。ハハハ」
部屋の中心でのんびり座ってゼロは笑っている。
「だからって笑っている暇はありませんよ!ここは入ったら出て来た者がいないって言う、最下層の扉の中なんですよ!急いで逃げないと、何が現れるか分かりません!」
そんな2人にリーザは怒鳴って扉の方に逃げる事を進言した。
「無理よ。だって扉を開けたらここに吸い込まれるのよ。そして階段までの直線という構造を考えると、中から開けても階段に辿り着くまでにまたここに吸い戻されてしまうわ」
「そ、そんな……」
リーザもゼロの話を聞いて、脱出は不可能と思い知ってしまったのだ。
「……それに相手が見逃してくれるとは思えないの」
「相手?」
カナがそう言って指を差している先には、額に一本の巨大な角が特徴の4メートルは有ろう巨大な石の鬼が歩いて来たのだ。
「な!?何なんですか、あの魔物は!」
ガーゴイルオーガ ・・・ 『迷宮などの守護を目的として作られた人工的な鬼。強靭な体と巨体から放たれる強力な攻撃が特徴。弱点はとくになく、そのHPは5ケタはある』
(…5ケタのHPか……これってゲームなら絶対にレイドボスだよな。普通に1チームで戦ったら全滅確定だ)
ルナもその威圧感に強敵と感じて、さっそく魔法を放って攻撃を始めた。
「…硬い、ですね……防御力がかなり高いようです」
ルナのアクアライフルの直撃を受けたが、傷を与えるどころか少しも動きを止める事無くこちらに向かって歩いて来る。
「リーザ、私達の攻撃ではあいつの動きが止まりそうにないから、攻撃しないで逃げに専念しなさい!」
「わ、分かりました」
そして全員が散らばって攻撃を開始する。それと同時にガーゴイルオーガも走り出し、本格的に戦いが始まった。主に囮役はゼロが引き受けてくれているが、相手の動きは早く、その硬い岩で出来た剛腕が振られると激しい気流の乱れを起こし、近くにいるだけで体勢が崩される。今はファントムナイフの効果のダミーを上手く使って、何とかなっている状態だ。
「……くらえなの!」
攻撃がゼロに集中しているので、隙を見てカナが攻撃をする。だが多少ブレた程度で耐えきられてしまった。
「カナ!離れなさい!」
すぐさま裏拳のような反撃がカナに襲う。ゼロが慌てて声を出したが、カナは攻撃を受けて吹き飛ばされてしまった。
「カナちゃん、大丈夫ですか!」
カナに追撃がいかないように、ルナは水弾を連続で放って攻撃しながら安否を確認する。
「……大丈夫なの。……でもかなり効いたの」
カナは立ち上がり、ポーションを使って回復を行っている。一番防御力が高いカナであの調子なので、他の3人が攻撃を受けたら一撃で致命傷になるのは、容易に想像がつく。
「ルナ、カナ!変身の魔導具を使って一気に倒しなさい!このままでは全滅するかもしれないわ!」
既にゼロに余裕はなくなっていた。絶えずファントムナイフを使っているので、MPの消費が激しいのだ。
その事に気付いた2人は、慌てて変身を行って攻撃を始める。
変身後のルナの魔法は威力も上がっているので、確実にダメージを与えてその場に足止めする事が出来た。
「……さっきのお返しなの」
ようやく戻ってきたカナは、ガーゴイルオーガの真上からハンマーを振り下ろし、激しい音をたててヒットする。しかしそんな一撃も岩の体にほとんど欠損を与える事が出来ず、膝をつかせる程度で終わってしまう。
「すぐに倒せるとは思っていないわ!そのまま攻撃を続けて削り取りなさい!」
「……それしかないの」
前方からルナの魔法が、上や後方からカナの攻撃が連続で当たるが倒れる様子はなかなか見えない。
「………凄い攻撃です。これならきっと!」
2人の攻撃の力強さを見て、リーザが希望で表情を明るくした。…が、
「いえ、このままでは不味いわ。……思ってた以上に相手の防御力とHPが高いから、倒せる前にMPが持たないかもしれない……」
ゼロの表情は優れないものだった。
「MPって、あれはそんなに消費する物なんですか?」
「ええ、普通の人では起動すら出来ないほどのMPを消費するわ。……おそらく持って後15分ってところね……」
「15分!?」
2人が普通に戦って、僕のMPは10分で約10万消費してしまう。だが相手は巨体なので、カナは空を飛んで攻撃を行わなければ有効打を与える事も出来ず、攻撃を避ける事も厳しいのだ。なのでその分のMP消費を考えると、もって15分とゼロは計算したのだ。
その情報を聞いてリーザの表情も暗くなる。今の所ルナ達の一方的な攻撃が続いているが、それでもまだ倒れるどころかふらつく事すらしていないからだ。
そしてゼロの話が終わってから10分が経ったが、いまだ倒せそうな気配はない。
途中、硬い魔物に対して合体魔法の螺旋の黒弾が使えないか進言するも、相手の動きが早く、魔力を溜める時間を確保する事が出来なかった。
「……これは拙いの」
それは直接攻撃を行っているカナの素直な意見だ。明らかに決定打に欠け、時間内に倒せないと感じたのだ。
「ルナ、こうなったら僕の魔力大爆発を使う。あの強力な一撃を至近距離からくらわせば、何とかなるかもしれない。だけどルナ達も逃げ場はないから、扉の方に集まって耐えきってほしい」
魔力大爆発。それは僕が魔力で人型を作った時に、魔力漏れで爆発した現象をそう呼んでいる。つまり、人型になってガーゴイルオーガを巻き込んで自爆する作戦なのだ。
今ならまだ魔力に余裕があるはずなので、変身を維持しながら魔法で壁を作れば余裕で耐えられるはずだと考えた。しかし、
「分かりまし……え!?」
ルナが僕の案に了承した途端、2人の足元に魔法陣が浮かび上がり変身が解けてしまった。なぜ急に、そんな疑問がすぐに浮かんだが、変身が解けてしまった事で、動きが急に悪くなったカナにガーゴイルオーガの振り払うような攻撃が当たる。
「カナちゃん!?そんな……まだ時間には余裕があったはずですよね!」
「な、なんで……?最大MPから計算すると、後5分ぐらいは持つはずなのに…」
カナが吹き飛ばされたのを見て、リーザとゼロは驚きを隠せないでいる。カナは起き上がる事ができ、何とか無事のようだ。急な事で動揺もあったが相手の体勢が崩れていた事もあり、耐える事が出来たのだ。
それでも腕や足の骨が何本か折れているようで、すぐにポーションによる回復が必要な状態だった。




