歪み
何事もなくフェスのプログラムは順調に進む。
夕方になり陽も落ちて辺りは薄暗くなっている。
あと二組でミズホの出番だ。
私はミズホに最後の声をかける。
「どうだ?」
「うん。スイッチ切り替わったよ!」
「大丈夫だ。任せとけよ」
「信じてるね!」
ドアがノックされてスタッフから声がかかる。
「ミズホさん、スタンバイお願いします!!」
私はいつものようにミズホの背中を軽く叩く。
「さあ行こう」
「うん!」
アラートはないが慎重に裏動線を進む。
ステージ脇にたどり着く頃にはちょうど前のステージが終わったところだった。
周りはすっかり夕闇。
ざわつく会場に突如、派手な煽りのカウントダウンが始まる。
掛川プロデューサー渾身の演出だ。
カウントダウンゼロに合わせて打ち上がった花火が全方位から満開の花となり夜空を埋め尽くした!
いよいよイベントのラストを飾るミズホのステージが始まったのだ。
観客5万人のボルテージは最高潮。
ミズホのパフォーマンスは全員を熱狂させている。
――おかしい。
まだアラートがない。
これから?
いや――おかしいだろ。
そうだよ。
たかがひとりの業界人だぞ?
なにも出来ないだろうとは思っていたが、本当に何も起きないなんて。
なにか根本的な見落としがある。
そんな予感がする。
「三花くん。何か変だ」
「何か起きましたか!?」
「逆だよ――何も起きてない」
「ミズホを狙ってるんだしこれからなんじゃないっすかね」
「なにか大きな勘違いをしたかもしれない」
「どういうことすか?」
「……越上じゃないのかもしれない」
「ええ、誰かに委託したテロの可能性もあると言ってましたよね」
「違う。そもそも越上は何も関係ないってことだ」
「え!?」
そこに大谷さんから着信が入る。
胸騒ぎの中、電話に出る。
「大変だ。越上じゃない。やつはさっき警察に逃げ込んできたらしい。事件発覚直後からずっと暴力団に監禁されてたそうだ」
「どこの情報です? 確かですか?」
「いまニュースで流れてる。映像付きだ」
「わかりました。ありがとうございます」
クソっ。
道理で何も出ないはずだ。
勝手に敵を決めつけた。
「全体に緊急コール! 越上は無関係だ。だが警戒は継続してくれ」
そしてこのタイミングで激しいアラートが響く。
強い。何が起きるんだ!?
「ギル!」
「なんだよマスター。こんな人混みで呼ぶなんて……なんだ!? ……ヤバいぜマスター! 時空が歪んでるぞ!」
「なんだそれ!?」
「異世界からの転移だ!」
「なっ!?」
「なにかが紛れ込んでくるかもしれないぞ」
そうこうしているうちに少し離れたあたり――観客エリアの後方に違和感を感じた。
「マスター! あそこだ。魔力の淀みが滲んでるぜ」
「……感じた! どうなるんだ!?」
「空間が繋がったら向こうからハグレが湧く」
「ハグレ!?」
「良くて異世界人、悪けりゃモンスターだな」
モンスター!?
こんなに人がいるんだぞ?
大混乱になる!
「繋がったらマップを出して時間停止だ。オレも動けなくなるからマスターがなんとかするしかないぜ」
「何がでてくるんだよ!」
「歪みは天災だ。ランダムだから何が迷い込むかはわからない」
「ちょっと待て。侵略じゃないのか!?」
「当たり前だ。神隠しってやつだな」
なんだよそれ!
悪意を持って攻めてくるならわかりやすいのに!
「相手も被害者じゃねえか!」
「……まあそうなるな」
「なんだよ、敵なら消し飛ばして終わりなのに!」
「……マスター。その考えに辿り着くなんてオレは嬉しいぜ」
「何言ってんだよ」
「でもその考え方はとてもキレイな考え方で絶対的に正しいけどな。大事なものの優先順位は間違えるなよ。最後はマスターが決めるしかない。さあ来るぞ!」
空気が振動して景色が歪む――。
モヤがかかったように一瞬周りが見えなくなる。
やがて歪みが収まり、景色がもとに戻る。
歪みが終わりそこに姿を現したのは、ゾンビだった。




