シェフと親父
想像もしなかった展開。
なんとシェフがオーナーだった。
「「え?」」
「驚かせてすみません。料理は私の趣味でして」
「「え????」」
予想を超えた展開に言葉が見つからない。
「「えーーーー!!!!???」」
「藤沢さん、改めて宜しくお願いいたします」
「マジですか?」
「マジですよ」
あー、神眼が肯定してるよ。
これは斜め上を越えてきたな。
「シェフ……いや鈴木オーナー。この金額は間違いですよね?」
「いえ、この金額です。あと今まで通りにシェフでいいですからね。その呼ばれ方が気に入ってますから」
「いやそういうことじゃなくて。無理ですよ! 安すぎますって」
「裏なんてなにもないですからね。安心してください」
「いやさっきまでは全力でそう思ってましたけどね。シェフがなんか企むような人じゃないってのはわかってますよ」
「へえ、なんでそう思うんです?」
「料理ですよ。何年シェフの料理を食べてきたと思ってるんです。こんなに時間と手間をかけて、愛情込めてお客様のために料理を作り続ける人が悪人なはずがない」
「……嬉しいです。ではそのまま言葉を返しましょう。毎回あんなに嬉しそうに料理を食べてくれて、毎回あんなに嬉しい感想を聞かせてくれた人に悪い人はいないですよ」
「いやそんなのここの常連さんなら全員……」
「私は人を見る目には自信があります。それだけでひと財産築いてきたと思ってるくらいにはね。藤沢さんは間違いなく良い方だ」
「だからって」
「まあこれは投資みたいなもんです。ユキナさんとミズホちゃんの未来に。そしてなにより藤沢さんの創り出す明るい未来にね」
「そんな」
「私には掃いて捨てるほどに資産がある。正直、10億が多いか少ないかなんて大したことではないんだ」
「いやそれはそれでどんだけですか」
「どうしても嫌だというならこの話は無しだ」
「めちゃくちゃだ!」
「なら……海クリエイティブの株を一株だけください。それで私は藤沢さんの公式な支援者になれる」
この人の言葉に嘘はない。
神眼がそれを証明している。
本当に私たちに未来を感じてくれているんだ。
「……わかりました。ならこちらも条件がひとつ」
「なんでしょう」
「私たちの家族になってください。あなたのことはずっと仲間だと思ってきたけど、もうそうじゃない。もう家族です」
「……嬉しいよ。もとより私はそのつもりでいたけどね。家族も亡くして仕事仲間は大勢いてもずっとひとりだった。でも君たちが毎日欠かさず店をのぞいて挨拶をしてくれる。いつもみんなでご飯を食べに来てくれる。仕事で地方に行けば必ずお土産を持ってくる。それが毎日楽しみだったよ。古いこの建物は壁も薄い。内容は聞こえなくても上から楽しそうな笑い声が絶えない。ある意味、ここは二世帯住宅みたいなもんだ。一緒の家に住んでいる息子とかわいい孫みたいなもんだった」
やべえ、泣けてきた。
私たちは固い握手を交わした。
そして自然にハグをしていたのだった。
「条件がもうひとつ増えました。私も去年父を亡くしてます。今日からあなたのことは親父と呼ばせてもらいますね」
親父も泣いていた。
里山さんは号泣していた。
―――――――
結局、マンションは共同名義にした。
これがいちばんいい。
資産価値を10億として半分を買い取る。
こうなったからにはお互い金額の多寡などどうでも良くなっていたので親父もその条件を飲んだ。
嬉しいな。
仲間が増えるどころか家族が増えたぞ。
仕事から戻ったユキナとミズホも呼び出し、マネージャーたちも参加させて新しい家族が増えたことを伝える。
ふたりもそれを聞いて飛び上がって喜んでいた。
古杉くんと三花くんも嬉しそうだ。
事務所のメンバーの誕生会はいつもここだったし、彼らもしょっちゅう世話になってたからなあ。
まだ仕事がそれほど無くて私も営業で忙しくしていた頃、暇だったユキナとミズホはしょっちゅうここに遊びに来ていたそうだ。
ふたりも時間があったのでお店を手伝ったり、仕込みを手伝ったりしていたという。
「ウミさんが気を使うから内緒にしておこうって3人で決めたんだよ」
「最初は要らないって言ったのにお父さんいつもアルバイト代くれてたよね」
「そうそう。まだ売れる前でお金もなかったからパパには助けられてたなー」
「そうだったんだな。てかなんでお父さん枠になってるんだ? ふたりのことは孫だって言ってたぞ」
「何言ってんの、ユキナはウミさんの妻なんだからおじいちゃんじゃなくてお父さんだよ」
「ミズホもお嫁さんだよー」
「何言ってんだか」
「アハハ、ユキナとミズホは本気だったのか」
「「当たり前だよ」」
「ウミ、しっかり稼がないとな」
「親父もそこは否定してくれよ」
「いや嬉しいなあ。孫だと思ってたら娘がふたりも増えたぞ」
「どっちもあり得ないけど100歩譲ったとして、嫁がふたりなのは容認しちゃダメだろ!」
「そうか? ほんの少し昔までは普通によくあった話だぞ」
ダメだ。
親父が向こうに回ったぞ。
ふと、気づくと里山さんの顔が凍っていた。
(なんでなんであれユキナにミズホだよねあのふたりが藤沢さんの抱えてるタレントだったなんてしかも恋人とか言ってるというか結婚とか言ってるよ結婚結婚なにそれふたりともふたりとするのしてるのなによそんなの勝てるわけないじゃんどうすんのよどうするわたしいやいやおわたーーーーー)
げ、神眼切ってねえし。
里山さんもやっぱりそっちだったのか。
なんだよ本当にモテ期か?
ん? ってことはユキナとミズホもか?
マジで? ネタじゃなかったのか?
なんだよ! これどうやってオフになるんだよ!
あ、ステータスから……あ、できた。
だから神眼なんて要らなかったんだよ。
参ったな。いや嬉しいけど。
まあ里山さんはあくまで社外の方だ。
今後の距離感に気をつければいいだろう。
案件成立ごとの食事会もスタッフ同行だしな。
うん。大丈夫だ!
ユキナとミズホは一旦忘れよう。
そのま結局、みんな楽しくて夜中まで飲み続けた。
「親父、明日ちょっと真面目な話がしたいんだ」
「今でもいいぞ?」
「いや、日を改めてがいいな」
「わかった。6時には仕込みをしてるからいつでもいいぞ」
親父には本当のことを話しておかないとな。
古杉くんと三花くんはタクシーで返して、酔いつぶれた里山さんは家もわからないから事務所に泊めることにした。
明日は休みで予定もないとボヤいていたから大丈夫だろう。
神眼の真実は余計だったけど、まあそれも男としては正直嬉しいことだよな。
なにより。
大事な家族が増えたことがなにより嬉しい。
親父なら必ず受け入れてくれる確信もある。
うん。
今オレは幸せだ。




