12話 黒剣との再戦
少々書き直しと書き加えをしたら、文字数が倍近くまで増えてしまいました。その内2話に分けるかもしれません。
ストーンゴーレムとの初戦を乗り切り、先に進もうとした時………奥の方から1人の男が歩いて来た。
「おや?この階層にソロでいるとは珍しいな…。何かトラブルにでも巻き込まれたか?」
その男にいち早く気が付いたのは、先頭を歩いていたリリカ兄だった。見た目は剣士風だったが、1人でこの階層にいるのは効率も悪く危険も多いので、チームに何かあったと考えたのだ。
「おーーーい!大丈夫かーー?」
パッと見は足取りもしっかりしており怪我などは見当たら無かったのだが、面倒見がいいリリカ兄はすぐに声を掛けてこっちに呼び寄せようとした。
「っ!?アクアブリット!」
そんなリリカ兄が声をかけた先を見た時、ルナは顔色を変えて即座に水弾を放つ。
しかし、すでに相手に見つかっており、距離もあったので容易にかわされてしまう。
「ちょ!?ルナ君!いきなり魔法を放つとは何を考えて……!?」
ルナの突然の行動にリリカ兄は驚いて怒ったように抗議してきたが、ルナの余裕のない表情を見て、続きを言う事は出来なかった。
「気を付けてください!あの人がギルドで問題になっている危険人物です!武器を持って警戒をしてください!」
即座に次の水弾を放つが、時間稼ぎにもなってはいなかった。
「あれが噂の?」
ルナの様子を見ていたアリサを含めた全員は、武器を構え、警戒を高めた状態で男の方を睨みつける。
「あれ?、おかしいな……俺を見て、そんなに早く行動に出れる奴はいないと思ったんだけどな」
黒剣の男はまるで警戒する様子はなく、武器も構えず平然とこっちに歩いて来た。
「だいたいここの奴等は無警戒で接近を許す、そんな甘い雑魚しかいないと思ったんだが…。まさか俺の存在を直接見た奴がそこにいるのかな?」
ようやく顔がハッキリ見える所まで来た時、歩みを止めてこっちを顔を1人づつ確認するように見て来る。
「ん?あれ、お前。結構前に殺した奴じゃないか?なんで生き残れたんだ?」
男はリリカ兄のチームから順に見て行き、最後にルナの顔を見た時、以前に出会った事を思いだしたようで、指を差して声を掛けてきたのだ。
「おい!ルナを殺したってどういう事だよ!」
アリサは明らかにルナの方を指差しているのが分かり、怒鳴るように聞き返した。
「……そいつが生きているって事は、俺の情報を持っていると考えて良さそうだな。なら秘密にする必要はないか…。
知っての通り、俺の剣に斬られた傷は治る事はない。これは俺のスキルなんだが、確かにそいつを剣で斬りつけた後、刺したはずなんだ…。つまりそいつは唯でさえ重症の、死ぬまで治らない傷を負ったはずだから、死んでいないとおかしいんだよ。
な、不思議な事が起こっているだろ?」
男はまるで悪気がない様子で、へらへら笑いながら話していく。その様子を見ていたアリサの顔はドンドン怒りに染まって行くが、相手の実力が自分より上と分かっているので、すぐに飛び出していく事は出来なかった。
「いったい君は何者なんだい?。それに何の目的でそんな事をしているんだ」
リリカ兄も額に汗を流しながら聞いている所を見ると、男の実力はここにいる冒険者の誰よりも高い事が分かる。
「死んでく奴らに言ってもしょうがないが…ま、いいか。俺の名前は<黒川 刃>(クロカワ ジン)。目的はレベル上げだよ。お前達みたいなNPCを狩っても経験値を得られるようだからな」
「え、えぬぴーしー?いったい何を言っているんだ君は?」
(ちょっと待て!?黒川刃?NPC?…まさかあいつは日本人なのか!?)
話をしているリリカ兄達は、奴が何を言っているか分からないみたいな顔をしているが、僕はこの男の正体をなんとなく理解した。
……つまり僕と一緒で地球から来た者だって事を…
「クロカワジン………もしかして異世界の住人ですか?」
僕の存在を知っているルナだけは、その事をなんとなく気が付いたようだ。
「あれ?その事を知っているって事は、他のプレイヤーを知っているのか?それに死ななかった理由も聞きたいし、君だけは情報を得るまで殺さないようにしないとね」
そう言うと、ジンから急に殺気が溢れだしてきたので、全員臨戦態勢になって距離をとった。
「皆、奴の剣には気を付けるんだ!傷を付けられると回復薬では回復しないらしいぞ!」
リリカ兄達はいつもの陣形をとったが、ジンはまるで脅威に思っていないようで先頭にいる盾に向かって剣を振り抜いた。
「!?。……ば、馬鹿な…盾が切り裂かれるなんて……」
全員がその光景に驚愕していた。
ジンの剣はまるで盾がなかった物のようにアッサリ斬り裂かれ、同時に胸まで斬られてしまい気を失ってしまったのだ。幸い両手で盾を持っていたので、腕などが切り落とされたりはしなかったが、それでも出血がひどい為、あまり時間に余裕がないのが見て分かる。
「おい!大丈夫か!?…くそ、何なんだ奴の剣は!」
攻撃を受けとめるはずだった盾が斬り裂かれ、更に鎧まで無かったように一撃で倒されてしまった事で、リリカ兄に動揺が走った。
(なんなんだあいつの剣は!?いくらなんでも異常過ぎるぞ!)
