24話 豪雨の魔女
「くそ!このままじゃ店にも火が燃え移っちまう。いったいどうすればいいんだ!」
そう苦悶の表情で愚痴を言いながら水を掛けているグラムは、その周囲から火が襲ってくる状況に、焼け石に水のように感じ絶望していた。その時……
「グラムさんの店にも火が移ろうとしています!?すみませんが先に消火させてもらいます!」
今は個人の店よりも町全体の心配をした方が良い事は、後になって冷静に考えたら分かりそうなものだった。しかしお世話になっている知り合いの店に火が移りそうになっているのを見た以上、それをほかって通り過ぎる事など出来なかったのだ。
そしてルナは即座に魔法で勢いのない水弾を放っていき、店の周囲の火を消してしまった。
「おお!助かったよルナ。あのままだったら、俺の店も燃えてしまっていたからな」
さっきまでどうしようもなく絶望していた顔はなく、安堵に包まれたホッとした顔でお礼を言って来た。
「そうだグラム!前に頼んでいたルナの新しい杖は出来てる!」
「なんだ急に?確かに完成はしているが、今は他の火を消す方か先決だぞ!」
「わかってるわよ!火を消す為に必要になるから、杖を持って来いって言ってるのよ!」
「何だか良く分からんが急いで持ってくる」
その剣幕に押されたグラムは理由も理解も出来ないまま店に入り、布で覆われた一本の杖を持って帰ってくる。
「ルナ!ここじゃ目立つから店の裏に行くわよ!」
グラムが持ってきた杖を奪うように取ると、ゼロは皆を先導する形で店の裏に向かって走り始めた。
「………これがルナのデザインした新しい杖か……かなり趣味が悪いとしか言えないわね…」
「…作って置いて言うのもなんだが…それについては俺も同意見だ…」
巻かれていた布を取り除き、その姿を見せた新しい杖を見たゼロは呆れていた。今は1分1秒を惜しむほど急がないといけないのは分かっていたのだが、そのデザインに動きを止めて微妙そうな顔をしているのだ。
「最高に素敵です……」
「……羨ましい…私もほしいの…」
しかし、ルナはウットリと魅入り、カナも羨ましそうに眺めている。……同じような感覚の持つ者達にはかなり高評価だった。
新しいルナの杖。それは僕を模った物が、左手を腰に右手で魔石を高だかに持ち上げるように立っているデザインだ。その完成度は無駄に高く、グラムが気合いを入れて作った事が分かる。
分かるのだが………なんと言うか、どんな厳格な魔法使いが持っても、威厳や力強さを一瞬で奪い去ってしまう程の杖なので、とても残念としか言いようがなかった。
「ちょっと気合いが抜けちゃったけど、さっさと始めましょう。ルナ、予定通りあんた達で協力して出来るだけ大きな水弾を放つのよ!」
そう言ってゼロは杖を渡した。
「任せてください。ハヤテさん、頑張りましょうね」
新しい杖を受け取ってもルナは少しうっとりしている。そして羨ましそうにその杖を指を咥えて見ているカナの姿も目に入った。
(うう……本人の目の前で自分の像を見つめられるのって恥ずかしいな……それにこんなポーズをとった事もとろうとした事もないよ…)
そんな僕の気持ちは誰も気にする事無く、ルナは杖と僕を高だかと持ち上げた。そして僕が魔力を流すのと同時に大きな水弾が上空に放たれた。
「うお!?」
グラムが思わず声を出して驚いたルナの魔法は、強度や回転を加えず、大量の水を圧縮し撃ちあげるスピードだけを気にした水弾だ。普通の民家なら被いつくせるほどの水量を、直径1メートルぐらいまで圧縮した物だったのだ。
水弾の出来に満足いったルナはそのまま次弾を放ち続けた。上空に放たれてぶつかりあった圧縮された水弾は、まるで花火のような低音で腹に響くような音と共に弾け、その度に地上には豪雨のように水が降り始める。そしてそれの弾ける音を聞いたグラムは驚きのあまり、転んで尻もちをついてしまった。
