エピソード12
玄関のドアが閉まると、ユカが寝室の方を向く。
「タカ、これでよかったの? 」
ユカは不服そうだ。
「いやだったのか? 」
あの申し出を断る理由は難しい。
「シュウがいるからって、いなくなったりしない? 」
そういうことかとタカは思う。
「ああ。シュウを理由にしたりしないよ」
ユカの元から去るのは自分のけじめだ。
ただ、ユカが返事を躊躇ったのは他にも理由があると思えた。
その日、タカは屋根の上で過ごした。
ユカのことが気になった。
共同作業から帰ってくると、シュウは水汲みをしてくれて、その間にユカはおにぎりを作って、外のベンチで二人で食べていた。ユカの畑の作業を二人でした後、ユカは家の中へ戻った。シユウは自分の畑の草むしりをし、カメや木の箱など道具を運び込む。カメに水を汲んできて入れ、椅子や台にするのだろう短く切った丸太を何本か運んでくる。いつからか、コウが来てシユウを手伝っていた。そして、穴を掘り薪を入れて火をたく。そして、その上に水が入った鍋をのせる。
ここで料理をするつもりらしい。
日がだいぶ傾いてきた頃、野菜を煮込んだ鍋が湯気をあげ、鍋の周りに竹串を刺した魚の干物が香ばしい匂いを漂わせていた。
ユカがごはんを炊いたのだろう釜を持って家をでてくる。気がついたシュウはすぐにユカのそばに行くと、釜を受け取っていた。
事情を知らなければ、まるで夫婦のようだ。
そういえば、と思う。
今日は客人が一人もこない。毎日のように来ていたユカの母親の姿さえない。コウもシュウの手伝いだけして帰っていった。邪魔をせずに見守ろうと村全体で暗黙の承認があるようにみえた。寂しい気持ちがないわけではないが、それが最善のことだと思えるくらいの理性はあった。
夕食を食べながら、時々、ユカが空を見上げる。
気遣ってくれるのがわかる。それで十分だとタカは思った。
日も落ちて、ユカが家に入る。少し待って、タカも裏口から家の中に入った。裏口のドアを閉めると、ユカが見てくる。
「タカ? 今帰ってきたの? 」
「ああ」
ずっと見ていたとは言えない。
「今日も日光浴? 」
ユカが聞いてくる。
それは、神の森へ行ったことを想定したのだろうが、場所を限定されなかったことは助かった。
「ああ」
屋根の上ではあったけれど、日光浴には違いない。
タカは寝室へ行くと、いつもの紐を手に巻いた。
「今日は何かあったか? 」
タカはユカに聞いた。
昨日とは違ったはずだ。
「シュウの周りに人が集まってすごい人気だった」
「あー、そうだろうな」
「あと、シュウが外でごはん食べないかって誘ってくれたの」
「そうか。それは食がすすむだろ」
「うん。そうだね。楽しかった――」
ユカが俯く。
「よかったじゃないか」
「ねえ、タカ、本当に触れたらだめなの? 」
ユカが近づいてくる。
タカは腕に巻いている紐を解いて、台の上に置いた。
「彼が、神が、言ったのだから本当だろう。だから、万が一でもユカが傷つく可能性があることはしたくない」
取り返しがつかないこともある。
ユカはタカが置いた紐に視線を向け、悲しげな顔をした。
「大切だから――」
タカは言葉を繋いだ。触れたくないわけではない。けれど、触れられないのだ。
「タカ――もう、タカに触れたいなんて言わないから、紐は巻いていて。私は体を拭いてくる」
ユカはそう言うと、振り向き寝室を出ていった。
台所の方からカタンカタンと音がする。しばらくすると、ユカが戻ってきた。
「タカ? 」
声をかけられて、タカははっとして紐を手に取ると腕に巻いた。
「今日は誰か来たのか? 」
タカは聞いた。
誰も来ていないのは知っている。その事情をユカは知っているかもしれない。
「ううん。誰も来てない」
ユカの答えはシンプルだった。
「ユカのお母さんも? 」
毎日顔を見に来た人だ。
「お母さんとは共同作業の時に少し話をしたの。朝、シュウが挨拶にきたって。シュウが手伝ってくれるなら、安心ねって。何かあったら、うちに来なさいって――だから、もう来ないと思う」
ユカがベッドに入りながら答える。
「そうか」
シュウはちゃんと手順を踏んでいたわけだ。それだけの気持ちと覚悟があるのだろう。
「ねえ、タカの幸せってなに? 」
突然聞かれて、タカは答えにつまった。