僕は少しでも情報を得ようとジンの方を見て、ステータスを確認しようとした。
クロカワ ジン
HP 503 / 673
MP 28 / 128
スキル 不治の剣 ・ 防御不可の剣
不治の剣 『消費MP 8 ・・・ 剣で斬り付けた傷を死ぬまで治らない呪いを与える』
防御不可の剣 『消費MP 10 ・・・ このスキルを使った時、相手の防具は意味をなくす』
(なんてスキルを持っているんだよ!防げない剣と治らない剣の組み合わせなんて、最悪じゃないか!……だが)
盾がやられた事で陣形は崩れたが、そこは経験豊富な冒険者。すぐに冷静になり、弓と剣の連携で時間を稼いでいる間に、怪我人を救出してポーションを振りかけた。しかし……
「くそ!話に聞いていた通りポーションが効かねえぞ!どうすりゃいいんだ!」
いまだ血が流れ続けている状況を見て、パニックになりかかっていた。話に聞くのと現実に目のあたりにするのでは、本人に与えるショックはかなり違うようで、チーム内に緊張が走った。
(…なるほど、この動揺を広める為にわざと救出させたのか…)
命懸けの戦いを行う中、相手を動揺させる事が出来ればかなり有利になる。その状況になるようにあえて一撃で殺さず、更に救助させる事で傷が治らない恐怖を広めようとしたのだ。
「落ち着いてください!あの人は自分のスキルと言っていました。なら倒すか気を失わせるかすれば解除されるはずです!」
剣の呪いならどうしようもないのだが、人のスキルなら解除は不可能じゃないとルナは考えたのだ。正直な話、そんな根拠はどこにもないのだが、ルナの声でリリカ兄のチームは冷静さを取り戻す事が出来た。
「ちっ、やり難いな。やっぱりお前から倒すとするか…」
魂胆は見抜かれるは、先制攻撃は魔法による攻撃で邪魔をして来るはで、ジンはイラついてルナの方を睨んできたのだ。
「そんな事はさせない!リリカ、ルナを頼んだぞ!」
ジンのターゲットがルナに変わった事に気が付いたので、アリサはいてもたってもいられずに戦闘に加わりに行った。
「お姉ちゃん、気を付けてください」
アリサは手だけで合図をしてくれた。リリカも落ち着かない様子だったが、自分が行っても足を引っ張るだけなので、ただ兄が戦っているのを見ている事しか出来ないでいたのだ。
「ルナ、聞いてくれ。ジンのスキルは不治の剣と防御不可の剣だ。どちらもMPを使用するんだけど、残りのMPは28、防御不可の剣は使えて2回、不治の剣なら3回だ」
「なら私の仕事はスキルを使ったタイミングで、魔法を放って邪魔をする。そう言う事ですね」
ルナは僕の言いたい事を理解してタイミングを見張っている。
戦っているリリカ兄達の中にアリサが参戦した事で、ジンは少しずつだが追い込まれ始めていた。防御が出来ないなら攻撃の手を休めないで、相手に攻撃をさせない作戦に出たのだ。
「NPCのくせに鬱陶しい攻撃をしやがって!いい加減にくたばれ!」
剣による連続攻撃を弾いたと思うと矢が飛んでくるという、見事な連携でジンは攻撃にまわる事が出来ないでいる。
このまま戦っていれば倒せると思ったリリカ兄一同だったが、一枚上手だったのはジンの方だった。
「ハハ、とりあえず邪魔だから1人づつ倒させてもらおうかな」
突然笑い始めたジンは立ち止まり、剣を下に突き付けて見せた。
「な!?、しまった!」
相手の剣に意識を集中して攻撃を繰り返していたので、周りが見えていなかったリリカ兄達は、ジンの剣の先が気を失っている仲間に向けられ、始めて動きが誘導させられた事に気が付く。
「じゃあ、お別れだ」
そう言って剣を振り下ろそうとし。
「や、やめろーーーー!」
リリカ兄はその攻撃を止めようと、連携を無視して突っ込んでしまう。その行動を見てジンはニヤリと笑い、リリカ兄に斬り掛かった。
「死ね。……………くっ!?」
「はずした!?」
隙だらけのリリカ兄に斬り掛かろうとした所で、横から水弾が飛んで来たのだ。しかしギリギリの所でかわして、体勢が崩れはしたが黒剣を振るい、リリカ兄に致命傷まではいかなかったが戦えないぐらいの傷を腹に負わせる。
「ぐぁ!」
「お兄ちゃん!?」
兄が斬られたところを見てしまったリリカは、血相を変えて飛び出して行ってしまった。
「リリカさん!?」
飛び出したリリカを追いかけるようにルナも走り出す。
ジンは2回スキルを使ったので、使用できる回数は後1回。だがルナの存在を警戒しだしたジンに、無駄撃ちのスキルを使わせるのは至難の技だ。
その事はルナも分かっているのだろう、その表情に余裕の色は少しも見られない。
「お兄ちゃん!」
「来るなリリカ!」
無謀にもジンに槍を向けて突っ込んでくるリリカに気付き、怪我による苦痛を無視して叫ぶ。その事を鬱陶しいと感じたジンは傷口を蹴り、リリカ兄は気を失ってしまった。
「馬鹿な奴だ!」
そしてすぐさま魔法を使おうと狙っているルナに気が付いたジンは、リリカを盾にするような位置取りをし、突き出された槍を軽く避けて、リリカはそのまま捕まってしまう。
「リリカさん!」
すぐ後ろを追いかけていたルナは、首と腕を押さえつけられ盾にされているリリカをそのまま助けようと、魔法を使わず杖を振り上げて突っ込んで行く。
「無茶はやめろ、ルナ!」
アリサの声が響く中、リリカの首に一撃をくわえて気絶させたジンは、そのままルナに向かって放り出す。
咄嗟の事で攻撃を中断してリリカを受け止めるルナ。その自分の行った悪手にすぐさま気付いたが、既にジンは黒剣で斬り掛かって来ている。ルナは自分を守るのではなく、咄嗟にリリカを庇うように剣筋から放り出す。
(ルナ!)
