22話 カナミティー
これからは自由に出来る。やっと希望に溢れる未来に向けて歩き始めれると思った。しかし突然胸に襲ってくる鈍い痛み……その意味が分からない。カナミティーは自分の胸に生えている剣先を見ても、何が起こっているか理解出来ないほど混乱している。
「え!?…あれ?」
突然の出来事に状況が理解出来ないでいると、リリーナは刺した剣を強引に抜きとり、更にトドメの一撃とばかりに肩から腰にかけて切り裂いてしまった。その様子に僕達は驚いて何も言えず、行動も出来ないでいる。
「……なんで……リリーナ…どうして?」
斬られた事で立っていられなくなったカナミティーは、仰向けに倒れ込んでしまう。そして顔だけ動かしてリリーナに問いかける。
「自由にしてあげる……そう言ったでしょ。自分の物を他人に奪われるくらいなら、捨てた方がマシよ。……それに、今のあんたの絶望感は最高の瘴気を生み出しているわ。
フフフ、それじゃ、最後に主として命令を出してあげる。………確実に死になさい」
その命令をされた時、カナミティーの表情が絶望感で暗く落ち込んでしまう。
「……やっぱり…最後はこうなる……のね………でも…なんで?…覚悟していたのに……こんなに死ぬのが…怖いの…」
傷口から血が流れる度に感覚が無くなっていく、その恐怖に涙を流すカナミティー。自分は奴隷なのでいつかはこうなると思っていたし、未来に希望が持てなかったので死ぬのを待ち望んでいた所もあった。
しかし町でルナに出会った時に感じた温かさと、今もルナ達の仲間との関係を見て知ってしまった事で、それを羨ましく思ってしまい、自分もそれを望んでしまい希望を見出してしまったのだ。その為、死に対する恐怖が出てきてしまった……。
そんなカナミティーの様子に、まるでゴミを見るような冷めた目で見下していたリリーナは、すぐに興味をなくしたようでこっちに振り向いてきた。
「な、なんて事をするんですか!彼女は仲間じゃないんですか!」
リリーナの行為を見たルナは、怒りを露わにして声を荒げる。
「仲間?はっ、それは使えそうだったから持って来た唯の道具よ。それなのに全然使えないから捨てただけ。ただそれだけの事よ」
「なんでそんな事を言うんですか!共に頑張って行こうとは考えないんですか!」
「うるさいわね…。どうせあんただってそれに利用価値があるから持っているだけでしょ?世の中そんなものよ。使われる奴と、使う者。無償で助け合うなんて反吐が出るわ!」
完全に信じる心を持っていないリリーナを見ていると、それが魔族の性質なのか、それとも育った環境のせいなのは分からないが、とても悲しい気持ちになる。その気持ちはルナも一緒のようで、先程までの怒りは既に消えており、今はただ憐みを込めた眼差しで見つめていた。
「なによ……そんな目で私を見るな!鬱陶しいからすぐにその目をやめろ!!!」
その怒声と共に無謀にも真っ直ぐ突っ込んで来たリリーナをどうするか悩んでいると、魔物をある程度倒したゼロが戻って来る。
「そんな考えしか出来ないのは可哀想だけど、ここまで町を燃やして被害を出したあんたを、私は見逃す事は出来ないわ」
そう言ってリリーナの目の前で回り、両手に持った短剣で何度も切り裂いて致命傷を与えた。
「グフッ……フン…どうせこんな死に方をすると思っていたわ……でも…私1人で……死なない……あんた…達も…道連れ……に…」
既に致命傷を受けたのを理解しているようで、ふらつく足取りでそうを言って懐から1つの卵を取り出した。そしてリリーナは倒れ込んで息を引き取り、その体は徐々に崩れるように灰になっていき、しばらくするとそこには卵が1つだけ残されている。
「魔物よりは時間が掛かるけど、魔族も死ねば消えるのね。それにしても、この卵はいったい?」
ゼロが不思議そうに見ていると、突然卵にヒビが入り、周囲から何かが卵の中に吸い込まれいく。その現象が終わると同時に卵は完全に割れ、激しい光と共に2メートルぐらいの魔物が現れた。顔は牛のようで両手が蟹のハサミになっている2足歩行の魔物だ。