水弾が弾けた下は、まさに豪雨と呼ぶにふさわしい状況だ。数メートル先も見えない程の水量が連続的に降り注いている。
目立たないように店の裏に回ったのは良かったのだが、水弾同士がぶつかる激しい音と雨を降らせている原因とも言える水が地上から撃ち上げられているのが見えてる以上、周囲の人がその場所に気付き、集まってくる事は当然の事だった。
しかし上空だけを見て魔法を放つのに集中し、豪雨による音で声も聞こえない僕達は、その事にはまったく気付かなかったのだ。
「あの子がこの雨を降らせてくれてるの?」
「その…ようね……。凄いわ……魔法使いってこんな事も出来るのね」
やがて集まってきたギャラリーは、ルナから次々と放たれる水を見て驚いて見入っていた。
「いや、ここまで大きい魔法を使う魔法使いは見た事がないぞ」
「ならあの子が凄いって言うの?いや、確かに凄い事は認めるけど……なんであんなに大きな盾を背負っているの?」
「それにあのぬいぐるみと杖はなんだ?なんだかさっきまで張り詰めていた緊張感が、根こそぎ奪われるほど気が抜けるデザインだぞ……」
「奇抜なデザインと言えば良いのか………何とも難しいな…」
「水を使う奇抜な装備の魔法使いか……もし二つ名をつけるなら、<奇水の魔女>か?」
「いや、助けてもらっているんだから変な名前は失礼だろ!凄い水の魔法を使う妖精のような小さい子として、<水精の魔女>でいいんじゃないか?」
「だが、起こっている現象を考えるなら、<豪雨の魔女>…」
「助けてもらっている恩を考えるなら……」
町民達は火が消えて助かったという安心感から話がズレていき、ルナの二つ名を決める騒動へと変わっていったのだ。
その間もルナは角度を変えて、次々と水弾を弾けさせて町の消火に努める。そして町が落ち着いて来た頃、ようやく自分達が注目されている事に気付く。
「ありがとう!貴女のおかげで助かったわ!」
「一時はもう駄目だと思ったが…君のおかげだ。感謝してるよ」
「君は冒険者なのか?凄いな…俺の息子も見習ってほしいよ」
「こんな小さいのに大したものだ。おじさん、一気に君のファンになったよ」
「僕の嫁さんになってくれないかい?」
振り向いたら突然の感謝の言葉の嵐で、僕達は驚き戸惑ってしまった。中には少し怖い声も聞こえたが、この雰囲気の中で堂々と出来るほど目立ちたいとは思っていないので、まるで逃げるようにカレンの屋敷に向かって走り去る。
「ああ…せっかく本人に豪雨の魔女が良いか、水精の魔女が良いか決めてもらおうとしたのに…」
「だが二つ名を本人が決めるのは、少し恥ずかしい気持ちになるだろう。やはりここは我々が多数決で決めよう」
「だが両方とも納得できる二つ名だからな……」
候補を2つまで絞る事が出来たが、ルナの姿を見た人達は悩んでいた。本来こんなしょうもない事で悩む必要などないのだが、町が魔物に襲われた恐怖と動揺、そして助かった安心感などが入り混じった感情の中で、冷静な判断など出来るはずもなかったのだ。その場の勢いのまま行われた、多数決の結果……
ここに<豪雨の魔女>の二つ名が、僅差でルナに付く事になった。
「……あれはなんだったの?人間って凄いの…」
ようやく落ち着ける場所まで逃げる事が出来て、落ち着いて話が出来るようになったのだが、カナには大人数で感謝された事が少し怖かったようだ。
「確かにちょっとビックリしましたけど、あれは感謝の気持ちだから大丈夫ですよ」
「まあ人間は時として集団で凄い力を出す時があるからね。今回は良い方向に向いていたけど、悪い方に向くと性質が悪いから、カナも気を付けなさいよ」
「……分かったの」