ルナは既にジンの間合いの中に入っており、体勢も崩しているので避ける事は不可能と感じた僕はゴーストハンドで剣を受け止めようとする。
……が、実力の差なのか黒剣の勢いを少し弱めるだけで、止める事は出来なかった。
そして………
「ルナーーーーー!」
ルナはジンの剣で肩から胸にかけて斬られてしまった……。
「あれ?なんか変な抵抗があった気がしたな………ま、いいか。厄介者は消えたし、残りの雑魚も倒してレベルアップするか」
そう言ってアリサ達の方に歩き始める。
「ルナーーーーー!!!。くそ!よくもルナを!!!」
この惨状を見てアリサが飛び出し、リリカ兄の仲間達も攻撃を再開する。
ジンはルナの死を確信したようで、一度もこちらを振り返る事無く歩き出している。そして少し離れた所でアリサ達との戦いが始まったが、僕には血まみれで倒れているルナから目を離せない。
傷口からドクドク流れる血を見て、少し前にルナが息を引き取った時を思い出し重なる。
「ル、ルナ!また……ルナが……………」
僕は倒れてしまったルナを見て、全身の力が抜けたように地に手をつく。何故2回もルナがこんな目に遭わないといけないのか、この状況を作ったのたのは誰か……そう考え思い出す。
「全てジンが悪い、アイツが…アイツが!!!」
離れた所で戦うジンの笑い声が耳に入る。ルナをこんな目に遭わせておいて、笑ってるジンの声が聞こえる度に怒りが込み上がり、自分の中で何かが弾けた。
その瞬間、僕の視界は真っ赤になり、体は黒い魔力で覆われ始める。
「ハ、ハヤテさん!?また黒い魔力が……落ち着いてください」
何とか即死は免れたルナは一瞬気を失っていたようだが、すぐに意識を取り戻した。しかし目の前で起こっている現象に驚き、苦痛に顔をゆがめながらも異変が起こっている僕に声をかける。
しかし、その声は僕の耳に届かなかった。
「……るさない………絶対に許さないぞ!!!!!」
その声と共にぬいぐるみの姿の僕は、全身から出た黒い魔力が高密度に纏わりつき、徐々に人の形になっていく。
その変化が落ち着きを見せた僕の姿は、全身黒尽くめ。人と同じ口や鼻や耳はあるがそれらも真っ黒で、瞳だけが真っ赤に輝いている。
その姿を見たルナは、このままでは何か危ないと直感で感じ、必死に声をかけるが返事はない。……今の僕には、この事態を作った男しか目に入っていなかったのだ。
そして僕は感情のままに駆け出す。
アリサ達は笑いながら戦うジンに一方的に押されていた。連携の要であったリリカ兄が倒れた事で攻撃に間が出来てしまい、その隙に攻撃されるようになっているのだ。しかも盾をも切り裂く剣が来ると思っているので、剣を受ける事も出来ず、攻撃を避けるだけでかなりの無駄な動作が増えているのも原因である。
「なあ、あんた等、こんな状況を打開出来る作戦ってないか?」
今は何とか攻撃をくらわずにいるが、このまま行けは体力の低下と共にやられるのが予想出来た。
「す、すまないが、勝てる策はない。……バラバラに逃げれば、1人ぐらいなら逃げ切れるかもしれんがな」
アリサの駄目もとの質問に、2人共優れない表情で絶望的な答えを返す。
「すまないが私は逃げる訳にはいかないんだ。……もし逃げるなら囮になってもいいぞ?」
ルナがやられたので、アリサに逃走の選択肢はない。だからと言って勝てる見込みもないのに、それに付き合わせる事は出来なかったのだ。
「残念だが俺達も仲間が3人もやられているんでな。あいつを倒さないと傷も治らないなら、連れて逃げ帰っても結果は一緒だ…。あとは奇跡でも願って戦うしかないんだよ」
勝ち目がない戦いを続けていたが、少ししたら更に絶望的な状況が訪れる。
「……ごめんなさい。矢が…尽きたわ…」
「…そうか…」
今まで3人で何とか攻撃を繰り返していたが、矢という消耗品が尽きてしまった事で、更に状況は悪くなってしまったのだ。この時既にアリサ達も体力的に限界だった。その様子に気付いたジンも攻撃の手を止めてニヤニヤ笑っている。
「どうやらこれで終わりのようだな。どうする仲間を置いて逃げるか?仲間1人につき、10秒ぐらいは待ってやってもいいぞ。ぷっ、ハハハハハ…出来ないよなー、お前らNPCは仲間意識が強いからなー」
明らかに舐めきって態度、苛立つような挑発、馬鹿にしたような言葉、ニヤニヤした表情。その全てが頭に来る。だが策も実力もないアリサ達は、その男の態度を改めさせる事も出来ないのだ。
「か、勝てないからって、そんな簡単に飽きらめれるかーーーー!」
そのアリサの叫びながらの攻撃もジンは簡単に剣で受け止め、そのまま他の2人に向かって蹴り飛ばす。
動けなかった2人も飛ばされて来たアリサを受けとめようとしたが、既に体力の限界が近いのか支えきる事も出来ず、壁まで一緒に飛ばされてしまった。
「も、もう駄目だ………立ち上がる事も出来ない…」
今まで斧を持って戦っていた男は、実力が劣るアリサのカバーをしながら前線を維持していたので、一番負担が大きかったのか立ち上がる事も出来ないほど疲弊していた。
「すまない。私が足を引っ張ったばっかりに……」
アリサも今の一撃で力尽きたのか、起き上がる事も出来ずに2人に謝る。
「貴女のせいではないわ。私達がこの階層に連れてこなければ、貴女達だけでも助かっていたのに……ごめんなさい。私達の力不足で……」
この3人の中でどうにか動けるのは自分だけだ。だが、武器である矢が無くなった事で攻撃手段はなくなってしまった為、諦めてしまったのだ。