「こいつはいったい……」
突然の現象に着いていけない僕達は、ただ茫然とその魔物を見ている事しか出来なかった。
「……それは人造魔族の卵…周囲の……瘴気を吸い込み……生まれる…魔族」
「カナミティーちゃん!?」
その疑問に答えてくれたのは、致命傷を受けて苦しそうに倒れているカナミティーだった。
「……ただ……瘴気が…足りなかった…ようで、……今は……魔族になれ……て…いない…の」
「そうか!魔物が瘴気を大量に吸えば、魔族になれるって聞いた事がある。今の話からして、あいつはまだ瘴気が足りなくて魔族の域まで行けなかったんだ。だから、倒すなら今の内だってことだね」
「……違う……き…けん…だから…逃げ……て………」
それ以上、カナミティーの言葉は続かなかった。リリーナが死んだ事で、彼女が連れてきた魔物は既に散り散りに逃げだしている。そして生まれた魔物は僕達を敵と見たのか、勢い良く突っ込んで来た。
ミノタウロスクラブ ・・・ 『人工的に生まれた魔物。硬い甲羅に覆われた強靭な肉体と強力な脚力と腕力を持ち、両手のハサミは鉄をも貫き大岩をも砕く力を秘めている』
僕はすぐに鑑定眼で情報を調べる。その情報通り、こっちに向かって来る速度はグレートウルフよりも速く、何とか避ける事は出来た。しかしその勢いに乗ったハサミによる攻撃は地面に突き刺さっており、まともに喰らえばポーションを使う暇もなく命を奪われるだろう。
「アクアライフル!」
魔物が次の攻撃に移る前にルナの魔法が放たれる。しかしその水弾をハサミで受け、何事もなかったようにルナの方に振り向く。
「見た目以上に素早いわね!でも!」
ゼロは隙だらけの背中に鋼の短剣で斬りつける。が、まるで金属同士がぶつかり合うような音をたてるだけだった。
「うそ!?今ので斬れないの!」
短剣で斬りつけた場所は、軽く傷が付いた程度で切れてはいなかった。それを見たゼロは驚きながらも一度距離をとる。
しかし、そんなゼロを無視して魔物はルナの方しか見ていない。自分にダメージを与えれるのはルナだけだと分かっているようで、ゼロを見向きもせず攻撃に防御すらしない。
「まさか最後にこんな隠し玉が出て来るなんてね」
その想像以上の防御力に呆れたような顔をしたが、こんな事で諦める訳にはいかない。ゼロは再び魔物に対して攻撃を開始する。
甲羅の部分に刃は通らないと判断したので、関節の装甲が弱そうな所を重点的に何度も斬りつける。関節も十分硬かったが、次第に魔物の方がゼロの動きを気にし出した様子を見る限り、徐々にだがダメージを与えているのだろう。
「ハヤテさん。私とゼロさんであの魔物と戦いますから、今の内にカナミティーちゃんにポーションを、怪我の治療をしに行ってください」
「分かった。2人共、無茶はするなよ」
そう言って僕はルナから離れ、倒れているカナミティーの所に駆け寄る。リリーナがすぐに灰になったので、いまだ体を維持出来ている彼女は、まだ息があるという証拠なのだ。
「大丈夫か?まだ意識はあるか?」
ようやくカナミティーの所に辿り着いた僕は、すぐさま意識の有無を確認しようと声を掛けた。
「………なんで…逃げ………ないの…あれは………強いの」
「良かった!まだ息がある。今からポーションを使うからもう大丈夫だ」
そう言って僕はポーションを取り出して傷口にかける。しかし…
「なんで!?なんで傷が治らないんだ?まさかリリーナも不治のスキル持ちだったのか!?」
怪我が治らない。その現象に身に覚えがあった僕は、すぐにスキル不治の剣を思い出して結びつける。
「……違うの…これは奴隷紋のせいなの……私の家族は…子供の頃…戦いに負けて…奴隷にされたの……だから…」
僕はその答えを聞き、愕然とした。
「だから最後に死ねと命令されたから、その傷は治らないのか」
「……その通り…なの…」
「そんな……どうして奴隷制度がそこまで強制力を持っていて、主が死んでも効果が消えないんだよ……」
