エピソード8
「え? 」
タカはユカの言葉が信じられなかった。
「いつ言おうかずっと考えていて、もう話せないかもしれないって思ったから、話せて良かった」
ユカがはにかんだ顔をする。
しばらく沈黙が流れて、ユカの顔が不安げになる。
「喜んでくれないの? 」
「いや。本当なのか? 信じられないよ」
ないとは言い切れないが、そんなに簡単なことだと思えない。しかも、こんな時に――。
「本当よ」
「また、ユカに辛い思いをさせるのか? 」
「どうして? 」
「オレはお前を助けてやれない」
自分はこの村で暮らすのは難しいだろう。彼が奇異な目でみられると言った意味も理解できる。ユカたちを巻き込みたくない。
「母が言ってた。子供は村の宝だから、みんな助けてくれるって。リョウが来てね、仲間が代わる代わる水汲みをやってくれるって。他にも困ってることがあったら言ってくれって言ってた。コウも来て、マユの熱が下がったって。神の花はすごいって。リーもずいぶんと弱ってて、お腹の子に悪いからってマユから離されて、苦しんでいる子供の傍にもいてやれないって食事もあまり取れなくて、でも、救われたって。タカのおかげだって。何でも言ってくれって」
「――オレは何もしてないけどな」
彼がしてくれたことだ。
「タカに感謝してるよ、みんな。不安が一つなくなったのだから」
「良かったけど・・・なんか、複雑だな」
「うん」
ユカが頷く。
皆に喜ばれることが自分の幸せになるとは限らない。
自分がユカの傍にいることはユカにとって良いことなのかずっと疑問でありながらも、このことは突然すぎた。
しばらく沈黙が流れた。
「食事はしたのか? 」
そういえば、とタカは思った。
「ううん。まだ」
「食べなきゃだめだろ」
「うん」
肯定しながらもユカは動く気配はない。
「じゃあ、俺が作ってやるよ」
タカは腰をあげた。
「お母さんが持ってきてくれた」
「じゃあ、ここに持ってきてやる」
タカは台所に行くとすぐに目的のものを見つけた。
豆と野菜を煮込んだものに漬け菜を混ぜ込んだおにぎりだった。そっと浮かして、自分も浮かんで運ぶ。テーブルの上に着地させてほっとした。まだ、おそるおそるだ。
「タカも少し食べる? 」
「いや、オレの子供にたべさせてやってくれ」
不思議と欲しいと思わないのは、必要ないからなのだろうかと思う。ユカはあまり気がすすまないようだったが、少しづつ口に収めていった。
「親元に帰った方が楽なんじゃないのか? 」
タカはユカに言った。女一人では難しいことも多い。
「うん。そうだね。でも、そうしたら、タカとは別れたことになるから、祭りに出なきゃいけない」
「でも、それは、ここにいても変わらないだろう? 俺は消えたことになっているのだから」
「相手を失った場合は、一人で家を守れる場合は許されるって聞いたことがある」
「でも、一人じゃ大変だろう? 」
「いつまで守れるかわからないけど、タカとの思い出が残るこの家を離れたくない」
「――ごめん」
タカは思わず声がでた。
「仕方ないよ。タカは私が一人ぼっちにならないように子供を残してくれたんだし。それに、一か月は居てくれるんだよね」
そうは言ったが。
「それには、オレがここに居ることを悟られないようにしないといけない」
「どうして? 」
「少なくとも、オレは神と繋がってることになってるんだろ? ユカに色々頼みに来る人がいるかもしれない。それか、異質なものを嫌がる人もいるだろう? 直面するのはユカだ」
「そうか。そうね」
「今のうちに言っておくよ。オレはユカがしたいようにすれば良いと思っている。全て。オレはユカの味方だ」
「なんか、すごい。神が味方してくれるんだね」
ユカが微笑む。
「何にもできないけどな」
「神の花は作れるのでしょう? 」
「さあ。今できるのは、物を飛ばしたり自分が飛んだりすることだけだ。そもそも神じゃない。別種の人型生物だと神と呼ばれている者は言っていた」
「飛べるのすごい」
「その代わり、歩くのも、物を手でもつのも疲れる。飛ぶのもおそるおそるだ」
まだなりたてで人間でいえば赤ん坊のようなものか。まったく違う生活になりそうだ。
ユカが食事が終わったので、片付けようと言ったら自分でやるとユカは言った。
「あんまり甘えてると何にもできなくなっちゃいそう」
ユカが食器を持って台所へ運ぶ。
なんとなく、タカも後をついていった。飛んで。
「来てくれたの? 」
ユカが食器を洗いながら言う。
「わかるのか? 」
「なんとなく、気配がした気がした」
言いながらも後ろを振り向かない。そりゃそうかと思う。見えないのだから。
また、席に戻り明日からどうするかの話をした。
ユカは昼までは共同作業で田の軽い仕事をするという。昼からは畑仕事と細工ものをすると言う。朝、ユカと一緒に外へ出て、後はその都度次第という結論しか出なかった。人の出入りもある。友人たちが水汲みをしてくれるというし、ユカの母も来るだろう。
「そろそろ寝た方がいいだろう? 」
タカはユカに声をかけた。朝は早い。
「タカも」
「一緒にいくよ」
タカは立ち上がると、椅子を戻した。物を動かした方が分かりやすそうだ。
ユカも立ち上がり寝室へ行く。
「タカ? 」
「ああ、いるよ」
ユカの少し後ろを付いていた。あまり近づきすぎて触れてはいけない。
ユカは夜着に着替えると、ベッドの中に体を滑り込ませる。
タカはベッドが置いてある場所とは反対の壁の前に座ると体を壁に預けた。
「タカ、来てくれないの? 」
「もし、触れたら大変だ。ユカだけの体ではないのだろう? オレのことは気にしなくて良い。板の間も痛くない」
小さな命は、はかないと聞く。
そもそも眠ることは必要なのだろうか。それさえ疑問になる。
ユカが起き上がると、タンスから何かを出してきてベッドに座った。
「ねえ、二人きりの時はこれを体のどこかに巻いていて」
ユカは長い布を手のひらにかけていた。
タカは立ち上がると、ベッドまで行き、ユカに触れないように布を受け取った。そして、腕にまきつけると結んだ。
「これでいいか? 」
「うん――おやすみ」
ユカはベッドに入ると布団をかける。
「寒くないの? 」
「ああ。色々感じないのかもしれないな。必要ないからか」
体の不調は勝手に治してくれると聞いた。寒くて風邪をひくこともなければ、板の間で寝たからと言って体が痛くなることもないのだろう。ということは、触れると痛みがあるというのは危険ということなのだろうか。
先ほどと同じところに腰を下ろす。
静かだった。
自分には何ができるのだろうとタカは考えていた。