そんな3人をニヤニヤ笑いながら見ているジン。そんなジンを憎らしく睨んでいると……。
突然音もなく近づいて来た全身真っ黒な人間の形をした者が、ジンを殴りつけたのだ。何事かと思ったアリサ達だったが、その疑問に答えてくれる者は誰もいない。
突然の不意打ちを喰らい、笑顔が消えたジンに感情に任せて更なる追い打ちを掛けに向かう。
「お前だけは許さない!殺す、絶対に殺してやる!!!」
「痛ってぇ……何なんだよお前は!? 人間か魔物か、いったいどっちなんだよ!」
本来なら力が低い僕の一撃なんて、例え不意討ちでもダメージを与える事など出来ない。しかしこの黒い魔力の体のおかげかは分からないが、ジンに確かなダメージを与える事が出来る。
だが今はそんな事はどうでもいい。その確かな手応えの結果だけで、僕は更なる殺意を持ってジンに向かって行く。
しかし次の攻撃は先程の不意討ちとは違い、目の前からの大振りな攻撃なので、簡単にかわされてしまう。それでも僕は構わず拳を振り回す。
「……なんだ?見た目は化物みたいなくせに、攻撃は単調な奴だな。まるで喧嘩もした事ない奴みたいだな」
ジンの言うとおり僕は本気で殴り合うような喧嘩はした事がなし、格闘技の経験も授業でやった柔道程度だ。そんな僕の攻撃が当たるはずもなく、冷静になったジンは余裕をもってかわすようになる。
そしてつまらなそうに僕の胸に剣を刺す。
「これでいっちょ上がり。……さて、さっきのNPCでも狩りに戻るか」
そう言って完全に僕から意識が離れる。
「何が終わりだーーー!!!」
僕は剣が刺された状態でジンを殴り飛ばす。その際、刺された剣もジンと共に抜けてしまったが気にしない。
「痛っ……何で反撃が出来るんだよ……完全に心臓を一突きしただろうが!」
確実に急所を刺したのに、何事もなかったかの如く向かって来る僕に、苛立ちを隠さないで文句を言っている。そして今度は、僕が繰り出したパンチを避けながら腕に剣を通した。
「な!?」
しかし僕の腕は一瞬胴体と離れたが、剣が通り抜けると元通り繋がって、また拳が繰り出されるのだ。今の僕の本体は顔の所にあり、それ以外は全て魔力の塊なのでいくら斬られても痛くも痒くもない。
それを知らないジンは自棄になって何度も剣で斬りつけて来るが、僕にダメージはない。その無敵とも思える僕に、流石のジンも焦りの色が見えて来た。
「いい加減にしろ!そんなバグみたいな体をしやがって、運営に文句を言ってやる!」
いくら斬ってもキリがないと判断したジンは、僕の腹にヤクザキックを喰らわして距離をあける。
「逃げるな!黙って僕に殺されろ!」
いまだ動いているジンを見ると、僕の怒りは収まるどころかドンドン膨らんで来る。すぐさま立ち上がろうとした時、僕の横を一発の水弾が通り抜けてジンに命中する。
僕に意識が集中していたジンは咄嗟に剣で水弾を受けたが、その衝撃までは逃がせれなかったようで後方へと吹き飛ばされる。
「ハヤテさん、大丈夫ですか!」
立ち上がった僕の横に、何故か怪我から回復したルナが心配そうな顔をして駆け寄って来た。しかし怒りに染まっている僕には、ルナの声は聞こえないし姿が見えても誰かは認識出来ない。
……ただ彼女を攻撃するのは駄目だと本能が訴え、ピンチになれば守らなければならない、そう心の底では理解していた。それでも今はジンに対する殺意に感情は支配されている。矛盾を感じなくはないが、その事を深く考える事が今の僕には出来なかったのだ。
そして水弾を受けて吹き飛んだ事でジンを見失い、周りをキョロキョロ探している。
「ハヤテさん落ち着いてください!私は無事ですから。いつもの優しいハヤテさんに戻ってください」
ルナはジンと僕との間に立って、両手を横に大きく広げて懇願する。それでもハヤテの行動は変わらない。
彼女は焦っていた。ハヤテの今の姿を形成している黒い魔力からは、怒り、悲しみ、喪失感、そして絶望……それらの負の感情が強く感じるのだ。
このままの状態が続くのは危険と思い、一生懸命声を掛けたが効果はない。そしてルナは何か考え込むように目を閉じ、再び目を開けると、何かを決意した顔つきになった。
「すみません。こんな形を初めてにしてしまって……」
ルナは僕の首筋に腕を回す。その行為はジンを探すに対して邪魔でしかなかったが、彼女を強引に振りほどいて怪我をさせる訳にはいかないと感じ、何も出来ずに動きを止める。
そしてルナは目を閉じて優しく唇を合わせて来た。僕はその唇の感触で怒り一色の思考が止まる。
初めての感触。彼女が出来たら次なる夢になるはずだった事。その事で、怒りに身を任せていた僕に、少し落ち着くキッカケとなる。
少し頭が冷えた事で周りが見えるようになった僕の視界には、目を閉じたルナの顔しか見えなかった。その唇の感触が徐々に、そして明確になるにつれ、僕は一気にパニックになり驚きのあまり後ろに倒れ込んでしまう。それでもルナだけは怪我をしないように手で持ち上げてあげる。そのおかげで僕は受け身も取れずに背中から倒れて頭も打ったが、痛みよりさっきの口づけのインパクトの方が大きく、痛がる事さえ忘れていた。
「ル、ルナ!?いったい何をしてるんだ!?い、い、今のは、キ、キスじゃないか!」
今は背中から倒れたままなので仰向けの状態で、ルナが僕に覆い被さっている体勢になっている。そんな体勢のせいもあるが、ルナは顔を真っ赤にして僕を見つめていた。