魔族であるカナが人に恐怖する事が知れ渡ったら、少しは魔族と人間が仲良く出来るかもしれないと考えたが、逆に魔族は弱いと思われて戦争になるといけないので黙っておく事にする。
そしてようやくカレンの屋敷に着いた時、その中で武器を構えて警戒しているアリサとブランが立っていた。
「お姉ちゃん、ただいま戻りました」
「もう危険な魔族はいないから安心して良いわよ」
門は壊されてしまっていたが、ルナとゼロは覗きこむように顔を出して声を掛けた。
「ルナ!無事だったんだな!良かった……ゼロの言うとおり魔物がここに攻めて来たから、動くに動けなくなって心配していたんだ……」
ルナの声を聞いた事で安心して緊張の糸が切れたのか、武器を落として座り込んでしまった。
「大丈夫かアリサ。良かったな、妹さんが無事に逃げてこれて」
「ありがとうブラン」
その座り込んだアリサに優しく声と手を差し伸べてあげるブラン。そしてその手を嬉しそうに握るアリサ。
「………あーー…何でブランがここにいるの?」
その2人っきりの空間を作り出していた様子を見ていたゼロは、誰もが口を挟めない雰囲気の中でも平気で問いかけていた。
「え?ああ、その……アリサが1人だと心配で…」
「私も1人でちょっと心細かったのもあったし…」
2人は少し気まずいと感じ、言葉を濁してハッキリと説明して来ない。その様子を見て、全てをなんとなく理解したゼロは…
「つまり、アリサの不安そうな顔を見てほっとけなくなったブランは、アラドに頼んでこっちに回してもらったと。そしてその事はアリサも嬉しかったと言う訳ね。
……で、やっぱりあんた達って付き合ってるの?」
(おぅ……ド直球………)
普通なら何となく聞き出したりするものなのだが、そんな気使い無視のゼロにかかれば、大人数の前でも平気で聞いてしまうのだ。
「「え!?」」
そのストレートな質問に驚いた2人は、綺麗に驚きの声をはもらせていた。
「その…あの……つまりだな…」
普段とは違い、顔を真っ赤にして照れてしまい、なかなか言葉に出せないアリサを見て、
「彼女とは結婚をするつもりでお付き合いをさせてもらっている。2人共冒険者だから、危険な事はあるだろう。だが大切な人だから必ず守ると誓う!」
ブランのその男らしい発言に、アリサは更に顔を真っ赤にして嬉しそうに照れていた。
「わ、私だって冒険者だ。守られてばかりじゃなく、私もブランを守って見せる!…その…私にとっても…大切な人だから…」
最後の方は恥ずかしさからか声がドンドン小さくなっていったが、回りが静かだったので何とか聞きとる事が出来た。
「ありがとうアリサ」
「こちらこそ、嬉しいよブラン」
そうして2人は手を取り合い、見つめ合ってピンク色の空間を作り出してしまった。そして目を覚ましていたカレンが、うんざりした顔でこっちに近づいてくる。
「…この空気を周りで見せつけられると、耐えるのが大変ね…」
「ですが幸せそうで良いではありませんか。……私もその気持ちは分かりますし…」
そう言って僕を抱く力が少し強くなった。
「……私も分かるの」
カナが姿を現しその声を聞いたルナとゼロ以外の人が、一斉に武器を構えて戦闘態勢に入ったのだ。
「ルナ!危険だからすぐにこっちに来るんだ!魔族がまだ残っているぞ!」
「なんで!もう終わったと思っていたのに!」
アリサがルナの身を案じて叫び、カレンも急いで距離をおいて杖を構えた。
「安心しなさい。カナは敵ではないわ。私達の新たな仲間になったのよ」
全員がこっちを見つめる中、ゼロはカナの事を軽く説明し始める。そして突然武器を向けられた事で驚いたカナを、ルナが後ろに少し隠すように庇った。
「とにかく!カナはもう敵じゃないんだから、武器を下ろしなさい」
