エピソード25
時間が溶けていく。
気持ちよさに身を任せていると時が進むのはあっと言う間だ。
広場に寝転んでいると、太陽や月が時の流れを教えてくれる。
そろそろ、ユカの子供が生まれる頃だとタカは思っていた。
村へは行っていない。
人間の営みに干渉しない方が良いのなら、用もないのに訪れることもない。必要になれば向こうから来るはずだ。
そして、必要な神の花は既に用意されている。
不意に「タカ」とユカの声が聞えた気がして、おもわずタカは起き上がった。
「どうしたの? 」
隣で転がっていた彼がのんびりした声をかけてくる。
「ちょっと村に行ってくる」
気になった。こんなことは初めてだ。
「元気だねー。いってらっしゃい」
彼はあくびなんかをしている。昨晩の疲れが癒えていないようで、今は動きたくなさそうだ。かえって都合はよかった。
まだ、朝の早い時間だ。
村でも作業が始まる前だろう。
ユカの家に着くと、シュウが外で落ち着かなそうにうろうろしていた。
表の扉は開きっぱなしだが、入れない事情があるのか。
タカは屋根の上に降り、腰をおろした。
共同作業のために人々が動き始める。
しばらくして、家から誰かが出てくると、シュウと少し話をしてどこかへ行ってしまった。代わりのようにシュウが家の中へ入っていく。
タカも降りて入り口から中を覗いてみた。
奥の寝室の引き戸が少し開いていて、「ユカ、ユカ」と名前を呼ぶユカの母の声が聞えた。
シュウはとみると、土間の大きなたらいの前にいる。
「おれにも抱かせてくれるか? 」
シュウが問いかけると「きれいにしてからね」と答える声がした。
子供は生まれたらしい。けれど、ユカの名前を呼ぶ声の他は子供を洗っているらしい水の音しかしない。
タカは子供の方へゆっくりと近づいた。
白いタオルに包まれた子供がシュウに渡されて腕の中におさまる。子供は微動だにしない。シュウが唇を噛む。子供の白い肌に血の気を感じなかった。
――だめだったのか
ユカが大事に育ててくれたろう子供だった。
タカは思わず子供の頬に触れた。
その瞬間に声を上げそうになり、手を離すと握りこんだ。人間に触れると感じるという痛みを初めて知った。今までに感じたことのあるものとはまったく違う体全体に稲妻が走ったようだった。
子供はびくんと体を震わせると、口から液体を吐き「おぎゃあ」と泣き始めた。
「えっ」とシュウが声をあげる。
寝室の引き戸が開き、ユカの母親が出てきた。
子供は泣き続けていた。
子供の様子を見て、ユカの母親はユカの元に戻るとユカの手を握った。
「ユカ、ユカ、赤ちゃんが。ユカ、あんたがしっかりしないと赤ちゃんはどうしたらいいの」
ほとんど涙声のような感じで呼びかけられて、ユカが少し目を開く。
「シュウ、赤ちゃんを連れてきて」
ユカの母の言葉にシュウは戸惑った表情で、手伝いの女の人を見た。
手伝いの女の人が頷くのを見て、シュウは土間から上がると、奥の寝室へ子供を抱いて入っていった。子供をユカの母親に渡すとユカの母親はユカに抱かせる。
シュウはユカの頭をそっと撫でると土間に戻ってきた。
「そばにいてあげないの? 」
手伝いの女の人がシュウに声をかける。
「今は休まないといけないだろうから。何かすることがあったら言ってくれ」
「じゃあ、水を汲んできてくれる? 」
「ああ、わかった」
シュウは桶を両手に持つと家を出ていった。
手伝いの女の人はタオルを濡らすと、寝室へ入っていった。
タカは一人土間に残された。
ユカのことが心配ではあった。けれど、自分にできることは何もない。
いや。
神の花は絶やさないようにするよ。誰にともなく呟いた。
ユカがその呟きに答えるように頷いた気がした。
幸せになれよ。そうつぶやくと、また、頷いた気がした。
それは偶然だったのかもしれないが、ユカには通じたような気がした。