「やっといつものハヤテさんに戻ってくれましたね。私、ビックリしましたよ。いくら話しかけても、全然聞こえていないようでしたし……」
「ビックリしたのは僕の方だよ。ど、どうして、いきなりキスなんて!」
「……これは前にリーザさんに聞いたんです。男の人を冷静にさせるには、女性の口づけが一番効果的だと」
ルナも大胆な事をしてしまったと、話をするにつれて顔の赤みが増していく。そんな照れと僕が正気に戻った喜びからくる微笑みが混ざった表情は、とても綺麗に見え、僕は自分の心拍数が上がって行くのを自覚していた。
「だ、だからって、ホイホイ唇を許しちゃ駄目だよ。ルナは女の子なんだから」
「な!?。私は誰にでも唇を許したりなんかしません!……さっきのだって、私の……初めてをあげたんですよ」
そう言って、益々顔を赤くして目を反らすルナ。これ以上赤くなると、倒れるんじゃないかと心配になるほどだった。
「……僕も…その…口付けは初めてでして……その……なんと言うか…ご馳走さまでした…」
「……えーと…お粗末さまでした…」
僕達は見つめ合いながら、互いになんと言えばいいか分からなくなり、変なお礼をしあう。
ピシッ!
そんな真っ赤な空気を破るように、僕の黒い体から甲高い音と共に多数のヒビが入り始める。慌てて立ち上がって抑え込もうとするが、全然止める事が出来ない。元々どうやってこの体を作ったかも、僕は記憶にないのだから仕方がないのだが……。
「拙いぞ……魔力で出来たこの体が崩壊しだしてる。……このままじゃ、皆を巻き込んで爆発しそうだ!?」
「な、何とか体内に魔力を戻せないのですか?」
「………徐々になら戻せてるけど、とてもじゃないが間に合いそうにない…」
無意識に魔力を放出したとは言え、その膨大な量は、魔力操作がまだ甘い僕には抑えきれる物ではなかった。数千の魔力を徐々に戻しても、既にヒビが入り始めているこの体の崩壊までには、間違いなく間に合わないのだ。
「……なら方法は1つしかありませんね。ハヤテさんの魔力を私が魔法として使用します」
このままでは無慈悲な爆発でここにいる皆が巻き込まれてしまう。それを防ぐために、魔力に方向性を持たせようとルナは考えたのだ。
しかし問題は、他人の魔力で魔法を使えるかどうかという事だが……それを考えると、まだ体が動く間にルナ達と距離を離した方が良いかもと考える。
「きっと大丈夫ですよ。生き返らせてもらってからの私の魔力の質は、ハヤテさんと違いが分からないほどそっくりな感じがします。もしかしたら隷属者になった影響かもしれませんが、全然失敗する気がしません」
言葉通り少しも心配していないようで、笑顔で僕を見つめてくれる。それでも失敗すると、一番被害を受けてしまうのは隣に立ってくれるルナなのだ。それを考えると、怖くなって実行するのに踏ん切りがつかない。
「…糞が……化物みたいな生き物がいると思えば、また死ななかった奴もいる。まったく、バグだらけのゲームだぜ此処は…」
時間がないのにいまだ悩んでいた僕の視線のかなり先に、散々邪魔されてストレスが溜まったジンが姿を現せる。それでもすぐに襲いかかって来ない所を見ると、僕の存在やルナの魔法を警戒しているのがよく分かった。
「これでもう逃げ道もありませんね」
「確かに……もう覚悟を決めるしかなさそうだ。……それにしても、ルナは度胸が据わっているね。僕なんて失敗したらどうしようと考えてしまい、怖くてしょうがないのに…」
「私も怖いですよ。でも、妻は夫を支える者。なのでハヤテさんの不安な気持ちの半分は私が受け取ります。だから一緒に頑張りましょう」
「ルナはこんな時まで……でも、気分が楽になった気がするよ。ありがとう」
僕はルナの言葉を聞いて、少し肩の力が抜けた気がする。そして協力魔法を使う覚悟を決めた。
標的はこちらに向かって来るジン。大量の魔力があるのだから、避けようのない巨大な魔法で迎え撃つ事に決めたのだ。
「それでは私の杖に魔力を移してください。あとは私が魔法に変換します」
杖を構えるルナを、後ろから覆い被さるように手を伸ばして僕も杖を持つ。その体勢になると僕の顔はルナのすぐ隣にきたのでまた顔を赤くしていたが、僕は魔力の移動に集中している為に気が付く事はなかった。
ピシピシ!。
体内に魔力を戻すより格段に早く魔力を移動出来たので、このまま順調にいけると思ったが、半分ぐらいの魔力を移した段階で、杖から何やら割れるような音が聞こえ始める。
「……ハヤテさんの魔力に対して、魔石の耐久力が持ちそうにありません。このままでは……」
この事態はルナも予想していなかったようで、表情に曇りが見え始める。このまま魔力を移しても、魔石の崩壊と共に溜まった魔力が爆発を起こしてしまうのだ。
「大丈夫。杖の崩壊は僕のゴーストハンドで絶対に抑え込む。…ルナの言葉を借りるなら、夫は妻を守るもの……かな?」
僕はルナを安心させる為に、冗談混じりで明るく話をする。その効果があったのか、ルナは満面の笑みを見せて頷いてくれた。
僕は崩壊しそうな魔石をゴーストハンドで覆うように押さえつける。その間も魔石の中から聞こえる音は続いていき、しばらくすると音はしなくなったが魔石の輝きも消えてしまう。予想される原因としては魔石の爆発は起こらなかったが、既に内部から壊れてしまったと思われる。
(魔石が壊れてしまい魔法の増幅は出来なくなったけど、それ以上の魔力を僕が維持出来れば済む話だ!)
