エピソード10
「どうかしましたか? 」
ユカの声がした。
「あ、いえね、タカがいたような――ごめんなさいね。こんなこと言って。ユカがお父さんに叱り飛ばされていたと聞いて、様子を見にきただけなの。それと、これ。干し肉なんだけど、栄養つけてもらおうと思って」
「あ、ありがとうございます。こんなに貴重なものまでいただいて、なんと言っていいか――」
「うちは猟にでるから、取り分が多いのよ。気にしないで。それより、あの子はこんな大事な時に何をやっているのか――」
「いえ、マユやセイが助かって良かった――」
ユカたちの会話は続いていたが、タカはそんなこと聞いてないぞと思った。
ユカが父親に叱り飛ばされた?
ユカには何も悪いところはないのに、いつも責められるのはユカだ。思わず手に力が入ってしまって、引き戸に触れたらしい。ガタっと小さな音をたてた。
まずいと思った時にはもう遅い。気づかれなかったと思いたかったが、会話は途切れて沈黙がしばらく流れた。
「何か物が落ちたのかな・・・」
ユカの言葉とともに、寝室の方へ歩いてくる足音がする。
――何がよいのだろう
タカは辺りを見回した。
落ちていて不思議ではないもの――。
タカは台の上の道具箱の蓋を開け、作りかけの細工物を床にそっと置いた。
「やっぱり」
寝室を覗いたユカが入ってきて、タカが床に置いた細工物を拾い上げた。後ろから母親たちが付いてきていた。
タカは自分の母親が小さく微笑んだ気がした。
「ユカがそれが良いというのなら、このまま見守ってあげませんか? 難しいようであれば、うちの主人からユカの父親に話してもらいましょうか」
タカの母親が言う。
「いえいえ、その話を聞いただけで主人はもう何も言いませんよ」
ユカの母親は恐縮した感じだ。
「タカの友達が助けてくれるでしょう。でもね、ユカひとつだけ約束して。無理や我慢はしないで必ず言ってね」
「ありがとうございます」
タカの母親の言葉に、ユカはそう答え、頭を下げた。
ほどなく、タカの母親はユカの母親を伴って家を出ていった。
外まで送っていったユカが戻ってきて、家のドアを閉めた時にタカは声をかけた。
「ごめん、ユカ」
ユカの機転に助かったと思う。音をたててしまったことをうまくごまかせたかどうかはわからないが、問われることはなかった。
「タカのお母さんは最初から何か感じていたみたい。それから確信になって、味方になってくれたように思った。ありがたいし、心強い。だけど、干し肉の料理の仕方がわからないの。聞くの忘れちゃった」
「それなら、オレが分かるよ。教えなかったのは、わざとかもな。そのままかじってもうまいよ」
「タカも食べる? 」
「いや、オレはいいよ。」
必要はない。食料は皆が働いて作る貴重なものだ。
「それより、なんで叱られたんだ? 」
ユカが責められる思い当たりがない。
「――うちに戻ってこいってしつこく言ってきて、怒りだしちゃっただけ。もう親でも子でもないって」
でもね――とユカが続けた。
「帰り際にお母さんが、家に戻った途端にお父さんが私の様子を見てこいってうるさいものだから、何も作れなかったのよってぼやいてたの。タカのお母さんが心配なだけよねって。やりたいようにすればいいのよって言ってくれたの」
「そうか――」
ユカの親には心配をかけてばかりだとタカは思った。
少し沈黙が流れた。
「大丈夫よ。私は一人じゃないから。ご飯作ってくる」
ユカが立ち上がる。
ユカの後ろ姿を見ながら、自分の姿がユカに見えないことが幸いだとタカは思った。
どれだけ情けない顔をしているだろうか、自分でも見たくない。ユカは今の状況を受け入れて先を見ているのに、自分は未練を引きずっている。
ユカがご飯の上に、魚の干物をあぶったものをのせて、豆と野菜を煮たものをテーブルに持ってくるまで、タカは動けなかった。
ユカが作って持ってきたものを食べ終えると、干し肉の包みを開け、小さく割くと口に入れた。
「おいしい。どうやって料理したらいいの? 」
ユカが明るい声で言う。
「明日料理できるように、水につけて戻しておこう」
タカは立ち上がった。
まだ、時間はある。
自分ができることを探せないだろうかとタカは思った。