「だが、突然魔法を掛けられたらどうするんだ?その子が騙している可能性だってあるだろ」
ブランの言っている事はもっともだと思い、アリサ達は今だ警戒心を解く事が出来ない。
「……私は貴女達と敵対するつもりはないの。……もしそんな事をしたら、彼に嫌われてしまうの…」
「…彼とはいったい誰の事だ?」
いまだ構えも取らないカナに、少しぐらい話を聞くのは大丈夫と判断しブランは問いかける。
「……私はハヤテの妾1号。私の部族は1度決めた相手を一生涯愛し続けるの。……だから裏切る事は絶対にないの」
「もちろん正妻は私です!」
その2人の話を聞いた事情の知らない人達は、ぬいぐるみの正妻だとか妾1号だとか言われても、理解が出来ずに固まる事しか出来なかった。
「あー…つまり、その子もそのぬいぐるみの愛好者という訳か?」
「ハヤテさんです」
「……ぬいぐるみじゃない。ハヤテなの」
なんとか理解をしようとしたアリサだったが、正妻だと言いだしたルナを見て、ますます深みにはまって行く妹を心配していた。なのでカナへの警戒心など、どこかへ吹き飛んでしまった。
「…ブラン…妹をまともにするにはどうすれば良いと思う?」
「…すまん。すぐに解決する方法が思い付かない……もしかするとぬいぐるみと引き離せば良いかもしれんが、もし自棄を起こして魔法を使って暴れられたら……町が今回以上の危険に晒されるかもしれんし…」
「ジェムスさんやカレンは、何か対策を聞いた事はないか?」
「……無理ね。あそこまで重度の愛好家は見た事がないわ」
「私も同意見ですね。共通の思考の仲間が出来た事で、今後更に酷くなって行くかもしれません」
既にこの場にある問題点は、魔族の生き残りがここにいるという事から、ルナを普通に人を好きにさせるにはどうすればいいかに変わっていた。
「それで、カナの事はもういいの?」
その様子にゼロは呆れるように質問する。
「ああ、2人共その子を信じているようだし、元々その子は誰も傷つけてはいないしな。それに別の問題が出たから…今はそんな小さい事に構ってはいられないんだ」
敵だった魔族が味方になったのが小さい事と言うアリサに、もしかしたら種族を無視した交流も簡単に出来るかもしれないと、僕やゼロは少し微笑んで思っていた。
「でもルナの気持ちは変わらないと思うけどね」
「そんな事を言うなよ……」
あっさり不可能宣言を突き付けてゼロは笑っていた。その後、町に入った魔物の殲滅が終了した事で戻って来たアラド達とも同じような騒動が起こったが、アリサの<ルナ正常化対策チーム>に入る事になって収まってしまう。
「……皆、ハヤテの凄さに気付けないなんて可哀想なの」
「でもライバルが少ない事は良い事です。ハヤテさんの魅力に気が付いたら、世界中の女性が集まって来てしまいますから」
(どこまで僕を過大評価してるんだよ……)
僕はルナの言葉に呆れていた。
「……確かにそれは大変なの」
しかしカナもそんな過大評価の発言に同意をしてしまった。そんな2人の会話を聞いていたゼロは、「それはないわ」と小さく呟いている。
「それにハヤテさんは胸が大きい人が好きなようなので、私達は不利なんですよ」
「……そうなの?」
(そんな情報まで共用しないでいいよ……あー視線が痛い…)
じっと見つめて来るカナの視線に、僕は逃げ場がない。
「今後一緒に見ていれば分かります。それに私もまだ大きくなる可能性を捨てた訳ではありません」
「……私もまだ15歳だから成長するかもしれないの」
「あら、私達は同じ年齢だったんですね。なら共に希望を捨てずに頑張りましょう。そして恨みっこなしです」
「……分かったの。ハヤテを喜ばす為に力を合わせるの」
そうして力強く手を取り合い、2人の絆は変な所でより硬くなっていったのだった。