僕はドンドン壊れた魔石に向かって魔力を移していき、ルナは魔法を放つのを待っていた。
そして魔力の移動が終わり、僕の姿は元のぬいぐるみに戻ってルナの肩に乗っている。杖に溜まった異常な雰囲気をジンは感じ、このままでは拙いと逃げ出そうと後ろを向いたが………既に手遅れだった。
「アクア……ブリット」
ルナの言葉共に杖から放たれたのは、迷宮の通路を全て水で埋め尽くす程の巨大な水弾。いや、水弾なんて生温い物ではなく、巨大な津波が流れるようで、轟音と共に迷宮の壁や天井を抉るほどの威力が込められていた。
「あれはいったい何なんだ……」
「ここからじゃ、遠くてよく分からんが……鉄砲水が突然現れたみたいだ」
いまだ動けないでいるアリサ達は、突然聞こえてきた轟音と青に染まっている迷宮の先を見て驚いていた。
しばらく水が出続けたが、やっと溜まっていた魔力を全て使い切った。
「さて、どうしてルナが無事だったかを教えてくれないかい。僕はルナが斬られた段階で、記憶が曖昧になっちゃったんだ」
僕達の視界の先は、今の魔法で全て洗いながられたように何も残っていない。これで全てが終わったかの確認が出来ていないので油断はしないが、何故ルナが無事だったかが疑問に思っていたのだ。
「それはですね……」
ルナは何か言い難そうに言葉を濁す。
「……あれはわざと斬られたんですよ」
「わざと!?」
僕はルナの言葉で驚いてしまった。致命傷になるような傷をわざと受けたと言われれば、誰だって驚くに決まっている。
「彼の呪いは死ぬまで治らない傷を与える呪いですよね。なので既に死人となっている私には効かないと思ったんです。その賭けが成功したようで、ハヤテさんがあの姿で駆け出してからポーションを使ったら、無事に効果が出たんです……」
「馬鹿!無茶をし過ぎだよ。その推測が外れてたらどうするつもりだったんだよ」
その答えを聞いて、僕は怒鳴らずにはいられなかった。実際僕はその様子を見て暴走してしまったし、アリサ達も頭に血が上って無茶な戦いに挑んでいるのだ。
だが、これらの全てをルナの責任とは言えない。僕がジンの攻撃を受け止めれるだけの力を持っていれば。いや、ルナが戦わないでも済むような実力を僕が備えて入れれば……ルナが危険と分かっているような賭けに出る必要がなかったのだ。
「すみません。あの時はこれに賭ける方法しか浮かばなかったので……」
MPが残り少ない相手にスキルを使わせるには、敵視されており、恐らく効果がないであろう自分が体を張って受けるしかないと考えたのだ。
しかしその賭けに勝ったおかげで、ジンはもうスキルを使う事は出来ない。
「いや……僕の方こそごめん。ルナを守るって言っときながら、むざむざ斬られるような事になってしまって……」
謝って来たルナに、僕も頭を下げて謝る。
「フフ、ならお相子ですね、私達」
「笑いごとじゃないけど……僕達はまだまだだね」
「そうですね。これからも一緒に成長していきましょうね」
「ああ」
僕達は互いに今回の事を反省して、生き残った事を笑いながら祝福し合った。そして心配しているであろう、アリサ達の下へ戻っていく。
「お姉ちゃん大丈夫ですか?」
「ル、ルナなのか?いや、むしろルナの方が大丈夫なのか?」
気持ち的にはすぐにでも無事を確かめたいのだが、アリサは全身に残る疲労感から体を動かせなかった。
「傷は大丈夫です。…でもちょっと無茶な魔法を使ったので、少しフラフラしますけど」
心配そうにしているアリサを少しでも安心させようと、ルナは出来るだけ笑顔を見せて答える。
「ならさっきの水はルナの魔法だったのか?あんなのまで撃てるなんて凄いな!」
さっきのが魔法と分かると興奮気味にアリサはしていたが、後ろに倒れていた2人は驚きのあまり目を見開いて驚愕していた。
「!?。すみませんお姉ちゃん。どうやらまだ終わってはいないようです…」
「え?」
そう言って何かに気付いたルナは、アリサから視線を外し迷宮の先を見つめ始めた。
「何なんだよ……NPCのくせにチートみたいな攻撃しやがって………もう頭にきた…一瞬で倒してやる」
「なんて…しぶといんだ……あんな魔法を受けて生き残るなんて…」
アリサの言うとおり生き残ったのは驚きだが、ブツブツ言いながら歩いてくるジンの足取りは重く、今ならアリサ達でも十分に倒せると思える。しかし今戦えるのはルナ1人だった。
「お姉ちゃんの剣を少し借りますね」
「な、お前1人で戦うつもりか!?」
「…今動けるのは私だけですから……」
ルナは転がっているアリサの剣を持ち上げ、ジンの方へ向かって行った。
「…なあ、今あの子が持ち上げた剣ってどこにいったんだ?」
「持っているようには見えないけど……体に隠れているだけじゃない…かな?」
2人が疑問に思うのも当然で、拾った剣はすぐに僕が収納の腕輪にしまったのだ。だから右手にはいつもの杖があり、左腕には僕が抱かれている状態だ。
