違う世界
モヤが晴れるとそこは見覚えのない森の中だった。
「やられたな。まさかポイントをずらして来るとは」
なんの変哲もない、いつものアラートだった。
ただポイントか巧妙に偽装されていたらしく、私たちの立っていた場所が歪みの中心だったのだ。
いつも同じ距離感、同じ位置関係で待機していたのが仇となったというのだろうか。
だとしたら向こうはこっちが見えてるということにもなるのたが。
入れ違いに見た限り、出てきたのワイバーンだったのでジビエがいる今であれば瞬時に同属化できているだろう。
竜種に限らずともジビエがいればどんなやつが出てきても遅れを取ることは101%ない。
私の強力な強制転移がなくともうまくやれるはず。
その点はジビエが来てくれて本当に良かった。
さてどうやってみんなと連絡を取ればいいものか。
でも今はその前にまずはここのきり抜け方だな。
さすににちょっとヤバそうだ。
「マップ」
私は無数の赤い光点に囲まれていた。
その数値は100 万だった。
―――――――
「嫌だあ!!!」
「ウミさん! ウミさん!」
泣き叫ぶミズホとサチを見つめながら私はただ呆然としていた。
最後に見たのは「大丈夫だ」という言葉を残して精一杯の笑顔で時空の狭間に飲み込まれていく彼の姿だった。
今日が婚約記念日になったので、私たち3人は無理を言っていつもの後衛ではなく前衛に入れてもらっていた。
そばにいたからこそ何も出来なかったことが――。
――違う。
彼の足を引っ張るミスをしてしまったことが悔やまれるのだ。
突然のことに私たちは硬直してしまった。
もしかしたら――いや間違いなく。
私たちがいなければ彼ならあんなトラップを抜けるなんて簡単だったはずだ。
とっさに私たちを突き飛ばした彼はそのまま時空の狭間に飲み込まれてしまったのだ。
「どうした! 何か起きたんだ!」
私たちの代わりに後衛にいたアキラが瞬時に飛んでくる。
続いてお父さん、伊東さん、ふるっちに三花くんも駆けつけた。
出現したワイバーンの大群はすでにジビエがひと睨みで従えていた。
『やられたな。こんなことを仕掛けられるのか』
「どうしたんだ?」
『主、やられたよ。逆転移でウミが盗られた。面目ない』
「……違う、ジビエのせいじゃない。私たちのせいだ。私たちが動けなかったから代わりにウミさんが落ちたんだ」
「起きたことは仕方ない」
「ジビエ、ワイバーンは任せていいんだな? ならオレは後ろに下がる」
「どうするつもりだアキラ」
「今ここで出来ることはない。なら掛川に賭ける。あいつならなんとかするはずだ。伝えてくるよオヤジ」
「ほう。冷静だな」
「いや、怒り狂ってるよ。オレより動揺してるヤツがいるからどうにかね。ふたりを……いや3人を頼むよ。アイツはオレの恩人だ。必ずオレが取り返す」
そう言い残してアキラは後ろに引いていった。
残された私は遅れて身体の震えが止まらなくなった。
いつもそばにいた。
ずっと守ってくれた。
なによりも私たちを優先してくれていた。
いつもバカにしたような口調で、子供扱いしながら、それでも、それでも、それでも。
いつも私たちを宝物のように大事にしてくれていた。
そして私はやっと喪失感を認めた。
号泣していたふたりが驚くほどに泣き叫んでいた。
それは魂の慟哭だった。
―――――――
「参ったな。リュカ、モンスターの数を聞きたいか?」
「主、その前に確認だ」
「ん?」
「魔力は大丈夫か?」
「ああ。でも無限かはわからない」
「我にも変わらず主の魔力が循環しているのはわかる。ここは魔素が濃いから自走できる。一旦供給を切ってくれてもいいぞ」
「いや向こうでもまだ魔力循環は有効じゃないと困るからこっちからは切れないよ。異世界間でも魔力循環ができてることに賭けるしかない」
「わかった」
それにしても。
3人を助けているのが精一杯だったのが悔やまれる。
なんの躊躇もなく飛び込んできたリュカをあっちに戻す時間はなかった。
あと1秒あればリュカも逃がせたんだがな。
「……主、なにを考えている。気にするなよ。離れないのが当たり前だ。あそこで置いて行かれたら一生恨んでたからな」
「……わかったよ。魔力が無限なことを祈れよ」
「ギルは出てこないのか?」
「呼んでも反応がない。異世界転移には何か制限があるのかもな。こっちに来てないんだろう」
「わかった。お、やつらが来たみたいだぞ。やるか」
「転移させてる場合じゃないからな。残念だけどやるしかない」
マップの赤い光点は徐々に包囲を縮めており、もうすぐ視界に入りそうだ。
これはキツそうだな。
「主と本気の戦闘か。腕が鳴るな」
リュカはそういうと本来の姿に戻った。
「久しぶりに見ると頼もしいな」
すると赤い光点に変化が起きる。
先陣を切っていた200ほどの光点が中立を示す緑に変化したのだ。
「お、魔狼がいたようだな。光点が中立になったぞ」
「青に変えておくか」
リュカが遠吠えをあげると、緑が青に変化した。
さらには中陣にいた300ほどの赤も青に。
それらが一斉にこちらに向かって疾走し始めた。
「助かるぜリュカ。500が味方についた。100万引く500で残り99万9500だ」
「ハハハ。さあ行こう主」
「ああ迎撃のチャンスだ」
魔素が無限であることを信じて派手な魔法で吹き飛ばすか!……とも考えたのだがよく考えたら攻撃魔法の供給元がいない。
私は攻撃魔法が禁じられたままだ。
「肉弾戦か」
「我もしばらくは咆哮は控える。万が一に備えて無駄に魔力消費したくないからな」
「体力持つかなあ」
「主、泣き言をいうな」
「はいはい。がんぱるよ」
私たちはモンスターの渦のなかに飛び込んでいったのだった。




