エピソード9
朝、ユカと一緒に家を出て、タカは屋根の上で腰をおろした。
ユカが出がけにいつでも家の中に入れるように裏口を開けておくと言う。少し不用心かと思ったが、ありがたいと思った。
何もすることがない。できることもない。
いや、できないわけじゃない。水を運ぶことも、畑の作業もできる。ただ、それはすごく不自然だ。桶が飛んでいたらおかしい。不気味だ。
だから、ただ、人の往来を眺めて時間をつぶした。
そういえばと、川へ行って手を浸す。体が潤っていくのがわかる。やはり、感じることに意味はあるのだと思った。
彼はどうしているだろうかと、森へ戻り彼が寝ている木の中を覗く。何も存在していないような沈黙の中、彼は変わらず横たわっていた。
ここでも、何もできることはない。
「皆がありがとうって言っていたよ」
一応声をかけた。神の花をくれたのは彼だ。
村へ戻り、太陽が頂点に達した頃、ユカはコウと共に戻ってきた。家に二人で入った後、桶を持ってコウが出てくる。今日はコウが手伝ってくれるらしい。水を湛えた桶を持って戻ってきたコウとユカは今度は畑に行き、雑草を取り熟れているものを取る。
戻ってきたユカは家の前でコウに手を振り、しばらく見送った後、見上げてくる。
「今、行くよ」
タカは声をかけると、下へ降りた。
ユカがドアを大きく開けてくれたので先に入る。
「もう、いいよ」
声をかけると、頷いたユカが入ってきてドア閉める。
「お帰り。大変だったか? 」
「ううん。みんな気をつかってくれて、無理しないで良いって言われたし、子供がやるような作業をやってたから」
話しながら、二人ともダイニングの椅子に座った。
「オレの家族に会った? 」
誰か共同作業にでているはずだ。
「タカのご両親は昨日、ここに来たんだよ。何か変わったことがあったら知らせて欲しいってことと、困っていることがあったら言ってくれって。今日はタカのお兄さんが声をかけてくれて。大丈夫かって。何か変わったことがあったかって聞かれて、残念ながらって首を振った」
「ごめんな。嘘を言わせて」
正直に話せた方が嬉しいはずだ。
「ううん。タカのこと話したらショックでおかしくなったんじゃないかって思われるかもしれないって思ったから、タカに話すなって言われて良かった」
「そうか」
「お父さんがね、私が親元に戻って、兄さん家族がここに住むのはどうだって言ってきたの。子供が生まれるまではその方がいいんじゃないかって。タカが帰ってくるかもしれないからって断った」
「いいのか? 」
「うん。私はここの方が落ち着ける。きっと、子供にもその方がいい」
「でも、困ることもあるだろう? 」
「子供が生まれるまではできないこともある。でもね、みんな手伝ってくれるって」
「そうか。よかったな」
今はそう思っていても時間が経てば、気持ちは薄れていくものだろう。ただ、その時に考えれば良いことかもしれない。
「少し休むか? 」
食事の支度にはまだ早い。子供がお腹にいるというのなら、体を大事にして悪いことはないだろう。
「今、休んでるよ」
「いや、ベッドにいって体を横にした方がいいんじゃないか? 」
「大丈夫よ。病気じゃないんだもの」
ユカが微笑む。
幸せそうに見えた。
突然ドアがノックされた。
「誰だろう」
言いながらユカが席をたつ。
「オレは寝室にいるよ」
タカが言うと、ユカは頷いた。
寝室の引き戸を半分だけ開ける。そこから玄関の方を覗いた。
「お母さん。ここに来て大丈夫なの? 」
ユカの声がする。
「そんなこと言っても。ユカの好物の干し柿を持ってきたのよ」
ユカの母が家に入ってくると、テーブルに干し柿が入っているらしい包みを置く。
「それは、ありがたいけど」
ユカの声は複雑そうだ。
「どうしても、帰ってくるのはいやなの? 」
「今は」
「いつならいいの? 」
「そんなのわからないよ」
ユカが笑っていた。
ユカの母はユカを連れて帰りたそうだ。それはそうだろう。
しばらくすると、また玄関ドアがノックされる。
「誰だろう」
ユカは母親に言いながら、玄関ドアを開けた。
「今、ちょっと良いかしら」
「あ、ええ、どうぞ」
ユカがタカの母親を招き入れる。
丁度タカの正面に母親が立った。その時、タカは目があった気がした。見えているはずはない。けれど、まずいと思ったタカは引き戸の陰に隠れた。