「もう諦めてくれませんか?」
「ふざけんな!まだゲームは始まったばっかりだ!こんな序盤で、リタイアなんてしてたまるかよ!」
(こいつ……やっぱりゲーム感覚でこの世界にいるのか…)
ジンは黒剣を持ち上げルナに斬りかかって来たが、その剣に勢いはなくなっており、簡単にかわす事が出来る。
「不治の剣の呪いを解いてください!そうして諦めてギルドに捕まってください」
ルナは攻撃をかわしながら説得を続けた。
「馬鹿が!そんな事が出来る訳ないだろ!いい加減くたばれ!」
しかしまるで聞く耳を持とうとはせず、更に攻撃を続けて来る。
「残念です。では気を失わせてギルドに連れて行きます。アクアブリット」
説得は不可能と判断したルナは、気を失わせようとジンの腹に向かって水弾を放つ。しかしさっきまでフラフラだった動きとは違い、突然の素早い動きで水弾をかわし、そのままルナの首に向かって黒剣を振ってきた。
「そんな甘い事を言っているから死ぬ事になるんだ!くたばれ!」
残りの体力をこの一撃に賭けていたようで、魔法を放ったばっかりで隙だらけのルナの無防備な首を見て、ジンは勝ちを確信した。
キーーーーーン!
しかし甲高い音と共に黒剣は動きが止まる。そう僕がアリサから借りた剣をゴーストハンドで持って受けたのだ。その事で驚いて固まっているジンを横目に、ルナは今度は避けれないように杖を腹に当てる。
「なんだよ!なんなんだよお前は!不治の剣も効かないし、剣も浮かせるし、馬鹿みたいな魔法を使うし!…は!?お前もさっきの奴も地球から来たプレイヤーだな!そうなんだな!?」
そのまま剣を振り抜ければジンが勝てるのだが、既にダメージで力が入らないのでそれも出来ず、今やれる事は感情むき出しに叫ぶ事だけだったのだ。
「私は生まれた時からこの世界にいます。……それよりあなたはなぜこの世界に来たんだすか?」
「は?なんで俺がNPCにそんな事を説明しないといけないだよ!」
そう言って黒剣を放したと思ったらルナに向かって殴りかかってきた。だがそんな攻撃を僕が通す訳もなく、ゴーストハンドで受け止める。
「な、なんだこの感覚は!?」
そんな動揺の中、ジンは両手を交互に使ってルナに殴りかかって来るが、その全てを僕が防ぐ。ルナも僕が防いでくれると信じているようで、まったく怯える事無く相手を見つめている。
「残念です。残りはギルドで話してくださいね」
降参するつもりはないようで、今だ攻撃を繰り返そうとするジンに少し悲しそうな顔でルナは魔法を放った。
「ぐぅあ!?」
その水弾を受けて壁に叩きつけられたジンは、ようやく動かなくなった。
「……これで終わりだね。ルナ、お疲れ様」
「ハ、ハヤテさん!?あの人の体が!」
僕がルナの方を向くと、ジンを見ていたまま驚いた顔をしている。
「な!?なんでジンの体が消えて行くんだ?」
そう、壁にもたれるように倒れていたジンの体は徐々に透けて行き、僕達の目の前で最後は消えてしまったのだ。
「これはいったいどういう事なんでしょう?」
「わ、分からない。もしかしたら元の世界に帰ったのかもしれないが……」
「残ったのはこれらだけですか……」
そう言ってルナは黒剣と魔石を拾った。どうやらこの世界に元々あった物は消えないようだ。
「ま、ここで考えていても答えは出ないし、リリカ兄達の怪我を治さないと」
「!?。そうでした」
そして慌てて怪我人の下へ戻って行き、ポーションを使ってあげる。ルナが推測した通り、ジンを倒した事で呪いは解けて傷口が治っていった。
皆疲れていたのだが、この場に留まっていてストーンゴーレムに襲われたら危険だ。なので傷が治れば体力的に余裕があったリリカ兄を何とか起こして、気を失っている盾の冒険者とリリカを担いでもらう。そしてルナはアリサ達の装備を持ってあげて上への階段に向かい、そこでようやく落ち着いて休憩を取る事ができた。
「それで奴はどうなったんだい?」
休憩を始めた事で少し落ち着く事が出来たので、今までの情報をまとめる事にする。
「私もよく分からないのですが、気を失わせようと魔法を放ったら装備だけを残して、そのまま消えてしまったのです」
そう言って残された黒剣と魔石を皆の前に置いた。
「逃げたんじゃなく、消えたのかい?」
「はい、どんどん体が透けていって最後にはこれら以外は何も残りませんでした……」
「………そんな話は聞いた事がないが………ジンが使っていたスキルだって聞いた事がないスキルだった。もしかしたら最近、突然現れているユニークスキル使いは、全員がそうなのかもしれないな…」
リリカ兄もユニークスキル使いの話は聞いていたようで、そう推測しても証拠も何もないので、これ以上の答えが出ないのは僕達と一緒だったのだ。