「……貴方が…気にする…必要は…ないの…」
僕の中の奴隷の認識は、お金で交わされる契約書……書面程度の軽いものだった。しかし今彼女に起こっている死をも強要する事が可能なもの。そんな奴隷紋の存在を信じれられなかった。
「ルナ!ゼロ!彼女の……カナミティーの奴隷紋を消す方法を知らないか!」
いまだ2人が戦闘中で声を掛けるのは、危険な事だと分かっている。だが、カナミティーを救う為に僕は聞かずにはいられなかったのだ。
「……悪いけど、契約解除のスキルは持っていないわ」
ゼロはこっちに顔を向ける事は出来なかったが、「力になれなくてごめん」と顔を顰めて語っている。
「…契約解除の専門家がいるのは知っていますが、その方はこの町にはいません……」
ルナも苦い顔をして申し訳なさそうな表情をしていた。
「なんで……なんで奴隷にそんな強制力が必要なんだ。こんなのあんまりじゃないか!」
僕はこの理不尽な仕打ちを受け入れる事が出来なかった。カナミティーはまだ子供なのだ。それなのに強制的に奴隷にされて、最後には命まで奪われる事になる。その事を考えるとやり場のない怒りが湧き上がった。
「別にそこまで驚く必要もないでしょ?ルナだってあんたの奴隷みたいなものなのよ?」
僕はゼロの一言でハッと気づく。
(…そうだよ……ルナも……。僕はリリーナと同じ立場なんだから、文句を言う権利は…ない…)
そんな自分の立場にどうしようもない嫌悪感を抱く。
「………ですがハヤテさんは私に何かを強要させたりしません!それにこの状況を悲しんでくれてます。だから私は幸せなんです」
自分が嫌になり落ち込み始めた僕の様子に気付いたルナは、今が幸せだと言ってくれた。その言葉を聞いて僕は少し救われた気がする。
「ちょ、ちょっと、そんなに落ち込まないでよ!?私はあんたを追い詰める為に言ったんじゃないわ!私が言いたかったのは、主がしっかりしてれば例え奴隷でも幸せになれるって事よ。……あんたがその優しさを忘れなければきっとね」
ゼロも僕を追い詰めてしまったと感じたようで、慌てた様子で言葉を続けてくれた。僕は嬉しかった。戦闘中で命の危険もあるのに、僕を励まそうと一生懸命になってくれる2人に。
「……やっぱり…羨ましいの…私も…今度は……良い人に………出会い……た…い………」
カナミティーはそんな僕達の関係を羨ましそうに見ながら、それが最後の言葉となって目を閉じて動かなくなってしまう。
「カナミティー!?」
僕は慌てて肩を揺らして起こそうとする。しかしカナミティーの体は徐々に崩壊を始めていた。つまり……彼女の死が確定してしまったのだ。
「そんな………彼女は子供の頃からずっと奴隷にされていたのに…そして最後は……こんなの悲し過ぎる、酷すぎる!」
カナミティーの理不尽な死を悲しんで、僕は大地に向かって拳を叩きつけ怒鳴った。子供の頃から奴隷として生かされ、物扱いされて来た彼女の人生を考えて悲しみを抑えきれなかったのだ。
「「……………」」
その考えは2人も一緒のようで、僕の態度で事態を理解して何も言わずに悲しそうな顔をして戦っている。だが僕はこんな結末は望まない。認めない。そんな事を考えた僕は…
「ルナ、ゼロ。僕と一緒に彼女に世界を楽しめる場を作ろう」
「!?。ハヤテさん。私も出来る限り協力します!」
ルナは僕の考えが分かり、その手伝いをすると言って頷いてくれる。
「……あんたならそう言うと思っていたわ。…まったく…底抜けのお人好しなんだから」
ゼロもこれから起こる事を理解した上で、呆れるように呟いた。しかしその顔は少し微笑んでいたのだ。
これは僕の我儘。ただの自己満足でしかない。命を弄び、また死の苦しみを与える事になる。それでも僕は、このまま彼女を死なせたくないと感じてしまったのだ。
そうして僕は全ての責任を取るつもりで、ルナにやったように魔力を流して死霊術のスキルをカナミティーに使用する。




