エピソード11
毎日、代わる代わるの人が家にやってきた。
水汲みのためだったり、川で取った魚を持ってきてくれたり、産着にしてと織った布を持ってきてくれたり、様子を見に来てくれたり、畑の手伝いしてくれたりする。
ユカが友達の家に行ったりすることもあり、忙しそうにしていた。
タカの出番があるのは、風呂に行く時と夜くらいなものだ。最初、昼間は屋根の上に座っていたり、飛んで上から眺めていたが、自分がさぼっているように思えて居心地が悪かった。何もできることはなさそうだと、森に行って、花畑で日向ぼっこをしていたり、彼の寝床に行き、傍にただ座っていたりした。彼の傍にいると不思議と気持ちが落ち着いた。外を眺めながら、陽の陰りを感じるとユカの元へ戻った。
そんな日を過ごしていたが。
「なぜ、オレだったんだ? 」
その日は彼に向ってぽつりと言葉がでた。答えは返ってこない。ただ彼という存在があるだけだ。話相手にもならない存在に向かって、タカは思いのままを言葉にしていた。
「――オレみたいなやつがこんな力を持っていいのか? 」
「オレは――」
子供の頃から、何に対しても意欲がなかった。正直、ユカがなぜこんなに尽くしてくれるのかもわからない。ただ、その日その日をやらなければいけないことをして過ごしていただけだ。
神といわれる人の仲間になるような素質はない。
思い出したように、ぽつりぽつりと話かける。返事は返ってこないのに、それが嫌じゃない。なぜかわからない居心地の良さがここにはあった。
ふと気がつくと、外は暗くなっていた。
まずい――タカは外ででると、村へ向かった。
家に着くと、ユカは家の脇に置いてある竹のベンチに座って星がきらめく空を見上げていた。
「ユカ、ごめん」
声をかけて、傍に降りた。
「タカ? 」
ユカがゆっくりと不安げな顔を向けてくる。
「ごめん。森で日光浴してたら意識が飛んでて――気がついたらもう空が暗くなってて――」
それは違うと思いながら、正直には言えなかった。
ユカがくすっと笑う。
ほっとしたのと同時に何かおかしいことを言ったのだろうか、とタカは思った。
「タカでもそんなことがあるのね」
「え?」
「日光浴がよっぽど気持ち良かったんだね。よかった。何も言わずに行っちゃったのかと思った」
「あ、いや――」
しどろもどろになる。
「ひとつだけ約束して。神のところに行ってしまう時はそう言ってね」
「ああ。何も言わずに戻ってこないことはしないよ」
「絶対」
「わかった」
何の拘束もない口約束だ。けれど、それは守らなければいけないと思う。そして、それはユカとのけじめをつけなければいけないということだ。
それからも、特に変わることのない日常を過ごした。
ある日、ユカが共同作業へ行く準備をしていると、ドアがノックされた。
「誰だろう」
ユカが見てくる。心あたりはない。
「寝室にいるよ」
タカは腕に巻いていた紐を外しながら、寝室の戸の後ろに隠れた。
見えるはずはないが、一応の用心だ。
タカが隠れたことを確認しただろうユカが玄関のドアを開ける音がした。
「朝早く、悪いね」
リョウの声がした。
「いいえ。そろそろ出ようと思っていたから」
「ユカに会わせたい人がいるんだ。少しいいか? 」
「ええ」
ドアが広く開く音がする。ユカが招き入れたようだった。
「久しぶりだね」
リョウではない声がする。聞き馴染みがある声だった。
「あ、ええ。戻ってきたの? 」
ユカの応えで人物は確信できた。数年前に他の村へ婚姻のために出ていったシュウだ。
「そうなんだ。で、今まで代わる代わるに来てた手伝いなんだけど、家族もいないし、時間があるからってことで、これからはシュウがしてくれるってことなんだけど、いいかな? 」
そう言ったのはリョウだ。最後はさぐるような感じだった。
ユカは即答しなかった。自分のことを気にしているのかとタカは思った。
「よかったじゃないか」
タカはそっと顔をだしてユカに声をかけた。シュウは昔よく遊んだ気が知れた仲間の一人だ。
「――そんなの当たり前よ。助かるわ」
ユカの声が少し緊張しているように聞こえた。
「そうか、良かった。他の皆も声をかけると言っていたし、特にコウはまだ手伝う気満々でいたよ。じゃあ、俺は先に行くけど、シュウとこれからのことの相談でもしてくれ。な」
ぽんと肩を叩く音がする。そして、ドアが開閉する小さい音がした。
少し沈黙が流れた。
「奥さんは残念だったね」
ユカが言う。
「それは、ある程度予想できたことだから。おれより、ユカの方が大変だろ。話を聞いた時は驚いた。おれはユカを支えるために戻ってきたんだ」
「私は――」
「事情は分かってるつもりだ。お腹にタカの子がいるんだろ。何も望んではいないよ。いや、おれがもらった畑の作物が実り始めるまで、作物を分けて欲しいんだけど、だめかな? 」
「それは構わないわ。食べきれないもの」
「良かった。後は何でも言ってくれ何でもやるから。じゃあ、おれはユカの隣にもらった畑で作業してるから、行くときに声をかけてくれ」
そう言うと、シュウが玄関の方へ向く。
「え、畑をもらったっていうことは親元に戻ったわけじゃないの? 」
ユカが声をかけた。
シュウがゆっくり振りむく。
「親元に戻ったら、自由がなくなるからね。ユカもだから戻らないんだろ」
「そうね」
「だろ」
シュウは微笑むと玄関から出ていった。