「それじゃあ、あの怪しい全身黒尽くめの男は何処に行ったんだ?遠目から見てたが、まるでルナの唇を奪うような行動をしたじゃないか!助けてもらったのは嬉しいが、それとこれとは話が違うからな」
どうやらアリサはルナが僕の暴走を止めた所を見ていて、怒っているようだ。
「私にはルナちゃんの方から抱きつきに行ったように見えたけど……」
ルナの方からそんな事をするはずがないと思っているアリサは、最初からルナが積極的に抱きつきに行く可能性を排除している。なので偏った見方になる。
だから遠目だった事もあり、自信満々に言いきったアリサの意見が信憑性を増し、他の意見が勘違いかもと自信のないものになってしまったのだ。
「彼は私が倒した所を見届けた後、下の階層に向かって行きました。それに彼は怪しい人ではありません。私達のピンチに駆け付けてくれたヒーローなんです」
「ヒーローなのは分かった。だが、ルナの唇は無事なんだろ?口付けは夫婦の誓いをたてる時に行うもの。それを見ず知らずの男に奪われたなんて事は、いくら命の恩人だからって許せないぞ!」
(く、口付けにそんなに重大な意味が……)
僕が考えていた以上に大きな意味を持っていた口付け。その話を聞いてルナの顔を見てみると、あの時の事を思い出しているのか、頬を赤く染めている。
「大丈夫です。見ず知らずの人に唇を許したりはしませんから」
そう答えたルナだったが、アリサには聞こえない小声で「ハヤテさんは見ず知らずでも怪しい男でもありませんから、嘘は言っていませんよ」と、呟いていた。
「後半の話はとりあえず置いておいて、ジンの事はとりあえずギルドマスターに報告しよう。それとすまないが、今日は迷宮内で一泊してもらう事になる。リリカもまだ目を覚まさないし、僕達の装備もだいぶ失っているから、魔物が凶暴化する時間に突入すると拙いんだ…」
確かにリリカ兄のチームは盾を失い、矢も半分以上はジンに叩き折られているので、使えそうなのを拾って来たとしても連戦は厳しい。それにリリカ達が気を失っているのもそうだが、アリサ達の体力も限界に近いので、回復するまで待たないといけないのだ。
体力回復中にルナにはいろいろな質問が来たが、魔法については魔力を限界まで溜めて放ったと言い、斬られたのに動けた説明については、やられたフリをして魔力を溜めていたと誤魔化した。
そして夜になる前に、少しでも使えそうな矢が落ちていないかを確認しに行く。
その後、迷宮内の空気が変わり、凶暴化が始まった事で夜が来たのを察した。そしてリリカ達が目を覚ましたのも、ちょうどその頃だった。
食料はリリカ兄達のチームが持っており、それをルナ達は分けてもらった。そして交代で睡眠をとり、凶暴化が終わったのと同時に地上に向けて行動を開始する。
強敵との戦いから一晩の休息があったとはいえ、体力を限界まで使った者と、怪我による体力の消費を完全に回復するには至らなかった。
地上に向かうまでの戦いには、体力的に余裕があるルナも交ざって、出来るだけ魔物との戦いを避ける形で寄り道もせずに進んで行く。
上の階層に行くにつれて気が緩みがちになる気持ちを抑え、一向は無事に地上に出る事が出来た。
「おおーーーー!!!また太陽が見えるとは思わなかったぞーーーーー!」
「ま、まぶしい……でも、それが良いわ」
「これを見て、ようやく生き抜いた実感が湧いたぞ!」
「まさかこんな経験をするとは、想像もしなかったな。…さあ、ギルドに向かって報告をしよう。君達は……体力的にもMP的にも疲れているだろうから、マスターには明日行くと伝えておく。あとリリカも先にホームに戻ってくれ」
それぞれが再び太陽を見れた事を喜ぶ中、リリカ兄はアリサとリリカの体力を考えてそう言ってくれた。実際2人の体力は限界を迎えており、前衛で戦っていたが動きは誰が見ても分かる程、悪かったのだ。
そしてルナは全員が疲れているのを理解していたので、魔法を惜しみなく使っていたのだ。
リリカ兄はその事に気が付いていたが、チームの状態を考えると、ルナに頼るのが一番安全だと判断したのだ。
その為、アリサの体力とルナのMPを心配してくれたのだ。
「そうだな。確かに疲れたし、悪いが報告は明日の朝に行くと伝えて置いてくれ」
アリサは申し訳ないという気持ちがあったが、自分の体力が既に限界と分かっていたので、リリカ兄の言葉に甘える事にしたのだ。
「そうですね。皆さん、すみませんがお先に失礼します」
「君達もゆっくり休んでくれ」
「ルナ、貴女のおかげで助かったわ。また迷宮に一緒に行きましょうね」
リリカも帰る事になったので、疲れを無理に押し殺して笑顔でルナにお礼を言って帰っていった。
そうしてアリサは軽く手を挙げ、ルナは深々と頭を下げてリリカ兄達と別れた。
安心出来る我が家に着いた2人は、緊張感から解放された事で一気に疲労に襲われてしまい、食事もせずにベットに入って眠りについたのだった。




